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第九話 異世界、来ちゃったのかよ!(四)

「ゔぃ〜〜〜〜〜〜〜〜」


 レベリルは乳白色の水面からちょこんと首だけ出して、声にならない声を上げてうなった。頭の上には、ご丁寧に超ミニサイズに折りたたんだ手拭いまで乗せている。


「……なんやアンタ、そんなとこおったんかいな」


「何言ってんのよ。脱衣場さっきから、ずっとみんなの横にいたじゃない」


 小虎やチマキたちのすぐそばでどっぷりと温泉を満喫していた妖精のレベリルは、俺が浴場を出ようとしたちょうどその時に、バッタリ遭遇した少女の姿に気づいて言った。


「ねえ、ところで今入ってきた彼女、知り合い?」


「もしかして、あれってエルミヤさんじゃない?」

「間違いないっス、あの耳長メガネっ子っスよ!」


 聞き慣れたその声に、エルミヤさんは先ほど以上に大きな驚きの表情を見せた。


「小虎お嬢さまにチマキさんにオガタさんまで! み、みなさん、どうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」


「それはこっちの台詞セリフよ! あなたが急にいなくなったから、竜司もみんなも心配してたんだから」


「そうだったんですか。それは大変申し訳ありませんでした! あの……リュージさまも」


「い、いや……」


 そう答えながらも、俺はエルミヤさんのほうを直視できずにいた。なにしろ彼女も俺と同様、上から下までほとんど何もまとっていない状態だったからである。エルミヤさんが身につけていたのは、見慣れた丸メガネと首輪のようなチョーカーのみであった。

 ワンテンポ遅れてそのことに気づいたエルミヤさんも、あわてて豊満すぎる胸を両手で覆った(それでも、まだ下の部分が出てしまっているが)。


「でも、こんな早くエルミヤさんに会えるとは思わへんかったわ。ホンマよかったな、竜ちゃん!」

「そうっス。エルミヤさんもグンバリュージもとっとと一緒に浸かって、積もる話をするっスよ!」


「は、はい」

「…………」


 こうして、いよいよ外の脱衣場に出られなくなった俺は、女子たちとのつかの間の混浴タイムを過ごすこととなったのであった。




 それにしても、目の前にこれだけの裸体が並ぶと壮観の一言である。しかもそれが、普段から親しくしている女のものなら尚更だ。俺は、湯けむりの中たわわに揺れるいくつもの白い果実を、目を細めてしばし堪能した。


「あー、まー、しかしなんだ。エルミヤさんに聞きたいことは、いろいろとあるんだが――」


「はい、リュージさま」


 その通り、彼女から聞き出したいことは山ほどある。

 なぜ今、このホッタンの村にいるのか。そもそも、いったいどうやってこの『ドラゴンファンタジスタ』の世界に戻ることができたのか。そして――――

 どうして奴隷契約が解除された後、黙って俺の元を去ったのか。


「リュージさま?」

 だが同じ湯に浸かり、丸メガネを通して俺の目をじっと見つめてくるエルミヤさんを前にすると、なぜかそんな疑問の数々がふわふわとどこかに消えていくような気がした。俺は無意識に、手のひらで自分の顔をぐしゃぐしゃっとこすった。


「んああ、わりぃな」

 笑顔のエルミヤさんが、確かにここにいる。そう考えると、それだけでなんだかすべてがどうでもよく思えてきた。一緒に湯に浸かっている女の子たちがいなければ、そのまま彼女を抱きしめていたかもしれない。



「ところでアンタ、『ドラゴンファンタジスタ』ってゲームの中の人だったんスね。どうりで、なんだか不思議な雰囲気の女の子だと思ったっス」

 そのとき俺の代わりに、オガタが口火を切ってくれた。感極まって言葉が出ない俺にとっては、ちょうど願ったり叶ったりだ。


「あ、はい! 実はそうなんです。私も、そのことをぜんぜん覚えていなくって。どうやら、慣れない次元転移をした影響で、かなりの記憶を失くしていたようなんですよ」


 エルミヤさんが記憶を失っていたせいで、俺たちはずいぶん遠回りをしたものだ。だが、彼女自身の所有物となっていた木の杖エル・モルトンのおかげで、魔法だけは使える身となっていたことは、俺にとっても非常に幸運だった。



「そうやったんや。ほんで? そもそも、なんでゲームの世界からウチらの世界にやって来たん?」

 続いてチマキが質問を投げた。そこんとこ、ぜひ俺も聞きたい。


「それはですね……。ちょっと言いにくいんですけど、私、魔法で大失敗やらかしちゃいまして。それで、いろいろあってこの世界を追放処分となったんです」


「ふーん。やらかしたって、何?」


「えっと、ある時オークやゴブリンが大発生しまして。大王宮ロイヤルパレスの依頼で、『焼夷弾魔法ファイアナパーム』を使って焼き払おうとしたんですけど……ちょっと火加減が強すぎまして、燃やしちゃったんです」


「何を?」

「国を……」


 どこかで聞いた話だと思ったら、まんま伍道と罪状が一緒じゃねえか。さすがに親子なだけある。おそらくエルミヤさんも伍道と同じく、火山口の淵から突き落とされる死刑を執行されていたのだろう。まあそのことは、ここでは黙っていてくれて正解だ。



「そうだ! あなた、雷門伍道の実の娘だって本当? 私、ぜんぜん知らなかったんだけど!」

 小虎にとって、これは一番ショッキングな話だろう。親友である俺自身、伍道が別世界で家族を持っていたことなど知る由もなかったことだ。


「あ、そ、そうです。伍道さま――ゴドゥー・ライモンは私の父親で、こちらの世界でも名高い熟練魔導師マスターウィザードでした。私、本人を前にしてもまったく気づかなくて。わかっていれば、もっといろいろ父に話を聞いたり協力することもできたんですけど……。そのことにも、こちらに帰ってからようやく思い出したんです」


「そうだったの。でも伍道もさ、そんな大事なこと、もっと早く言ってくれればよかったのに。どうして黙ってたのかしらね」


「…………」


 伍道はエルミヤさんと再会した時、彼女のうなじに刻まれたバーコードのような刺青タトゥー咎人とがびとの証紋」に気づいていた。

 ヤツも同じく、死刑判決を受けた罪人だ。娘が何らかの罪を犯してやって来たことはわかっていても、彼女が記憶を失っていたことで、その真意については図りかねていたのかもしれない。そうして自分の意志で俺の「戦闘奴隷」になったエルミヤさんを、魔法を失った身でありつつも、俺たちのそばでそっと見守っていたのだろう。



「そうだ、エルミヤさん。今、俺たちの世界で起きている『異変』については知っているのか?」

 そして俺は、今回この世界にやって来た最大の目的について聞いてみた。


「はい、リュージさま。もちろん知っています――――竜の大嵐ドラゴンストームですね」

 エルミヤさんは真っ直ぐに俺のほうに向き直って、静かに、はっきりと言った。その眼差しは、いつになく真剣だった。


「私はそのために、『ドラゴンファンタジスタ』の世界に呼び戻されたんです」




「みなさん! 露天風呂のお湯加減はいかがでしたか?」


 そろそろ茹で上がりそうになってきたため、露天風呂での話を切り上げて脱衣場から上がった俺たちを、爽やかな笑顔をたたえたエルフの青年騎士が出迎えた。その姿を目にしたエルミヤさんは、少しあわてた様子で彼の名を呼んだ。


「シャ、シャルクさま!」


「おお、エルミヤさん。そうか、君も一緒に入浴していたんだね。それはちょうどよかった、勇者さまご一行に、私たちのことを紹介してくれないかい?」


「は、はい! ……あの、リュージさま、こちらの方は近衛騎士ロイヤルナイトのエルシャルク・ウランベルさまとおっしゃいまして――――」


 その時、俺の心臓が、一瞬縮んだ。



「――――私の、婚約者です」




続く



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