アリスターはリシャールに自分の過去を話すくらい心を許してくれている。
リシャールの頭には
DomとSubはパートナー契約を結ぶことができる。
パートナー契約には色々な形があるが、その一つとして、DomとSubが契約書を作ってサインをして、役所に届け、DomがSubに首輪を贈って、Subがそれを受け取れば成立というものがある。
契約書にはプレイのときのセーフワードや苦手なこと、してはいけないことなどをしっかりと書いて、お互いに了承してサインをする。いわゆるDomとSubの結婚のようなものだ。
白いアリスターの首には首輪は似合うだろうが、仕事柄Subと明言するようなものを付けているのは都合がよくないだろうし、アリスターは首輪を望まないかもしれない。それならば別のものでもいいし、首輪を付けないでもいいとは思うのだが、リシャールはアリスターを自分のものだと主張したい気持ちはあった。
Domとしての本能なのだろうが、リシャールはアリスターを甘やかして大事にしたいのと同時に、独占し、支配したいのだ。
アリスターの熱が下がってから、アリスターはリシャールの仕事場に顔を出すようになった。体調を崩していたので最初は心配したが、もうすっかり治ったようでアリスターはリシャールの作った食事をよく食べ、とても元気だったのでもう大丈夫だろうと思っていた。
コレクションに出るモデルの中にはDomもいるし、Subもいる。
Subの女性と組まされそうになって、リシャールはマダムに抗議した。
「僕のパートナーが見てるんです。誤解をされるようなことはしたくない」
「身長的にも体格的にも、彼女があなたに一番合うのよ。これは仕事よ、リシャール。これまであなた、そんなこと言ったことなかったじゃない」
これまでの仕事はリシャールは何でも引き受けていた。際どい服で女性や男性と色気たっぷりに絡むのも、抱き合うのも、文句は言ったことがなかった。
リシャールは本当の愛を知らなかったので、そんなことができたのだ。本当に愛する相手ができて、その相手が見ている前でそんなことはできない。ただでさえマダムの作った服は一部が透けるようになっていて、エロティックさを見せているのだ。
「彼女以外にしてください。Subとは組めません」
どうしてもSubと絡むのを嫌がるリシャールに、マダムはため息を一つ付いて相手を変えてくれた。
それがリシャールをやたらとライバル視してくるDomであっても、Subと組むよりはましだと思ってリシャールは了承した。
「俺と組みたいと言ったらしいな」
「言ってない」
「やっと俺の良さが分かったのか。跪いて愛を乞うてもいいんだぞ?」
嫌われていると思っていたDomの男性にそんなことを言われてリシャールは頭痛を覚える。やたらとライバル視してくるのはDom同士相性が悪かったせいだとリシャールは思っていたが、相手のDomの男性は別のことを考えていたようだ。
「お前、Subだろう? パートナーを連れて来たらしいけど、Domにしか見えなかった。パートナーとのプレイで満足できてないんじゃないか? 俺ならお前をどろどろのぐずぐずにして、可愛がってやれるぞ?」
長身のリシャールよりも更に長身で体格もいいDomの男性に言われても、リシャールは嫌悪感しかない。リシャールの好みはアリスターのような繊細な美しい男性なのだ。自分より屈強な男性に組み敷かれるだなんて冗談じゃない。
「いらない」
「一生懸命相手に合わせて痩せてるらしいじゃないか。俺はそんなことさせない」
「これはマダムに言われたからだ」
アリスターはリシャールに痩せろなんて言わない。
リシャールの体を「ゴージャス」と言ってくれて、体重を落とした分だけ国に戻ったら戻してほしいと思ってくれているくらいだ。
どれだけ勘違い男なのかと思ったが、ランウェイを歩くリハーサルをしていると、そのときは喋れないし手も出せないと分かっているのか、これ見よがしに腰を抱き寄せたり、肩に腕を回したりしてくる。
やめてほしいと思っても、リハーサル中なので何も言えないでいると、ぴりっとリシャールにも感じ取れるオーラをDomの男性が纏った。
Domの男性はリシャールをSubだと勘違いしていて、従わせようとして放ったのであろうが、グレアと呼ばれる他のDomを威嚇したり、Domが不機嫌なときに出すオーラは会場中のSubを巻き込んだ。
リシャールと組むはずだったSubの女性が蹲り、ランウェイを歩けなくなっているのを見て、リシャールは反射的に客席の最前列からリシャールを見学しているアリスターに視線を向けた。
真っ青な顔でアリスターが倒れそうになっている。
仕事中だというのは吹っ飛んだ。
リシャールは衣装も着たままでまっすぐにアリスターに駆け寄ると、アリスターの頬に手を置いて自分の顔を見させる。
「アリスター、『ゆっくり息を吸って』、『吐いて』」
「リシャール……」
「『大丈夫』だよ、アリスター。僕が守る」
呼吸をできるようになったアリスターに『いい子』とコマンドで宥めて額にキスをして、リシャールはランウェイの上で立ち竦むDomの男性に怒鳴った。
「早くその物騒なオーラを引っ込めろ! Subに対するパワハラで訴えるぞ!」
大きく響いたリシャールの声に、Domの男性のグレアが消えた。アリスターも調子を戻しているようだし、ランウェイの上で蹲っていたSubの女性も立ち上がれた。
「何てことしてくれるの! 仕事を台無しにしないで頂戴!」
Domの男性は立ち上がったSubの女性に頬を強かに引っ叩かれていた。
Subだがあれだけ気が強いのでこの世界でものし上がって来られたのだろう。リシャールはSubというだけで彼女と組むことを嫌がったことを反省した。
「リシャール、仕事だろう? 戻っていいよ」
「アリスター、もう大丈夫?」
「リシャールのコマンドで落ち着いたよ」
「マクシムに送らせるから、コンドミニアムで休んでて」
片手を上げてマネージャーのマクシムを呼ぶと、リシャールはアリスターをコンドミニアムまで送ってくれるように頼んだ。
勢いで駆け下りたランウェイはかなり高くて、登るのは困難だったので、リシャールが裏手に回って戻ってくると、マダムもかなりのお怒りのご様子だった。
「あんな場所でグレアを使うなんて信じられないわ。彼のサイズのモデルを探して、彼は降板させます。代わりがいなくても、彼はSubの彼女に訴えられるから、このコレクションには出られないわ」
その話を聞いてリシャールは心から安堵した。
Subの女性は近くにいたDomのスタッフに緊急的にコマンドを使ってもらって調子を取り戻したようだ。
「僕が我が儘を言ったせいですね。もう言いません。彼女と組ませてください」
「リシャール、あなたのせいじゃないわ。私があのクズの性格を見抜けなかったせいよ。でも考え直してくれて嬉しいわ。あなたの衣装、彼女と合わせて作ったものだったから」
そんなものを着ていたらアリスターに誤解されるかもしれないが、それよりもDomの男性と組む方がよほど嫌な感じだったのでリシャールはアリスターにはしっかりと説明するとしてマダムの言う通りにすることにした。
Subの女性はランウェイの袖でリシャールに小声で話しかけてきた。
「あなたの大事なひとは大丈夫でしたか?」
「あいつのグレアのせいで調子を崩したみたいだから、先に部屋に帰ってもらいました」
「本当に腹が立つ。あいつに関しては、私がきっちりと訴えて、あなたの大事なひとの分も慰謝料を請求するので、安心してください」
「ありがとうございます」
Subというだけでアリスターに誤解されないか心配して遠ざけようとしていた女性は、リシャールが思っていたよりもずっと芯がしっかりとしていて、リシャールのパートナーであるアリスターのことも気遣ってくれた。
「本当にありがとうございます」
「こういうときはお互い様でしょう?」
微笑む彼女は美しかったが、リシャールは早くアリスターに会いたくてたまらなかった。