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第九話 異世界、来ちゃったのかよ!(二)

 気がつくと、俺たちは異形の魔物モンスターたちに取り囲まれていた。


「竜司さん、モンスターの群れが現れました! オークやゴブリンっていう比較的低レベルの種族ですが、油断しないでくださいね!」


 車内のカーナビから、ゆたかちゃんの心配そうな声が聞こえてくる。


 俺の信条モットーは、まさしく「売られたケンカは百パーセント買う」である。だが、それはあくまで人間が相手の話であって、ゲームのモンスターというのは……いや、関係ねえか。邪魔する野郎は、るだけだ。



「グフフフ……」

 オークというのは、この豚面ブタヅラをしてブクブクと太った大男たちのことだろうか。手には、トゲの生えた鉄棒を装備している。身長タッパは、まあ俺とどっこいというところだ。一見すると動きが鈍そうだが、一撃がかなり重そうである。


「キヒヒヒヒッ」

 そして緑色の悪魔のような、何十体もの小男の群れがゴブリンだろう。耳まで大きく切れ上がった口で、なんとも不気味な笑い声をあげている。こちらもナイフや槍といった得物を手にして、注意深く距離を取り俺たちの様子をうかがっている。


 それにしても、見た目もニオいもかなりの醜悪さだ。この世界ゲームのモンスターというものは、ここまで生理的嫌悪感を抱かせるものなのだろうか。


「あー、私は魔物モンスター苦手だから、後はよろしくねっ」

 そう言い残すと、妖精フェアリーのレベリルはふっと姿を消した。



「よし、ひとまず俺が相手するから、みんなは一旦下がってく――――」


 長ドスをかざして女の子らを制しようとしたとき、彼女たちはすでに行動アクションに移っていた。


「うおおりゃあーーーーっ!」ザシュザシュザシュ

 最初に攻撃に出たのは、やはり小虎だった。両腕をクロスさせて、格闘武器「切り裂きの爪」のやいばをジャキッと飛び出たせると、姿勢を低くしてゴブリンたちに襲いかかっていく。小虎が腕を振るうたび、斬り飛ばされたゴブリンの頭や手足が宙を舞った。


「これでも喰らうっスーー!」バキュバキュバキュ

 オガタは腰のホルスターから拳銃ピストルを抜くと、オークに向けて躊躇なく引き金を引いた。ニューナンブの装弾数は五発のはずだが、弾数無限の特性スキルによって短機関銃サブマシンガンのように切れ目なく連射可能だ。オークたちは、なすすべなくその場に打ち倒されていく。


「いてまうぞこんボケがぁ!」ボッコボッコボッコ

 そして治療師ヒーラー職を務めるチマキも、自ら戦闘バトルに参加した。車両整備の工具であるモンキーレンチやスパナを棍棒代わりに、小虎やオガタが仕留めそこなったモンスターを片っ端からぶん殴る。悲鳴を上げて逃げ惑うヤツらにも、彼女の攻撃は容赦がなかった。


「お、おい……」

 気がつけば愛車ハコスカの周りには、血に染まったオークやゴブリンの死骸が山となっていた。どうやらこの三人の前では、「伝説の勇者」たる俺も完全に出る幕はないようである。


「なに? 竜司、なんか言った?」

「へへっ、ちょろいモンっスね!」

「ホンマ、根性足らんヤツらやで」


「みなさん、ご無事で何よりでした。さすがですね!」

 ゆたかちゃんは、ほっと安堵の気持ちを伝えてきた。『ドラゴンファンタジスタ』のプレイヤーとしては百戦錬磨の彼女だが、我々の戦い方はどう映ったのだろうか。



「竜司、気をつけろ! まだ生きてるヤツがいるぞ!」


 そのとき、伍道の警告が聞こえた。ふと見ると、オークの死骸の陰から瀕死のゴブリンが頭を出して、手にしたボウガンでこちらに狙いをつけているではないか。


「キシシシシッ!」

 気がついたのは俺だけだったが、あの攻撃を防ぐにはあまりにも距離がありすぎる。ゴブリンは薄ら笑いを浮かべながら、まさに引き金を引こうとしていた。



シュッ!


 すると、どこからともなく弓矢が飛んできて、ゴブリンの眉間を正確に貫いた。ゴブリンは断末魔の声を上げて、ゆっくりとその場に倒れ込んだのだった。


ギシャアアァァ――――!




「――――みなさん、お怪我はありませんか?」


 その声に振り返ると、そこには鋼鉄の鎧に身を包み白馬にまたがった一人の騎士が、大弓を携えて立っていた。




「私は、王都アリアスティーンからこの地に派遣された近衛騎士ロイヤルナイトのエルシャルク・ウランベルです。どうぞ、お気軽に『シャルク』とお呼びください!」


 その騎士は若々しく、人間の感覚で言えば二十代前半くらいに思われる。スラっとした長身にして、笑顔の爽やかな好青年だ。そして何よりも特徴的なのは、その尖った耳。伍道やエルミヤさんと同じ――まさしく、エルフである。


「シャルクさん、か。危ないところ助かったぜ。俺は、軍馬ぐんば竜司りゅうじというモンだ」


「グンバリュージ? もしかするとあなたは、伝説の勇者・リュージ様では?」


 すでに異世界に来ているとはいえ、さすがに三十路男が「伝説の勇者」を名乗るのは普通に照れる。こんな姿を針棒組の連中が見たらなんと言うだろう。


「ま、まあそんなとこだが――――」

「なんと、お会いできて光栄です!」


 そう言うとシャルクは、少々興奮気味に俺の手を握ってきた。


「ねえ、あなたどうして竜司のこと知ってるの?」


「いえ、王国では常識ですから。『竜の大嵐が巻き起こりしとき、伝説の勇者現れ平和に導かん』。やはり、古き言い伝えはまことでした!」


「エラいもんやで、竜ちゃんメッチャ有名人やん」

「さすが、本官ジブンが見込んだだけのことはあるっス」


 俺たちの顔を見渡しながら、シャルクはさらにうれしそうに言った。


「するとみなさんは、今回の異変を収めにいらした勇者パーティーなのですね。勇者様のお力添えがあれば、乱嵐竜テンペストドラゴンも恐るるに足りません!」


 シャルクが口にした「乱嵐竜テンペストドラゴン」という言葉に、俺は背筋が伸びる思いだった。いよいよ、世界の命運をかけた戦いが始まるのだ。



「この近くに、私の部隊が逗留している『ホッタンの村』があります。まずはそこでゆっくり体を休めて、来たるべき戦いに備えていただければと」


「ホッタンの村だって?」


「ええ。小さな集落ですが、効能豊かないい温泉があるんですよ」


「お、温泉!」


 小虎とオガタとチマキに加えて、再び姿を現したレベリルまでもが、その言葉に目を輝かせた。




続く



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