「まず、お話させていただく前に、クレメンテ殿下とエルヴィーノ陛下は私と兄の事を聞いた事はありますか?」
「いえ……」
「私は良好だと聞いています。兄であるエドガルド殿下は貴方の事を……とても大切にしていらっしゃると」
エルヴィーノの言葉に私は静かに首を振ってから口を開く。
「それは2年前からの話です。それ以前、私と兄の中は良好とは言い難いものでした」
嘘は言っていない。
「兄は、証を持たない事と証を持って産まれた弟である私に複雑な感情を持ちました。嫉妬、劣等感そういう類の感情と思ってくだされば分かりやすいかと」
私は静かに話す。
「ですが、兄は優しい方ですから。弟である私は可愛い、けれども近づけば傷つけてしまうかもしれない、そういう葛藤から、兄は私から距離を置いてました」
「ダンテ殿下、父であるジェラルド陛下はそれに対してどうしたのですか?」
「兄の望むようにさせました、なので兄と私が初めて会話をしたのは私が12歳になった頃です――といっても、私の様子が気になって見に来た兄を捕まえて、私が一方的に話しかけただけなんですがね」
「はい、覚えております。魔術の訓練をしていたダンテ殿下の様子を見てきたエドガルド殿下の方へ駆け寄ったのを。私が気づく前に、ダンテ殿下は隠れていたエドガルド殿下に気づいて駆け寄ったのです」
フィレンツォが補足する。
これによって私の話の「真実味」は増す。
「兄はそれでも、心を開いてくれることはありませんでした……それもそのはず、兄は『毒』を盛られていたのですから」
「「「?!」」」
私の言葉に、三人は驚愕の表情を浮かべた。
「フィレンツォが私の執事になった後に、兄の執事は体調を崩し、別の執事が兄につくことになりました……その執事が『毒』を盛っていたのです。精神を病ませる毒をです。兄はそれをずっと摂取させられ続けていました」
「これを伏せていたのは、そのような輩に気づかなかったインヴェルノ王家と私共の落ち度、また従者達への信頼に依存していた事もあります」
「何より――兄は病的な程に『我慢』をする方でしたからね」
「ダンテ殿下もそのことは言えないのでは?」
「それは今はいいでしょう、今は」
何故ここでそれを言う。
『気にするな』
――ちくせう、了解しましたよー!――
「それが発覚したのは兄が留学から帰国した後です。夜、私が何となく目を覚まして廊下に出た時、兄がふらついて歩いていたのを自室に招いて、どうしたかと聞くと……あまり毒を褒めたくはないですが、毒の副作用でしょうね。それで今までため込んでいたものを一気に兄は吐き出しました」
「毒の効果は精神を病ませる――他者の悪意や害意などに酷く敏感になり、精神を摩耗させる類の悪質な毒でした」
フィレンツォが再度補足する。
「毒事態、非常に悪質でかなり精密に検査をしないと分からない程のものでしたが、帰国直後は穏やかだったのに、一気に精神的に病んだ状態になるのはおかしいので精密検査をし、発覚。エドガルド殿下の当時の執事が毒を盛っていた事が判明し、城の方は現場の管理体制を見直すことになりました」
「ですから、私と兄が仲が良いと言われているのは実際はここ2年程の事なのです。最初から仲の良い兄弟ではなかったのです」
私はそう言ってエルヴィーノとクレメンテを見る。
「……エルヴィーノ陛下とクレメンテ殿下、私と兄は環境等も全く異なっているのは承知しております。私と兄の場合は兄が私を避けていた。お二人の場合は周囲によって『引き離されて差別されて』いた、ですが――」
「今ここに、貴方達を差別する者も、引き離すという考えを持つ者もおりません。ですから私からの願いです」
「お二人の言葉を、伝えあってください。私達がいる事で話しづらいのであれば、私達は退出いたします」
寧ろ邪魔だろう、そう思いながら言う。
「……お願い、します……ダンテ殿下……いてくださらないでしょう、か……」
クレメンテが声を絞り出して、そう言ってきた。
「――分かりました」
「……あと、フィレンツォ……さん、も……」
「畏まりました」
二人きりの方が良いと思ったのだが、クレメンテは違うのだろうかと思う。
「ブリジッタ……何があっても、傍に、いてくれるか?」
「勿論です、クレメンテ殿下」
ブリジッタさんの言葉を聞いて、クレメンテは深呼吸を何度か繰り返してから口を開いた。
「兄様――いえエルヴィーノ陛下」
「私は貴方が大嫌いです」
周囲の空気が一気に氷点下まで下がるような感じだった。
クレメンテがエルヴィーノの事を「兄様」から「エルヴィーノ陛下」と呼んだ時点で大体察していたし、今の私は傍観者なのでダメージは特にない。
ブリジッタさんは、重い顔をしている。
知っていたのだろう、羨ましいとかそれ以上の本心を。
フィレンツォもまぁ予想がついていたのだろう、視線が合うと私に対して頷いた。
エルヴィーノはまぁ……予想してなかったんだろうなぁ。
羨ましいとか妬ましいなら受け止められたが「大嫌い」と来たから。
明らかにショックで硬直している。
「エルヴィーノ陛下、どうかクレメンテ殿下の言葉を最後までお聞きください」
私は今の言葉は序だと判断しているからこそ、エルヴィーノに声をかけた。
エルヴィーノは兄として「守っていた」と思っていただけにきついだろうさ。
――殺したい程憎いとか言われないよかマシだと思った方がいいと思いそうな発言が出る気がするぞー?――
でも此処からは。
何せ、ブリジッタさんが伝えてない情報とかが盛りだくさんなんだろうからなぁ?
私がここで初聞きになるのも多いだろうが。
「ブリジッタが居たから、私は今まで生きれました。ブリジッタに私の従者を世話役を頼んだこと、ブリジッタが解雇されないようにしてくれたこと、そしてブリジッタと共にここに来れた事は陛下達に感謝いたします――ですが」
クレメンテはしっかりとエルヴィーノを見て続けた。
「――私が貴方達とお会いしたいと初めて言ったときの事を覚えていますか? ブリジッタが何とか兄である貴方と姉達に私が一度会いたいと願った時貴方はブリジッタに何と言ったか覚えておりますか?」
――あ、これ、守ろうとして傷つけたパターンだな――
「貴方は気づいてなかったでしょうが、あの時私はいたのです。ええ、聞きましたとも『父上に認められぬ子に会うことなどできぬ』と――貴方はそう言ったのですよ?」
「「……」」
フィレンツォと私は一瞬目を合わせて頷き、ジト目でエルヴィーノを見つめる。
「周囲に父の配下の者がいたならば、今は言えないとも言わず貴方はそうブリジッタに言ったのです。戻ってきたブリジッタは『お会いになると危ないから』と私に嘘をつきましたが、私は見ていました、聞いていました――その後も、もし『アレは嘘だ本心はこちらだ』と手紙をこっそりブリジッタに渡す事だってできたのに、貴方方はしなかった、一度も」
クレメンテは声を張り上げる事もなく、ただ淡々と今までの事を口にしてきた。
「ダンテ殿下とエドガルド殿下の話についてもう少しだけ詳しくフィレンツォさんが話してくれたのをブリジッタから聞きました。エドガルド殿下は大切だからダンテ殿下を傷つけまいと距離を置いて自分からは近づかなかった、近づいた時も、傷つける言葉を吐くことなどなかった。ダンテ殿下は兄であるエドガルド殿下の苦しみを理解したいからこそ、傷つくのを覚悟で近づき、そして結果エドガルド殿下を救った――そう」
「父母にも認められず! 愛されず!! 苦しんでいた私にお声をかけ、気づかせてくれそれでいいと認めてくれたのはダンテ殿下と執事のフィレンツォ、そして私を支え続けてくれたのはブリジッタ!! 貴方は近づく私に傷つける言葉をぶつけて以降、謝罪も何もなかった――」
「そんな『兄』を好きになれると?! 冗談じゃありません!! 私は貴方が大嫌いです!!」
クレメンテは最後には声を荒げて、肩で息をしていた。
そしてエルヴィーノはまぁ、その漫画とかそういうのならよくある「灰」になっている状態に見えた。
私はふぅ、と息を吐いてエルヴィーノに言う。
「良かったですね、エルヴィーノ陛下。大嫌い、程度ですんでいるのですから」
「ええ、一番辛いのは『無関心』ですからね。大嫌いと言われる程度ですんで良かったと思いますよ、エルヴィーノ陛下」
フィレンツォも私の言葉に同調した。
クレメンテは「大嫌い」だと言っているが――兄弟の縁を切りたいとまでまだ言っていない。
涙をにじませ、ブリジッタさんの手を握りしめているクレメンテだが、しっかりとエルヴィーノを見ている。
つまり、試しているのだ。
実の兄であるエルヴィーノを。
ここでエルヴィーノが何らかの答えを出して繋ぎ止めれば、いいのだが――
まぁ、フォローしないのが悪いので自業自得。
多分もっと一杯あるのだろうけれども、クレメンテは言わないのだろう。
我慢しているのが何となく分かる。
――どうせ、神様はこれの仲取りもていうんでしょう?――
『まぁな。自業自得なので本来は切り捨てたいのだが、お前が望む事に進めるにはそうする必要がある』
神様の言葉に私はため息をつく。
――あーめんどくせぇ!!――
面倒くさいが、仕方ない。
ならば頑張って見せましょう。
彼らを幸せに、したいからね?