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弱き君の勇気ある言葉~ならば行動いたしましょう~




 エリアのようにティーカップを落とすことはなかったが、彼は青ざめた表情のまま、カップを置く。

「……父様は……私が、やはり……」

「クレメンテ殿下……」

 長い間抱え込んできたものだ、早々簡単に割り切れるものではないだろう。

 どうしたものかと私は思案する。

「く、クレメンテ、殿下……その、えっと……」

 エリアが何か言いたそうにしている。

「その……ぶ、無礼なのはわ、分かって、おり、ます。でも申し上げても、よろしい、でしょう、か?」


――どうするべき?――

――エリアに任せるべきか、それとも……――

『構わん、エリアに任せるといい』


 神様がそう言うので、とりあえずエリアに任せてみる事にする。

「クレメンテ殿下、宜しければエリアの話を聞いてはいただけませんか?」

「だ、ダンテ殿下がそう、おっしゃるのでしたら……」

 クレメンテは戸惑いながらも拒否はしなかった。

「あ、ありがとうございます…」

 エリアは緊張したままだが、少し安心したようだ。

「……クレメンテ殿下が……御父上……ジューダ陛下に……その……」

 直接的な言葉を言うのはやはり怖いらしい。

「――分かっています、私は、父と母に愛されていません。父には今命を狙われる程に、憎まれている……」

 エリアが言えずにいたであろう言葉を、クレメンテが口にした。

「けれどブリジッタは私を心から大切に思ってくれているから私はそれを嬉しいと思っています……ただ、兄達……いえ兄上の事が……」

「――ですが、ブリジッタさんや貴方の事に尽力していたはずです」

「……はい」

 私はフォローを入れようと何とか言葉を選んで言う。

 クレメンテは自信なさげに頷いた。

「……私、はそれだけで、クレメンテ殿下は、お兄様方に、愛されていると、思います……私は……『家族』いえ、ヴィオラ家の方達に、愛された記憶が、ありません……」

「それはどういう……」

「……私はずっと、一人の執事に育てられました。他の使用人たちは私に関わろうとしません……それどころか汚い物を見るような目で見てきます……『母』は私の顔が気にくわないと、殴り罵ってきます……」

「――」

 エリアが語る彼の今までの人生の一部に、クレメンテは言葉を失っている。

「『兄達』や『父』は私……壊してもいい玩具のように……扱い、自分達の利益を手に入れる為に、私を扱いました……」

 エリアは自嘲の笑みを浮かべた。

「色んな男達に無理やり犯されてきました、ずっと。嫌でしたけど、私の傍にいてくれる執事を辞めさせると言われたら私は従うしかありませんでした」

 途切れ途切れの言葉ではなくなっていた、投げやりにも見える言葉だった。

 同時に、それには羨ましいという思いも入っているのが分かった。

「クレメンテ殿下、貴方はそのような事をしなくても良かった……自分の傍にいて自分を守ってくれる誰かと引き離される事に怯える事もなければ、好きでもない輩に無理やり体を開くよう命令される事も、殴られることもなかった――」

 エリアの目が涙で滲んでいる。


「貴方はその時点で家族の誰かに『守られて』『愛されて』いるではありませんか!! 僕はダンテ殿下と出会わなかったら、今でもずっと『家族』の暴力と命令に怯えて暮らしていたはず!! 貴方は、そうじゃないではありませんか……」


 嗚咽を零し始めたエリアの背中をさすってから、頬を撫でる。

「エリア、もう言わないでください。貴方の『傷』を広げてまで訴えたいのは分かりました」

 そう声をかけると、エリアは小さく頷いた。

「――クレメンテ殿下。貴方は、まだ自身の御兄弟の自分への対応に不信感を抱くのは分かります、殆ど顔を合わせた事もなく、ただ結果としてそうなった事を後で知らされる」


「でもきっと御兄弟は、貴方が大切だからこそ、貴方を危険の渦中にある城に置いておくのを避け、うまくいけば貴方を守ってくれる誰か――そう、同じ年に入学する私と会う可能性に希望を託していたからこそ、ブリジッタさんに魔具を持たせ、私達とのやり取りに応じてくれている、違いますか?」

 私はしっかりとクレメンテを見据える。

「――でも、私は……」

「エルヴィーノ殿下と直に会いたい、話したいですか?」

「……」

 私の問いかけに、クレメンテは頷いた。


『さぁ、愚者共を罠にはめてしまえ。その為の言葉を』


 神様の言葉、まぁ実際言おうとしていたが、後押しのおかげでより自信を持って言える。

「ならば、少し危険に身を置く覚悟はございますか?」

「え……?」

 私の言葉を、クレメンテは理解しきれていないような顔をしていた――


 私は笑みを浮かべて、明日行う事について話した――





 翌日の朝――

「――エリア。危険なのですから、屋敷にいてよいのですよ?」

 私は王族や学院服ではなく、インヴェルノ王国の国民が身に着ける服に袖を通していた。

 フードつきの、銀色の雪の結晶の留め具がある恰好。

「い、いいえ。僕も一緒にいた方が……良いと思いました……そちらの方が、自然、ですし……」

 エリアはプリマヴェーラ王国の国民が着る服を身に着けていた。

 ブレスレッドをあえて見えづらくしている。

「……ダンテ殿下、本当に実行なされるのですか?」

 フィレンツォが心配そうな顔をしている。

「ええ向こうは今酷く焦っている、正常な思考ができない程に。だからこそ――」


「無防備を演じるんです」


 私はニコリと笑って、フードを被る。

「では、フィレンツォもよろしくお願いしますね」

「畏まりました」

 私はそう言って転移術を使って、別の場所からエリアと共にアウトゥンノ王族の屋敷に向かう。

 扉をノックすると、綺麗な恰好をしたクレメンテとブリジッタさんが出てきた。

「ダンテ殿下……」

「大丈夫です、私が守ります。ではなるべく人目の少ないところを『散歩』しましょう」

私はそう言ってクレメンテに膝をついて手を差し出す。

 エリアも慌てて同じように膝をついた。

「……はい」

 クレメンテは小さな声だが、それでもしっかりとした口調で答え頷き、私の手を取った。





 少しだけ人込みから離れた場所を歩く。

 人気の少ない時間帯はフィレンツォが事前に調査していたから、其処を私達は歩く。

 ブリジッタさんはフィレンツォを合流しているはず。

 だから今はクレメンテの事しか知らない、愚者達からだと――


 護衛がいない状態に見える。


「――クレメンテ殿下、エリア、少しだけ我慢を」

「えっ、わ……?!」

「っ……!?」

 私は二人を抱きしめて、身をかがめる。

 頭上で金属物質がぶつかる音が聞こえたので即座にソレに手を伸ばし掴む。

「――相手が悪かったと思ってください」

 苦無に似た投擲武器を掴むとそれを放った連中の魔力を頼りに雷撃魔法を加減して流す。


――加減しないと感電死させちゃうからネ!!――


 聞くに堪えない絶叫があちこちから響き渡り、雷撃が天へと伸びるのが見えた。

「フィレンツォ」

 私がそう呼べばフィレンツォが姿を現した。

「――治安維持所の方々が既に『目印』を付けた場所へ向かっております」

「流石だ。ああ、安心して尋問していい事を伝えてくれ、連中の『自害術』とかそう言った類の物は全部無効にしてあるから」

 私はそう答えて、二人を抱きしめて立ち上がる。

「クレメンテ殿下、エリア、お怪我は?」

「ぼ……私は、大丈夫、です」

「私も……」

「良かった」

 そう言って笑って私は投擲武器を――


 真正面にぶん投げた。


 雷撃魔術が込められているので、透明化していた輩を雷撃で全身を麻痺させれたらしく倒れて姿を現した。


「「?!?!」」

「フィレンツォ、護衛を頼みます」

「畏まりました」

 私はそう言って、エリアとクレメンテの事をフィレンツォに任せる。

 地面に倒れている、黒装束の輩の頭を掴んで、顔を上げさせる。

 そいつはまだ気絶はしていない、ただ動けないし「自害」等は無効化しているから、死んで逃げられるという心配もない。

「さて、何方かはご存じないのですが――私に喧嘩を売ったと解釈して宜しいですね?」

 私はニコリと笑ってフードを取る。

 そいつは、その男は目を見開き、唇を震わせた。

「な、何故……ダンテ殿下が?!?!」

「悪いですが、質問には答えませんよ。寧ろ貴方に答えていただかないと」

 私は嗤う。


「我が友、クレメンテを殺めようとした罪は重いぞ?」


 普段決して出さないような低い声と、冷たい眼差しを、私は愚者へと向けた。





――さぁ、どうしてやろうか?――






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