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10.ゾウさん如雨露は天使に似合う

 水やりを頼んだらアウローラが水を零してしまって、それを助けようとしたリベリオもアウローラもびしょ濡れになってしまった。


(あぁ!? ぼくの責任だ! アウたんとリベたんにこの桶と柄杓は使いにくいって分かっていたのに! 濡れてしまったアウたんとリベたんが風邪を引いたら、ぼくは生きていけない! 今すぐ部屋に戻って着替えて、ぼくの天使たち!)


 慌てたエドアルドは素早くリベリオとアウローラを部屋に戻したが、作業を終わらせた後に早急にゾウさん如雨露の手配をしたため、朝食に少し遅れることになってしまった。それも全てアウローラが桶を持ちたがるであろうに、あんな大きな桶しか用意していなかったエドアルドが悪いのだ。

 最初は見学をしてもらって、ゾウさん如雨露が揃ってから手伝ってもらえばよかった。

 反省しているエドアルドに、リベリオも落ち込んでいるようだったので、夕方の薬草菜園の世話までにはゾウさん如雨露が届いていることを祈って、エドアルドはリベリオとアウローラを夕方の薬草菜園の世話に誘った。

 その後でリベリオがじっとエドアルドを見詰めてきていることには気付いていた。


(リベたん、熱い眼差しでお兄ちゃんを見詰めてどうしたの? もしかして、お兄ちゃんのマナーを見ているのかな? これは張り切らなければいけないな! お兄ちゃん、完璧なマナーをリベたんに見せて、お手本になってあげる! リベたん、マナーが分からなくなったらお兄ちゃんを見ればいいんだよ!)


 張り切ってフォークやスプーンの上げ下げ、唇にソースが付いたときには膝の上のナプキンで拭いてそこを折り曲げて膝に戻すなど、気を付けて食事を続けていると、リベリオがジャンルカにエドアルドがジャンルカと似ていると言い、その後で小さく「格好いい……」と呟いていた。


(格好いい!? 本当に!? お兄ちゃん、リベたんに格好いいと言われるようなことができている!? リベたんから「格好いい」いただきましたー! いやー、今日はリベたんに「格好いいを言ってもらった記念日」にしよう!)


 喜びのあまり心の中で舞を舞っているエドアルドだが、マナーを崩すわけにはいかない。リベリオがせっかく格好いいと言ってくれたのだ。リベリオにもっと格好いいと思わせるお兄ちゃんでなければいけない。


 朝食後にリベリオに魔力を注ぎに部屋まで行くと、「夕方にはお役に立ちます」と凛々しく告げられた。


(リベたんはアウたんを助けようとして立派だったよ? 役に立たないなんてことはない。あれは全部お兄ちゃんが準備不足だったんだからね。夕方こそは万全の準備でリベたんとアウたんを迎えてあげる! お兄ちゃんに任せて!)


 リベリオを安心させてあげたくて名前を呼ぶと、リベリオがエドアルドをじっと見つめて来る。最初は目も合わなかったのに、見詰められるようになって嬉しい反面、恥ずかしくもある。


(リベたんの熱い視線、ぼく穴が開いちゃうんじゃないかな。いや、ぼくの顔に穴が開いたらリベたん、怖くてそばに寄ってくれなくなるかもしれない。穴なんて空きません。ぼくの顔面は鋼鉄よりも強い! リベたん、こんな顔でよければどれだけでも見て!)


 そして、リベリオが役に立つのではなく、自分こそが役に立ってみせるのだと格好いいことを言ったはずなのに、リベリオにはなぜか遠慮されてしまう。


(リベたんは魔力臓が壊れているんだよ! それを治す方法をお兄ちゃんと一緒に考えよう? ぼくが育てている薬草の中には、魔力を含む特別な薬草がある。それに亡きお母様から受け継いだ、とっておきの薬草もある。お兄ちゃん、薬草菜園を維持していたのはリベたんのためだったのかもしれないって思うんだ。薬草菜園の薬草の全てをリベたんに捧げても構わないよ!)


 そのつもりで「薬草で」と言ったのだが、遠慮深いリベリオは「薬草でまで!?」と驚いてしまう。薬草よりもリベリオの魔力臓が治ることが大事だとエドアルドは思っている。

 亡き母が残してくれた薬草菜園には、非常に珍しい薬草も生えているのだが、それを全て使っても構わない。むしろこのために薬草菜園を母は残してくれたのではないかと思うくらいだった。


 リベリオに魔力を注いだ後はリベリオはリベリオのための家庭教師に勉強を教わって、エドアルドはエドアルドのための家庭教師に勉強を教わる。これまでろくに家庭教師の授業設けられていなかったリベリオだが、ベッドの上で本を読んでいたせいか、家庭教師が褒めるくらいに成績がいいようだ。


(さすがリベたん! 天使なだけではなくて、頭もいいだなんて! お兄ちゃんは誇らしいなぁ。リベたんが弟になってくれてものすごく嬉しいよ!)


 自分の勉強は片手間にでもできるので、エドアルドはリベリオのことばかり気にしていた。リベリオがかわいくてかわいくて仕方がない。三つしか年が変わらないというのに、リベリオは天使のようにかわいく、病に臥せっていたせいで色白で小柄で、どんなお人形でも敵わないほどの美しさがあった。

 今にも消えてしまいそうなほど儚い美しさに、エドアルドはリベリオに心奪われていた。


(お兄ちゃんはリベたんのためなら死ねる! いや、死んだらリベたんが泣くから死ねない! でもそれくらいリベたんのことを心から大事に思っている)


 なかなか最初は伝わりにくかったことも、リベリオが一生懸命歩み寄ってきてくれているので、伝わってきている気がしている。

 エドアルドはリベリオの理解を得られていると思って幸せだった。


 夕方の薬草菜園の世話までには執事が注文通りゾウさん如雨露を用意してくれていた。

 ゾウさんの形の如雨露に取っ手が付いていて、鼻の部分から水が噴き出るようになっている。水汲みがいらないように魔法具になっており、無限に水がわき出すようになっているのだ。

 これならば重さもアウローラでも持てるくらいだし、体力も腕力も落ちているリベリオも無理なく扱えるだろう。


 青いゾウさんはリベリオに、水色のゾウさんはアウローラに。


 渡してゾウさん如雨露で水やりを始めたリベリオとアウローラに、エドアルドは心の中で天を仰いだ。


(似合う! 似合う過ぎる! ゾウさん如雨露を持って水やりするリベたんとアウたん! 天使がここにいるよ! なんてことだろう、この尊い光景を目に焼き付けねば!)


 自分は桶と柄杓で水をやりながらゾウさん如雨露で丁寧に薬草に水をかけていくリベリオとアウローラを観察していると、リベリオが口を開く。


「わざわざ魔法具を用意してくださるだなんて、大変だったのではないですか?」

「似合っている」

「え?」

「お父様も了承している」


 魔法具は決して安くはないのだが公爵家の財産を以てすれば買えないこともない。リベリオとアウローラのための魔法具なのだから書類に記入してジャンルカもきっちりと購入を把握しているはずだった。


「こんな魔法具、すぐには用意できるものではないでしょう。もしかして、わたしたちが手伝うということが先に分かっていて、注文していたのですか?」

「いや……」

「誤魔化さなくても分かります。心優しいエドアルドお義兄様は先見の目を使われたのですね」


(そんなもの、ないんだけどねっ! と言っても信じてもらえないから言わないけど。公爵家からの注文に魔法具職人が大急ぎで作ったに決まってるじゃないか! もう、リベたんったら、勘違いしちゃって。そういうところもかわいいんだけど!)


 頭の中では言い訳していても、口から出る言葉が少ないのでリベリオに通じることはない。

 ゾウさん如雨露でしっかりと水やりの手伝いをしてくれたリベリオに、エドアルドは何枚か薬草を収穫して、それで煎じ薬を作った。


 お茶の時間の前にエドアルドはリベリオに煎じ薬を差し出す。


「これを」

「エドアルドお義兄様が作ってくださったのですか? ありがたくいただきます」


 リベリオの魔力臓が少しでもよくなるために、薬草の組み合わせを変えて何度も試してみなければいけない。それでリベリオの魔力臓が治れば、リベリオはエドアルドの助けがなくとも生きていけるようになる。


 煎じ薬を飲んだリベリオが苦さに耐えて笑顔を作っているのを見ると、エドアルドは胸がすかすかするような感覚に襲われた。


 リベリオの魔力臓が治ってしまえば、エドアルドの魔力を注ぐことも、薬草を煎じた煎じ薬を飲むこともなくなってしまう。


(それが寂しいだなんて、ぼくはなんて身勝手なんだ! リベたんはこんなにも苦しんでいるのに、ぼくが助けられることがなくなってしまうと寂しいだなんて……。なんでそんなことを考えてしまうのだろう)


 リベリオが治るのは嬉しいはずなのに、エドアルドの手を離れてしまうのが寂しくてたまらない。

 この胸に生まれた感情に、エドアルドはまだ名前を付けられずにいた。

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