拝啓皆々様、おはようございます。
僕は朝から先輩の叔父という方とお会いする事になりました。
本日の授業は二限から。その前に先輩から「叔父さんが会いたいって」という話を聞き、お会いする事になりました。
駅前にある大手コーヒーショップに行くと、奥まった席に一人の男の人が座っていた。
黒髪を撫でつけたスーツ姿の人で、案外普通。厳つい雰囲気もなく店内に溶け込んでいる。
「叔父さん」
先輩が声をかけると顔を上げる。その顔立ちは……まぁ、ド級のイケメンではないけれどキリッとした精悍な顔立ちはしていた。
「彰こっちだ」
静かながらも通る声。それに呼ばれて先輩は俺の手を引いて近付いていく。だからこそ、叔父さんも俺に視線を向けるわけで。
「そちらが?」
「うん、お世話になりました」
「まったく、とんでもない大迷惑をかけたの間違いだろう」
苦労性か、溜息交じりに頭を掻いた人が立ち上がって俺の前に立つ。そしてしっかりと頭を下げた。
「彰の叔父で、
「いえ、こちらも乗りかかった船ですのでお気になさらず。渡良瀬澪です。同じ大学の一年生です」
「年下に庇われたのか彰……鍛えるか?」
「うえぇ! 無理無理!」
叔父さん改め、知明さんの鋭い一睨みに先輩はタジタジになる。でもそんなやりとりから、ここの関係は良好なんだろうと思えた。
改めて座り直して、コーヒーをご馳走になった。
俺は昨日回収した紙片を知明さんに渡した。
「本当に助かる」
「いえ。このくらいしかできませんが」
「いやいや、あの場で冷静にここまでしてくれれば上出来だよ。彰に任せたらあの場でへたり込んで震えて終わってたって」
……容易に想像できる。
知明さんは袋を開けて中を見ているが手は触れていない。それでもグチャグチャに丸められたりしている紙に残る痕跡だけで、異様なものを感じたようで表情を歪めた。
「あの、流石に手袋とかは無かったので僕と先輩の指紋がついていますが」
「ははっ、そこまで気にしなくていいよ。むしろ普段から手袋なんて持ち歩いてる方が怪しいからな」
「まぁ、確かに」
それっきり、知明さんは袋を閉じた。
「さて、澪君には本当にお世話になった。この件については俺の方から適切な部署に回しておく。ただ……今のところは精々見回りを強化してもらう程度しかできないな」
「事件は起こっていませんからね」
精々家宅侵入とかか? それでは弱すぎる。
「そういうことだ。俺としても何とかしたいんだが、身内だと余計に言われるんだよ」
「まぁ、組織ってそういうものですよね」
それでも相談したという実績は何かあったときに有用だ。正直こんな事をする人間がこれっきりとは考えがたい。考えすぎだと言う人もいるが、こういう事は最悪を想定しておく方が動ける。根回し、証拠固めは基本だろう。
「……澪君は達観しているというか、大人だな。彰見習え」
「え! いやいや、俺の方が年上だよ」
「中身の問題だ」
呆れて溜息をつく知明さんがスッとスマホを出す。そしてそれを僕の方へと向けた。
「一応連絡先を教えてくれ。相手は君とも接触しているから、君へも危害を加えかねない」
「助かります」
「えー、いいなー。俺もミオ君の連絡先知りたい」
「……何故」
「えっ、そんなに対応違うのどうして。友達じゃん」
「いえ、友達になった覚えがありません」
「酷い!」
泣きそうな顔をする先輩を弄るのもけっこう楽しい。なんて、性格の曲がった事を思ってしまう。本当に驚く程表情が変わるから。あと、リアクションが大きい。
「彰、お前既に負けてるな」
「ミオ君が虐めるぅ」
「人聞きの悪い。昨日は助けたじゃないですか」
「扱い雑だよぉ!」
「こいつ、本当に面白いくらい分かりやすいんだ。あまり遊ばないでやってくれ」
「はぁ、仕方がありませんね」
なんて会話をして笑って、結局三人で交換をした。
予想外に増えた二件のアドレス。これを何処にカテゴライズしたらいいのだろう。知人……とは違う。お世話になった人は硬いし、約一名はこちらが世話をした。
「どうしたの?」
ヒョイと僕を見た先輩は、僕のアドレスを何処に入れたんだろう。そんな事がふと気になって、結局何処にも入れられないままになってしまった。
◇◆◇
講義に間に合うように余裕を持って僕は登校した。先輩は一度自宅に戻るというので店で分かれてきたのだが……現在僕は複数の女性に囲まれ睨み付けられています。
「ちょっと、彰君と付き合ってるって本当!」
「え……と」
「ってか、そも男だし。誰嘘流したの」
「本当だって! 昨日ここで騒いでて、この子彰にキスしたの!」
「はぁぁ!」
人生生きていて絶対に関わりあいにならないし、関わりたいとも思わない派手めな女性に囲まれてタジタジになっている。
何がややこしいって、嘘と本当が色んな具合に混ざっているんだよな。
「彰ってそういう趣味だったの!」
「趣味わるー」
それについては眼鏡モブ陰キャとして飲み込まざるを得ない部分ですが、気分はよくないです。モブだって生きています。
「ってか、この子が勝手に好きになって迫ってるとか?」
「うわぁ、最悪~」
寧ろ逆です。って言ったら、面倒なんだろうな。
こういうのを見ると、人間が嫌いになる。極論でものを見るなって言うけれど、そうしたくもなる醜態だって気付けていない時点でアウトだって思ってしまう。
だって、考えてよ? これで僕が美少年とかだったら、そもそもこんな風にするか。きっとならないと僕は踏んでいる。こうなっているのはこの人達にとって僕が圧倒的に劣っていると見られているから。こういうことをしてもいい相手だって、見下されているから。どうせ反論もしないだろうって、思われているから。
しないけれどね、面倒だし。
「何とか言えよ雑魚眼鏡!」
罵倒と共にドンと突き飛ばされる。案外強い力で、僕はよろめいた。
その背中を誰かがトンと支えてくれた。
「大丈夫、ミオ君」
柔らかな声と、心配する言葉。
ぱっと見上げた先で、加納先輩は優しく笑ってた。
あぁ、こんな人もいるんだよ。僕なんかを気に掛けてくれる、裏も表もない人が。
だから僕は人を本当には嫌いになれないんだ。
「もぉ、気をつけないとだよ。明日から一緒に来ようか?」
「え?」
「だって、君は俺の恋人なんだからさ。一緒に来たって変じゃないでしょ? 昨日もお泊まりしたんだし」
「!」
途端、場が一気にざわついた。
僕は大焦りだ。火消しをしたいのに油注ぐな!
「この子に酷い事したら俺、悲しいからさ。皆もそんな怖い顔しないでね」
「でも!」
「ミオ君、行こうか。お昼は学食? 一緒していい?」
たじろぐ女子を牽制して、僕の肩を抱いたまま人垣を超えていく。そんな先輩が、ちょっとだけかっこよく見えた朝の一幕だった。
敬具。