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進撃(いや喜劇…いやいや悲劇!?)の学会8

「んもぅ、タケシ先生ってば復活早すぎ! もう少しくらい俺に甘えてもいいのに」

「お前の顔を見てたら、自分の悩みがちっぽけなものだったことを気づかされた。助かったよ」


 相変わらず素直に礼が言えないままでいる、可愛げのない俺。そんな自分らしさを表に出すことができたからか、心にある重い荷物を下ろした気分だった。


 俺の手によりサンドした状態の歩に顔を寄せて、触れるだけの口づけをしてやる。すると体に絡みついている両腕に、力が入った。


「やっぱり、タケシ先生はこうでなくちゃ。暗い顔してたらせっかくのイケメンが台無しになるし、患者になっちまう」

「医者の不養生か。別にいいんじゃない、こうして歩に治してもらうから」


 恋人の言葉に甘えてやろうと頬を包み込んでる手を外し、そのまま両腕を首に絡ませて、ぎゅっと抱きついてみた。


「俺はただの看護学生なのにさ。治療なんて無理だよ」

「お前はこうして、俺の傍にいればいいだけ。簡単でしょ」

「傍にいればいいだけじゃない。全身全霊でタケシ先生を愛してあげる。毎日……」


(それなら俺は、病気になるなんてことはないだろうな。日々歩に感謝しないと――)


「だからタケシ先生、俺にご褒美ちょうだい!」


 微笑みながら強請られた言葉に、自然と顔が引きつる。歩の首を絡めていた両腕を肩に移動させて、勢いよく離してやる。


「なにがご褒美ちょうだいだ。バカ犬はバカ犬らしくご主人様の言うことを聞いて、無償の愛を提供しろ」


 吐き捨てながら部屋に戻ろうと歩き出した瞬間に、歩の手が左腕を掴んで引き留めた。


「無償の愛はわかるし、できるだけタケシ先生の言うことも聞くから、ご褒美ほしいよ……」


(無償の愛がわかると言いながらも、ちゃっかりご褒美を強請るのがコイツらしいというか、まったく――)


「今は無理だから、地元に帰ってからな」

「やりぃ! ありがとタケシ先生」


 遅い時間帯を考慮したのか片手にガッツポーズを作り、声を押し殺して喜びを表す。


「そんなに喜ぶとは意外だわ。お前のために、俺も頑張らなきゃいけないな」

「タケシ先生が頑張るなんて、そんなことされたら即イキするかもしれない」


 明日のことを考えてニヤニヤする歩に、わざとらしく顔を寄せてやった。


「なるほど。帰ったらさっそくやるとするか?」


 誘うような上目遣いが効いたのか、ごくんと生唾を飲み込む姿に思わず吹き出しそうになる。


「タケシ先生ってば、ヤル気が満々だね」

「当たり前だろ。大好きなお前のことを、徹底的に可愛がるチャンスじゃないか」


 意味深な笑みを浮かべて言った途端に、掴まれていた左腕が解放された。


「ちょっと待って。タケシ先生の言ってる可愛がるって、俺の思ってるヤツと違う気がするのは、気のせいだと思いたい!」


 見る間に顔色を失った愛しい恋人を見つつ、オーバーリアクションにとれる感じで首を傾げた。


「きっと気のせいだって」

「いいや……。俺のは甘いとかエロい系の内容だけど、タケシ先生のはつらいや苦しみなんていうのが含まれている気がする」

「確かに多少なりともつらさはあるかもだけど、結果が良ければ報われるでしょ」


 俺の言葉を聞いた刹那、頭を抱えてその場に座り込んだ。


「ああ~結果が報われるってセリフで、それが勉強だとわかったら、みなぎってたヤル気が失われてしまった!」


 あからさますぎるしょんぼりした顔に、やれやれと思わされる。すべては歩のためだというのにな――。


「……結果が良ければ、ご褒美があるかもよ?」

「へっ?」

「しかも今回は俺を励ましたという、プラス要因がある。つまりご褒美にプラスアルファがつくわけだ。だけど俺が出したテストを失敗したら、それがなしになってしまうぞ」


 落ち込んだ歩を立ち直らせるべく次の手を打つ俺を、瞳をキラキラ輝かせて見つめてきた。


「バカ犬のお前だけど、俺の喜ぶことを考えたら答えは一つだろ?」


 両腕を組ながら出してやった質問を聞いて、普段は見せない真面目くさった顔を作り込む。


(コイツのこういう表情、結構好きなんだよな――ってこれを言ったら、もっと好きになってもらおうと回数が増えるだろう。この件については、お口チャックしなければ。レアなものは、取っておきたい主義だし)


 歩の魅せる表情についてちゃっかり感想を考えていたそのとき、攫うように躰が抱きしめられた。


「タケシ先生、俺頑張る。めちゃくちゃ頑張るから、エロいご褒美よろしくお願いします!」

「そうかい……」


 期待した答えじゃなかったせいで落胆しながら、躰に巻きつけられている歩の腕を容赦なく振り解いた。


「ええっ!? ここは抱きしめ返した後に、チューするところじゃないの?」


 愕然とした歩を置き去りにし、部屋に向かって歩き出す。


 少しでも甘い雰囲気にしたい歩の気持ちはわからなくはないけれど、直にエロい方面に持っていきたがるのは年齢のせいだろうか。


「もう少し、ムードってものを考えろ。お前は学校の勉強だけじゃなく、俺との付き合いについても勉強しなきゃいけないね」

「タケシ先生についてなら、進んで勉強するって。ねぇいろいろ教えてよ」


 軽快なステップを踏むように近づいてきて、ぐいっと腰を抱き寄せた。学校の勉強もこうして積極的にしていたら、毎回テストで泣かずに済むだろうに。


「馬鹿の一つ覚えみたいに、ボディタッチするな」

「はいはい」

「返事は一回!」

「はーい!」


 腰に回された腕は外されたものの、俺の肩に歩の躰の一部がぴったりとくっついていた。


「……まだボディタッチしてるぞ。適度な距離感は大事、パーソナルスペースを侵略するな」

「侵略って、キツい言い方するなぁ」


 恋人同士なのになどと、他にも何か文句を言い続ける。そんな歩を値踏みするような目つきで、わざとらしくしげしげと見てやった。


「理由があるから指摘したのに、文句を言うなんてな」

「理由?」


 ぶつぶつ文句を言いながらも歩が離れたその距離は、ほんのちょっとなものなれど、俺としてはちょうどいいものだった。恥ずかしさが相まって、なかなか積極的になれない自分には、もってこいの距離だ。


 するりと細長い歩の首に両腕をかけて、強く唇を押し当てた。歩の中に舌を忍ばせて、濃厚に絡みつかせる。


「ンンっ……」


 鼻にかかった甘い吐息を確認後、名残惜しげに顔を離す。だけど首に絡めた腕は、そのままにしてやった。


「こうして、俺から手を出すために決まってるだろ」


 にっこり微笑んだ俺を、なぜだか歩は渋い表情で凝視した。


「ねぇそれっていつまで待てば、タケシ先生から手を出してくれるの?」

「バカ犬の躾には、やっぱり『待て』が必要だろ」


 渋かった表情が、子どものようなふくれっ面に早変わりする。あまりの可愛らしさに誘われて、膨らんだ頬にキスしてしまった。


「タケシ先生、こんな場所でチューされたら、待てができなくなっちゃう」

「今回はお前に助けられたからな、出血大サービスだよ。残りは勉強の結果次第だ」


 ついでと言わんばかりにデコピンしてから歩から手を離して、今度こそ部屋に戻るべく歩き出した。


 掌で転がされる恋人の状況がおかしくて、唇に笑みを浮かべた俺の隣を恨めしそうな顔して並ぶ。


「学校の勉強も大変だけど、タケシ先生の勉強も大変そう」

「俺としては、いろんな表情の歩が見られて楽しい限りだけどね」


 宿泊している部屋の前に辿りつき鍵を刺した瞬間に、背後から伸びてきた手が俺の動きを制した。


「歩、いろんなことがありすぎて俺は疲れてるんだ。さっさと寝るぞ」

「わかってるって。もうふたりきりになれないんだから、今日最後の接触がしたい」

「接触って、お前――っ!」


 振り返りながらため息をつきかけたそのとき、呼吸ごと奪われてしまった唇。さっき俺がした濃厚なものじゃなく、肺の中の空気を吸い取るものだった。


(いきなり何をやってるんだ、このバカ犬は――)


 じと目をキープしてされるがままでいたら、苦しくなる前に唇が外される。


「よし! タケシ先生の体内に入っていた空気を貰ったから、絶対に頑張れる!!」


 へらっと笑って告げられたセリフに、顔を引きつらせるしかなかった。


「だから絶対にご褒美つけてよ、タケシ先生!」


 意気揚々と宣言した歩だったが、地元に帰ってからおこなったテストの結果は、俺の想像を超える酷い出来だったのである。


 ゆえにエロいご褒美はお預けとなり、俺の監視下で勉強させた。やる気を引き出すために、目の前に餌をぶら下げておくのを忘れない。


 すると変なスイッチが入ったのか俺に顔を向けて、目を閉じたまま唇を突き出してくる始末。どうやらキスを強請っているらしい。


 内なる怒りを封印する笑顔でにっこり微笑みながら、机に置かれている教科書を手早く持ち、ぎゅっと顔面に押し当てた。


 やれやれ……この恋が甘くなるには、あと数年ほど時間がかかりそうだ。

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