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告白のとき(周防目線)一緒に島へ2

「やっぱ実際に目で見て確かめたら、どこか印象が違うな。ちょっとだけスケッチしていい?」


 俺が了承するのを見越してなのか、いきなりしゃがみ込んで、カバンから画材を取り出し、目の前の景色を見ながら丁寧に色を塗っていく。


 そんな歩の背中に自分の背中をくっつけるようにして座り込み、反対側にある海の景色を楽しむ。気持ちが軽くなったお蔭で、歩にいろいろ話せそう。


「……俺さ、昔っから親父とケンカして、困らせてばかりいたんだ」

「さっきのやり取り見て、スゲェなって思った」


 ちょっとだけ笑った声が、耳に心地いい。


「親父がさ、個人病院を開業していたから俺がそれを継ぐっていう、将来が決まっていたのが、実はイヤでね」

「タケシ先生は、他になにかやりたいこととかなかったのか?」


 時折吹いてくる下からの海風が、荒んだ俺の心を和ませてくれるみたいに吹き抜けていった。


「他にやりたいことがあれば、医者なんかになってないよ」

「あのさ、俺バカだからよくわかんねぇんだけど、医者になるのって超頑張らないとなれないじゃん?」

「超頑張ったかどうか、覚えていないな」


 実習漬けの毎日に、ただ日々を過ごしていた感じかも。


「タケシ先生、どうして小児科医になったんだ?」


 紙の上をなぞるような筆の音が止み、不思議に思って顔だけ振り向くと、歩が俺の耳元に唇を寄せていた。


 興味津々のその眼差しに、応えられるだろうか?


「子どもが一生懸命に病気と向き合うところに、心を打たれたから、かな。その手伝いがしたいと思ったんだ」

「そっかー。そのお陰で俺はタケシ先生と出逢うことが出来たんだよな。子どもたちに感謝しなくちゃ!」


 歩らしい言葉に笑みが零れる。さっきまで落ち込んでいたのがウソみたいだ。


「だけど俺が小児科医を専攻したことで、親父と見事ぶつかっちゃったんだけどね」

「あ、そういえば……お父さんは内科医だったっけ?」

「うん。併設してやろうって俺から提案出したんだけど、そんな中途半端はイヤだって、随分とごねられてさ。結果、この島に移住させてしまったんだ」


 俺が親父を追い出した。だけどこれでよかったって思ってる、自分がいるのも確かなことで。一緒に病院経営なんてしたら、きっと診療方針やその他のことで、揉めるのが目に見えているから。


 視線を伏せると、後ろから体をぎゅっと抱きしめてくる歩。


「俺さ、自分が病気になっていろいろ考えたって、前に言ったことがあったろ?」

「そうだね……」

「もしかしての話なんだけどさ、病気が再発したら最悪、あとどれくらいの寿命なのかなって」


 抱きしめている手に、そっと自分の両手を重ねてやった。


「なんのために、医者の俺が傍にいると思ってるんだ。絶対に再発なんてさせないよ」

「ホント、優秀な恋人だよなタケシ先生。俺には勿体ないくらいの人だ」

「冗談でも最悪の話なんて、俺は聞きたくない」

「だけどさ俺だけじゃなく、みんなが限られた寿命を持っているワケでしょ。その中で最低限でも、目の前にいる人たちの幸せを見てみたいって考えたんだよ」


 歩は俺の頭に顎を置き、吐き出すように言葉を発する。


「タケシ先生の幸せも、タケシ先生のご両親の幸せも。俺の親も妹も。友達の幸せも」

「……うん」

「その幸せを見るために自分のできることは、進んでしてやりたいって思ってる。これは俺のワガママなのかもしれないけれど」


 俺は自分のことだけで一生懸命で、他人のことなんてこれっぽっちも考えていなかった。だからこそ、歩の言葉がじんと胸に染みる。


「俺なんかよりも、歩の方ができがよすぎて、勿体無いかもしれないな」

「なーに、言ってんだよ」


 どこか、照れた口調の歩。


「お前は俺が持っていないものを、たくさん持っているよ。俺はどこか冷たい印象をもたれてしまうのは、そういう大切なものが欠けているからなんだろうな」

「そんなことないってば」

「あるある。お前の目はしっかり恋人フィルターがかかっているから、俺が良く見えるだけなんだよ」

「だったらそのフィルターを、お父さんにもかけちゃえばいいのに」


 ……なんて無理なことを言ってくれるんだか。


「今のタケシ先生の顔、すっげぇいい感じなんだ。その顔でさっきのことを謝らないか? 俺も頭を下げるし」

「必要ないよ、そんなの」

「タケシ先生が必要なくても、俺は必要だから言ってるんだって」


 苦しいくらいに、体を抱きしめてきた。


「歩……」

「タケシ先生と同じくらい、お父さんのことも大事にしたいって思ってる。そんな大事な人だからこそ、俺たちのことを認めてほしい。一緒に頑張ろうよ」

「でも――」

「落ちる確率、限りなくゼロに近かったタケシ先生を、ちゃっかり落した俺だぜ。認めてくれるまで、何度でもここに通うから」


 確かに。コイツの根性は人並み外れていたっけ。思い出したら笑みが零れてしまう。


「ウザがられて、親父に嫌われるかもね」

「ええっ!? それってヤバくない? どうすればいい?」


 慌てふためく歩が面白くて、ついからかってしまった。


「さぁね。どうすればいいんだか、俺にもサッパリだ。あ、誰か人がいる?」


 草原の途中にある横道に、小さな男のコと細身の男性が突如現れた。仲良さげな感じは、親子なのか兄弟なのか――


「なぁタケシ先生……」

「わかったよ。お前の言うこと聞いてやる。だから進んで、アシストしてくれよな」


 素っ気なく言ったつもりだったのに、やけに声色が生ぬるかった。まるで歩に、デレデレしているみたいじゃないか。


「うんうん、アシストしまくる~!」


 嬉しそうに言って、頬ずりしてくれたのだけれど――


「おい、ちくちくするから止めてくれ。お前、ヒゲちゃんと剃ったのか?」

「え~? 粗相がないように、しっかり剃ったんだけど。やっぱ若いから、すぐに生えちゃうのかも」

「はいはい、若さアピールはそれくらいにして、親父のところに行きますよ。うーん……いい休憩になった」


 立ち上がって伸びをしたときには、下にいたふたりがいつの間にかいなくなっていた。こんなところに長く滞在するのは、歩や写真家くらいだろうな。


「あっ、待ってくださいよタケシ先生! すぐに片付けるから」

「大丈夫だ。ゆーっくり先に下りてるから追いついて来い!」


 山は登るよりも、下りるほうが足腰に負担がかかる。故に、ゆっくり下りることにしてみた。歩のヤツは足が早いし若いんだから、すぐにでも追いつくだろう。


 カバンを左手に持ち、よっよっよっといった感じで、リズミカルに坂道を下りていると、がばっと後ろから体を抱きしめたバカ犬。


「おっと! 危ないじゃないか。足元が砂利なんだから、滑ったらどうするんだ?」

「ぜってー転ばせない自信ある! だから抱きしめたんだよ、タケシ先生」


 真夏の太陽がさんさんと照りつけ、ただでさえ暑いからこそこの密着は勘弁してほしい――とは言えないんだよな。


『ひとりぼっちにされて、寂しかったんだ!』というキモチが俺を見る眼差しから、ひしひしと伝わってくるが故に、上手く口が開けない。


「手、繋いで下りちゃダメ?」


 それって俺の足腰を心配して言ってる? それともただ単に接触したいから言ってるんだろうか?


「好きにするといい……」

「やりぃ。タケシ先生の右手は、俺のモノ!」


 嬉々として手を握りしめ、走って坂道を駆け出そうとする。


「おおお、おいっ! ゆっくり下りたいんだってば!」

「そんなふうにちんたら下りてないで、さっさと走ちゃおうぜ。早くお父さんに逢いたい」


 歩の方が背が高いので当然、足のスライドも俺とは違って大きい。最終的には、ブレーキの役目を果たしていたんじゃないだろうか。


 まぁ積極的に親父に逢いたいとは、どうしても思えないからな――

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