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第6話 或る事故物件

 動画を古い順に並べると、ざっと百以上の投稿が並んだ。 

 大食いをやってみたり、モーニングルーティンをやってみたり。独身男の何の特徴もない朝の様子など、誰も興味がないと思うのだが……。たしかに初期の頃は迷走していたようだ。

 半年前の投稿に、都内某所のトンネルを探検する動画があった。

「これか? 大樹が言ってた心霊スポットに行った動画っていうのは」

「たぶんそうだ」

 東京のベッドタウンの外れにある古いトンネルだ。あまり使われていないのだろう、すっかり廃墟化している。照明も暗く、それっぽい雰囲気を醸し出しているが、本物の心霊スポットではないようだ。その証拠に、壁には派手な色の落書きが溢れており、若者たちがたくさん訪れているのが見て取れる。


『ヤバいです。なんか声みたいなのが聞こえる……』


 金田が実況しながらトンネルを進んでゆく。

 この動画だけ、コメントの数が三桁を越している。読んでゆくと、ある箇所に幽霊の声が入っていると騒がれていた。該当の箇所を確かめてみたが、猫の鳴き声にしか聞こえなかった。

「これのどこに幽霊が映っているっていうんだよ」

 ミズキもすっかりつまらなそうにしている。

 この動画をきっかけに、金田のチャンネルはオカルト系に舵を切り始めた。

 手始めに寺社仏閣に入り、併設の霊園でカメラを回している。真っ暗な時間帯に撮影しているようだが、許可は取っているのだろうか。

 その他にも、怪談を朗読してみたり、ひとりかくれんぼをしてみたり、「事故物件に宿泊!」なんてタイトルのものもあった。

 動画は危なっかしいながらも、コメント数、視聴回数を順調に伸ばしている。

 次第に呪物を部屋に飾るようになり、収益化が安定したのだろうか、少し広い部屋への引っ越しを果たしている。約三か月前の動画だ。

 大樹が言っていた通り、築浅の、綺麗な部屋だった。リビングの他にも部屋があるようで、撮影用の背景には、それらしい雰囲気で数個の呪物が飾られている。

 部屋は綺麗になり、チャンネルも順調だと言うのに、新居に移ってから投稿頻度ががくりと減っている。それまで週に一度の頻度で投稿していたのに、月に一度のペースになっていた。

 しかも本人の顔色がひどく悪い。頬がこけ、髭も剃っていない。半年前のトンネル探索の動画とは、別人のように見えた。

「なんか、ずいぶんと痩せてないか?」

「痩せたっていうか、死相が出てるよ、この男」

 ミズキがきっぱりと断言する。


 首を吊る理由――。

 借金苦、人間関係の悩み、過度なストレス……。

 まず借金苦はないだろう。チャンネルが順調に伸びているし、そのおかげか、以前よりも広い部屋に移り住んでいる。

 人間関係の悩みも、はっきりとは言えないが、ないような気がする。アンチコメントが少なくないとは言え、そんなものを気にするようなキャラクターには思えない。それに、一般的な会社勤めではないから、そもそも接する人間が少なかっただろう。

 持病か、突然のやまいの発覚でもあったか。


 橘は大樹に電話をかけた。

『病気? いえ、金田に持病はありませんでした。司法解剖の結果でも、特に病気の報告はありませんでした』

「そうですか。金田くんが人間関係に悩んでいたという話は、聞いたことがありますか?」

『さぁ、どうでしょう。しばらく連絡を取っていなかったもので』

「……そうですよね。ところで、金田くんの部屋を実際に見てみたいのですが、入ることはできますか?」

『管理会社さんに訊いてみます。部屋に忘れ物をしたと言えば入れてもらえるかもしれません』

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 何度も動画をさらっているうちに「事故物件に宿泊!」という動画に目が留まった。視聴回数は他より少なく、何事も起こらなかったようで、コメント欄もいまひとつ盛り上がっていない。

 事故物件――。

 残る金田の自死の理由は、あの部屋の可能性もある。


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