ひと通りの追走劇を披露したあと、祝馬はあっさり捕まった。
けれども話はうやむやになった。三人とも実のところ、まだ三角関係の行く末を決めるのは先でもいいとの気持ちがあったからだ。
そこでとりあえず休戦として、祝馬の家でゲームでもして遊ぶことになった。
選ばれたのは、ヘレナ・プロジェクトの副産物として製造されたスケーリーフット社製のソフトだ。三人でもプレイでき、宇宙を創造して環境をシミュレーションするというある種タイムリーな内容である。
プレイヤー数人がそれぞれ神役となるが、宇宙は一つ。誰が、自分の望む宇宙に近づけられるかを競う対戦モードだ。
それなりに大きなテレビを前に三人でソファーに掛け、追いかけっこのあとにコンビニで買ったお菓子とジュースをつまみに、わいわいとはしゃいだ。
このゲームデザインには聖奈とドゥミも参加し、名を連ねていた。そういえば世界観が異変中のドゥミがしようとしていたことに似ていると話題に上がり、三人で盛り上がった。
結局遅くまで戯れ、聖奈とヘレナは詩江里家にテレビ電話で連絡して、今日は祝馬宅に泊まることを告げた。
万が一ヘレナの局所的異変制御能力が落ちた場合また同居できるようにと置いてあった、二人の生活用品一式もまだそろっていた。幸か不幸か、明日は日曜日でもあった。
ギュスターヴは聖奈のキスを目近で目撃したためか、「如何わしいことでもするんじゃないか!?」と、ストレートな心配をして真っ赤になった三人から否定の総ツッコみをくらったが、二人の娘の母親は「あらまあ、うふふ」程度で快く承諾したので、夫もしぶしぶ認めざるをえなくなった。
遅い夕食時。同居時代からあったエプロンをした聖奈とヘレナは、ここでも台所を舞台に料理対決を演じそうになったが、ほとんどインスタントやレトルトで済ませている祝馬の冷蔵庫には、小さいおじさんを招待するまでもなくろくな食材がなかった。
一緒にいたときは聖奈とヘレナがほとんど料理担当だったので、自分であまり作らなくなったためでもあったが、そこを言葉にすると、だらしない生活だなどと嫁さんよろしく怒られそうなので、とにかく祝馬は謝っておいた。
仕方がないので、なんとか材料が足りるオーソドックスな炒飯を三人で仲良く作った。それは、意外にもおいしかった。
夜は、とりあえず男子と女子で別々に寝ることにした。やっぱり置いてあった自分たちの布団を居間に敷いた聖奈とヘレナは、これまた置いてあったフリフリのかわいい寝巻きに着替えている途中――。
「あ、流れ星」
聖奈が、締めたカーテンの隙間からその尾を発見して声を上げた。ヘレナも寄り添って外界を覗き、ジャージに着替えた祝馬も隣の寝室から駆けつけた。
「どれどれ! 願い事なら山ほどあんだよっ!」
と、彼はカーテンを開けたが、まだブラとショーツ姿だった聖奈とヘレナの二人から枕を投げられてダウン。流星は去ってしまった。
「そんなにいつまでも見てられるわけないでしょ。……あたしたちの下着姿じゃなくて、流星ね」とちゃんとパジャマに着替えた聖奈。
「ご要望とあらば、わたしは局所的異変で再現できますが。……もちろん流星のことです」とこちらもきちんと着替えたヘレナ。
「夢のないことはやめてよ。意図せず偶然出会うから、貴重で願い事もしたくなるんじゃないの」
「わたしたちの関係と似ていますね」
かくして。どうにか起き上がった祝馬と、聖奈とヘレナは三人で、家族のように並んでしばらく星空を仰いだ。
「……そういえばさあ」そこでふと、祝馬は想起したことを切り出した。「あの9月23日に、結局ヘレナはどうやって宇宙を創造して帰ってきたんだよ?」
すると、
「ふふっ」
と、ヘレナは口元に手を当てて、極めて人間っぽく微笑んだのだった。
「それはまだ、人類が知るには早すぎるので教えられませんね」
「そっか」と聖奈は、なぜだか納得できたようだった。「謎なままのほうが、おもしろいこともあるかもね」
三人はまた、そろって天を見上げた。
奇跡的にもう一筋、星が泳いでいった。
歓声を上げる二人の横で、ヘレナはそこに願いを託した。あのときのことを回想しながら――。
2015年9月23日。宇宙を創生しに行った先で、ヘレナは別世界に辿り着いた。
タイムパラドックスの三つ目の解消法。――〝平行世界に分岐する〟。
そう、ヘレナたちの宇宙とは違う世界に到着したのだ。
例えばそこでは、ノーベル賞受賞者として世界的に有名な天才ギュスターヴ・ドゥミもいないかもしれない。例えば、あれほど天才少女として世界を騒がせた詩江里聖奈もいないかもしれない。
こんな有名人たちが史実で知られていない時点で、即ちそこはヘレナたちの宇宙とは異なるのだ。
もちろん歴史も、世の成り立ちも。注意深く観察すれば、他にも様々な違いがあったかもしれない。
だからヘレナは宇宙を創るだけでよかった。
ヘレナが、最初に人間原理で成り立つ宇宙を観測せねばならないと推測されたのは、世界中の人を結ぶインターネットの情報のようなもので構成された知性として、特定の誰かではない、無数の人間の意識から生成された平等な視点で世を眺めることができるとされたからだ。
代わりに複数の人が、初めに〝ヘレナたちの宇宙〟を観測してくれればいい。それで宇宙は完成する。
そのためヘレナは、もう一つの世界で出会ったしがない物書きに、自分の宇宙を観測してもらえるよう記述する役割を託したのだ。
こんな風に。
ゆえに、こうして大異変時の記録を残す能力も大切だったのである。これを学べた彼女は彼女自身として、もうありのままに生きていくことを決めていた。
かくして、マンションから宇宙を展望しながら、ヘレナは名も知らぬ誰かたちに向けて、お礼を囁いたのでした。
「はじめまして。そして、ありがとう」
こうしてこの物語を観測することで、わたしたちの宇宙を創造してくれた。
――あなた方へ。