浩二朗が持つオイルランプの明かりを頼りに温室の奥に進んでいくと、温室には似つかわしくない重厚な造りの机と椅子、すぐ横には二人がけの木製ガーデンベンチが置かれていた。
机の手前に置かれていた書類の束を浩二朗は奥に退かし、その上に写真立てを下向きに重ねると、オイルランプを机に置き、俺に向かってゆっくりと振り向いた。
「そこに、一緒に座ろうか」
緊張しているかのように、少し表情を強張らせながら視線をベンチへ向けた浩二朗に、俺は寂しさを覚え、ただ黙って頷くことしかできなかった。
アームレストと背凭れのついたガーデンベンチに俺が先に座ると、浩二朗は机の裏に回り、透かし彫りが施された椅子の上に折り畳まれていたひざ掛けを手に取って戻ってくると、俺にそっと差し出した。
「冷えるといけないから……」
「……。ありがとう……」
浩二朗からひざ掛けを受け取ると、それはとても肌触りが優しく、俺は上等な品物であるとすぐに分かった。
使って汚してしまってはいけないと思ったが、浩二朗がせっかく差し出てくれたものを返すのも失礼だと思い、俺は慎重に自分の膝の上に置いた。
「椿は偉いね……」
「えっ……?」
何を褒められたか分からず、俺は浩二朗の顔を見上げると、浩二朗の顔に一瞬笑みが浮かんでいるように見えた。
(あっ……)
「こうじ……」
俺は浩二朗の笑みに引き寄せられるよう、無意識に手を伸ばそうとするが、浩二朗はまるで反射的に俺を避けるように、一歩後ろへ下がった。
「ご……ごめん」
伸ばしかけた手を俺は謝りながら慌てて下げて戻すと、浩二朗が差し出してくれたひざ掛けの上で、手の甲を隠すように反対の手を重ねた。
「いや、僕こそ……」
「……」
「……」
そのまま重い沈黙が続きそうになると、浩二朗は俺の横に黙って腰かけた。
浩二朗が腰かけると、二人がけの木製ベンチが少しだけ軋む音が静かに響いた。
(また、避けられた……)
俺はどんな顔を向けていいか分からず、俯き気味に自分の膝に置いた手をじっと見つめながら、浩二朗が話し出すのを静かに待った。
「……。どこから話せばいいのかな……」
長い沈黙の後、独り言のように呟いた浩二朗は数秒だけ目を閉じて開けると、遠くの上の方を見ながら、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「僕の父は、第二次性の……特にオメガ性の発情メカニズムについて研究していたんだ」
(オメガ性の発情メカニズム……)
それを聞いて、俺は自分の体温がふっと下がる感覚と同時に、肩から力が抜けた。
(そっか……。じゃあ、やっぱり俺は最初から……お父様に騙されて、ここに預け……いや、捨てられたってことか……)
重ねていた手の甲に、俺は爪を立るように指先に力を込めると、静かに俯いた。