カランコロンカラン♪
「よう、待たせちまったかな、竜司」
「いや、大したぁことねえよ、伍道」
俺は
伍道は舶来物のスーツに身を包み、いつものストールを首に巻いている。相変わらずの洒落者だ。奴は席に着くまえに、カウンターに立っていたマスターに軽く手を挙げてブレンドを注文した。
「どうだい、そっちはあらかた片付いたのか?」
「ああ、なんとかな。どうやらカタチになってくれそうだ」
伍道は、運ばれてきたコーヒーを啜りながら答えた。ここしばらくの間、奴はさまざまな後始末のために奔走してくれていたのだ。
「それにしても、あれからもうひと月になるのか」
「そうだな、遠い昔に感じるぜ。なあ、『伝説の勇者』さんよ」
「よせよ、もうそんなんじゃねえし」
首都高上で、俺たちが
日本のみならず、世界中に起こっていたネット上の異変は、
この異変の原因や経過、収束に至るまでについては、多くの研究機関の専門家や各界の有識者をはじめとする有象無象が、寄ってたかって討論激論異論反論を交わしまくったが、これといった結論の出ないまま、時間とともに忘れ去られていった。よもや、『ドラゴンファンタジスタ』というゲームに登場するモンスターが引き起こした災害である、などと看破した者はついぞ現れなかった。
「ところでよ、
「それを言うな伍道。思い出したくもねえ」
あのとき俺が気を失ってる間に、エルミヤさんたちに奴隷契約を勝手に結ばされた件のことだ。
あれは神従契約でなく、単なる主従契約だったから俺の一存で瞬時に解除することができた。というか、彼女たちは俺の意思なしに奴隷契約が成り立たないことを承知の上で、わざと俺と自分たちの首とを「隷属の鎖」で繋いでみせたのだろう。
まったく、しょうがねえ
「で、
「そうだ。俺が
俺は、静かに決意を述べた。
ライバルの
「いいのか、竜司。ずいぶん思い切ったな」
「ああ。俺も社長ってガラじゃないが、若いヤツもがんばってるしな」
背中の昇り竜の
これからは「株式会社
「それで、お嬢との結婚は……?」
「いや、そいつは勘弁してもらった。小虎も今回のことで、鍛錬不足を痛感したらしくてな。シンガポールの大学を卒業した後は、世界中を回る武者修行に出るんだそうだ」
「ちゃんと待っててよ竜司。浮気したら承知しないから!」
「それから、チマキちゃんはどうなった?」
「ああ、アイツんとこもすげえことになってるな」
「なあ竜ちゃん、ウチと一緒に社長業で天下取ったろな!」
「
「そうだ。まさか、亜也子んとこなんてなあ」
「そんなところも『ドラファン』の魅力なんですけどね!」
ちなみに、俺をボディーガードとしてほしがっていた亜也子には、伍道から
「コピーの竜司くん、いいわー。私をしっかり守ってね♡」
「大丈夫だ。問題ない」
「そういや尾形ちゃんも、とんでもねえことになってるらしいな」
「ああ、マジでヤバいぜ東京の治安は」
官給品の
当然、桜田門にある警視庁内のしかるべき部署への出向が決まったが、なぜか本人はそれを拒否。引き続いての桜町交番での勤務を希望して、上層部に大混乱を巻き起こしているらしい。ようやくオガタの世話係から解放されると思っていた先輩の
「今後もイチ警察官として、
「……………………………………(ハァ。もう泣きそう)」
「ところで、あのシャルクって野郎はどうなったんだ?」
「ああ、アイツはな……」
伍道によると、
「ついでに、彼女のことは聞かないのか?」
「なんだ?」
「とぼけるな。俺の『娘』のことだよ」
「ああ、エルミヤさんか」
あの事件があったあと、エルミヤさんことエルミヤ・ライモンは、妖精のレベリルとともに
「それではリュージさま! 私はこれにて失礼いたします」
と言って彼女は、わりとあっさり帰ってしまったのだった。もうちょっとこう、ほら、別れの涙とか感謝のハグとか旅立ちのキ……とかなんとかかんとかあるかと思っていたが、正直拍子抜けしてしまったことは否めない。意外とイマドキの魔女ってぇのは、そんなものなのか?
「まあ、そんなこたあいいんだよ。それより伍道、これからお前はどうするつもりなんだ?」
俺は冷めたコーヒーを飲み干しながら、伍道に言った。すると奴は黙って懐から封書を出し、俺に手渡してきた。
「なんだこりゃ。――――『退職願』だと?」
「ああ、俺なりのケジメだ。針棒組もなくなったし、
「――――それで、『ドラゴンファンタジスタ』の世界には?」
「まあ、あっちの方にも足を延ばすかもな。まだ決めてはいねえが」
「そうか。なら――――」
俺は、伍道の退職願をビリビリと破いた。
「お、おい、竜司!」
「気が向いた時でいい。またいつでもここに帰ってこいよ、伍道。お前のために、針猫建設の専務のイスを空けといてやるからよ」
ふっとため息をつくと、伍道は少し微笑んでうなずいた。それで、俺たちの間の意思は十分に伝わった。
「ああ、わかったよ兄弟。またな」
「それじゃ元気でな兄弟。あばよ」
どこからともなく
カウンターからずっとこちらを見ていたマスターが、驚愕の目を俺に向けた。俺は少しおどけたように両手を開きながら、マスターに伝票を手渡した。
「なんだ? 誰かいるのか?」
そう言いながらLDKに入っていくと、電気までがつけっぱなしになっていた。そしてそこには――――
「ああリュージさま、お帰りなさいませ」モグモグ
ダイニングのテーブルで、玉子かけご飯を口にほおばっていたのは、由緒正しいエルフの魔法使い、エルミヤさんだった。丸メガネに幅広のとんがり帽子、おまけに黒いローブと、服装もあの時のままだ。
「……なにやってるんだ?」
「はい? ああ、ごはんいただいてますけど」
「そうじゃなくて、
「帰ったんですけど、帰ってきたんですよ」
「どういうことだ?」
「だって、向こうには玉子かけご飯もポテトチップスもスマホもパソコンも、なーんにもないんですもの。よく考えたんですけど、私やっぱりこっちで暮らすことにしましたから。それにリュージさまも、やっぱり魔法使いの専属秘書がお傍にいたほうがいいですよね?」
「っつーか、なんで戻ってこれるんだよ。エルミヤさんは、たしかまだ
そう言うとエルミヤさんは、左手の薬指にはめた指輪を自慢気に見せてきた。
「それは……まさか?」
「これ、『マハラバキルの
そう言ってエルミヤさんは、耳まで赤くなってじっと俺を見つめてきた。本当に変わらないな、この
「ったく。…………ま、べつにいいけどよ」
「あっ、それから、リュージさま――――」
俺はエルミヤさんの肩を抱き寄せ、唇を重ねようとそっと顔を近づけた。
ピンポーン
その時、玄関の
「竜司!」 小虎じゃねえか。武者修行に旅立ったんじゃねえのかよ?
「竜ちゃん!」 チマキだな。千石モータースの経営はもういいのか?
「竜司さん!」
「グンバリュージ!」 オガタもかよ。婦警の制服で来んなってのに!
四人の女の子たちは、俺の姿を前にすると一斉に声を上げた。
「(いい? ……せえの、)ハッピーバースデー!」
「なんだ? いったいどういうこった?」
困惑する俺を尻目に、プレゼントやら食べ物飲み物やらパーティーグッズやらを手にした彼女たちは、部屋の中へ遠慮なく上がり込んできた。すると、後ろからエルミヤさんがうれしそうに説明をはじめた。
「私、
「そ、そうなのか?」
「はい! 今日が正真正銘、リュージさまの三十四歳のお誕生日です。おめでとうございます、リュージさま!」
こうして俺の家で、思いがけないバースデーパーティーがはじまったのだった。
え? それから、俺と「彼女」がどうなったか、だって?
……ま、それについては、また今度、な。
完