「私、イタリアンが好き!れんさんは?」
『…イタリアン、好きだよ。』
「どこで食べる?」
『駅の方に戻るか。』
そんな何気ないやりとりから、私たちは駅の方へ向かうことにした。歩きながら、食べる場所をあれこれ迷う時間すら心地よい。
結局、駅近くのデパートの飲食フロアに行くことに決めた。そこには中華、イタリアン、和食、居酒屋…選べないくらい美味しそうなお店が並んでいるからだ。
6階建てのデパートで、飲食店は5階と6階。エスカレーターで上がることにした。
「先、いいよ。」
れんさんが、レディーファーストに私を先に促す。その自然な気遣いに少しドキっとして、思わず彼の横顔を見上げた。
だけどその瞬間、予想もしなかった出来事が起きた。
エスカレーターが動き出した途端、れんさんがぐっと近づいてきたと思ったら――
突然、私の腰に手を回し、そのまま抱き寄せられる形に!
「えっ、れんさん!?ちょ、ちょっと…!」
驚きと恥ずかしさで、心臓が爆発しそうになる。耳まで熱くなって、言葉もうまく出てこない。
ちらりと周りを見回すけど、誰も私たちのことなんて気にしていない様子。でも、それが余計に彼との距離を意識させて、心臓の音は止まる気配がない。
「れんさん、こんなこと…誰かに見られたら困るよ…」
震える声で言うと、れんさんは静かに一言。
「なんで?嫌なの?」
その言葉に、不意に胸がぎゅっと締め付けられる。視線を合わせる勇気もなくて、ただ無言で首を振るしかできなかった。
するとれんさんの腕がさらに強く、私を引き寄せる。柔らかいけどしっかりとしたその手の温もりに、逃げ出したい気持ちと、このままでいたい気持ちがせめぎ合う。
「れんさん…なんで急に…?」
小さく問いかけると、彼は耳元でそっと囁いた。
「可愛いから。」
顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。
薄々感じていたけれど、れんさんって実はかなり大胆な人だと思う。
普段はクールで、反応も薄くて無愛想に見えるけど、感情を表に出さないだけで、心の奥には熱い情熱を秘めているのかもしれない。そんなふうに思った。
でも、ちょっと待って。
もしかして……れんさん、実は遊び人なんじゃないの?
そんなこと、あるわけないよね?いや、でも……。
この手の回し方、なにこのスムーズさ!?自然すぎて、むしろ不自然に思えてきた。心の奥にじわじわと警戒心が芽生えていく。
だって、遊び人なんて正直怖い。浮気の心配なんてしたくないし、いつも不安を抱えたくない。だから失礼ながらも、れんさんが「モテない理由」を頭の中で探し始めた。こうでもしないと、この不安を打ち消せないから。
エスカレーターがいつもよりずっと長く感じられるこの時間。終わりが来てほしくないような、早く終わってほしいような――そんな不思議な気持ちを抱えながら、私は彼の腕の中に揺られていた。