大学のラウンジでスマホを見ていると「なにニヤニヤしてんだ?」と声がかかった。見上げると、同じゼミ所属の泉原がカップラーメン片手に立っていた。
「……そんなニヤついてたか?」
「おう。ドン引きするくらいな。で、なに見てたんだ?」
横の椅子に座った泉原は、俺の手元を覗いてくる。そうして、げんなりした顔で「どんだけ自分が好きなんだお前は」といいながら、割り箸をぱきんと割った。
「自分の写真を見ながらニヤニヤするとか、正気か?」
「さすがに自分を見てニヤつかないって」
「は?……あー、なんかちっこいのが一緒に写ってるな。お前、中学生の弟なんていたか?」
手元を覗き込んだ泉原にいわれ、確かに中学生に見えなくもないなと思うと、瑠星が一層可愛く見えてきた。
身長は165センチくらいだろうか。今どき、女の子でもそのくらいの身長は珍しくない。なんなら、厚底の靴を履いて170センチを超える子だっている。
瑠星はスポーツをやっている訳でもないし、身体の線も細い。写真を撮った時に掴んだ肩は、女の子と比べたら多少角ばってはいたが、俺と比べたら全然細かったよな。──思い出しながら「可愛いだろう」というと、泉原の眉間にしわが寄った。
「一ヵ月前から勉強教えてる高校生なんだ」
「あー、そういや家庭教師始めたとかいってたな……」
「凄い頑張り屋な子でさ。ほんと可愛いんだよ」
写真を拡大し、瑠星の顔が中心になるよう調整しながら、瑠星が俺を呼ぶ声を思い出す。
「声も可愛いしさ。髪なんて、俺のうねった髪と違って、さらさらで触り心地も良くってな」
「ほーん……待ち受けにしたいくらいにはお気に入りと。まあ、お前が好きそうな顔してるよな」
その言葉に、思わず苦笑した。
きっと、泉原は二年前に俺が付き合っていた幼馴染、│
カップラーメンをズゾゾッとすすり始めた泉原から視線をそらし、スマホの画面を見る。確かに、あいつにどことなく似ているかもしれない。つぶらな瞳とか、さらさらの髪とか。
「なあ、泉原……充のこと覚えてるか?」
「そりゃまぁ、同じ予備校だったし、
箸を止めた泉原の顔が少しだけ険しくなった。
「……瑠星に、少しだけ充の話したんだ」
「瑠星? さっきの高校生にか?」
「そう。まあ、成り行きだったんだけどさ」
「どこまで話したんだよ」
「同じ大学目指して、充が落ちたってとこ」
「……まあ、話せるのはそれくらいか」
再びラーメンをすする泉原は、それでと問うように俺を見た。
「俺が悩んでるって思ったのか、事情を知らないなりに励ましてくれてさ」
「ほーん、そりゃまた、お節介な子だな」
「瑠星にも幼馴染がいるみたいだから、それを重ねて考えてくれたっぽいんだけどな。……勉強が自分より出来たくらいで嫌いになったりしないから、ちゃんと、話し合った方が良いっていわれた」
「話し合い、ねぇ……まあ、事情知らなきゃ、そう思うだろうな。で?」
「なんか、久々に純粋な子を見たなって思ってさ」
初対面の制服姿や飾り気のない部屋を思い出す。何てことのない、どこにでもいそうな男子高校生だった。そう、数年前の俺や充と同じような、ごくごく普通の子。
瑠星には、楽しい学生生活を送って欲しい。本当に、そう思ったんだ。
「で、今は待ち受けにしたくなるくらい、本気ってことか」
「本気っていうか……まあ、瑠星を応援したいと思ってるよ。兄貴みたいな立ち位置でな」
「……兄貴は、弟の写真を待ち受けにはしないだろう」
カップのスープを最後まで飲み干した泉原は、じっと俺を見た。そうして、肩の力を抜くと「まあ、良いんじゃね」と呟く。
「新しい恋をすりゃ、充とのことも忘れると思って、今まで合コンにも誘ってきたんだけどさ」
「また頭数が欲しいのか?」
「あー、まあ、そうなんだけどさ。本気の相手がいるなら、断ってくれ」
「だから、瑠星はそういうんじゃないって。ノンケに手を出す気はないよ」
さらりと返せば、泉原が呆れ顔でため息をついた。
「お前さ……そういうこといってるから、いつまでも恋人出来ねえんじゃね?」
痛いところを突かれた気がした。
返す言葉が思い浮かばずに黙っていると、少し離れたところから「池上くん!」と声がかかった。そちらを見ると、サークルの先輩たちが手を振っていた。
「悪いな、サークルの打ち合わせがあるから」
「ああ、美浜祭か? お前も忙しいな」
バックパックを左肩にかけて席を立つと、泉原が何か思いついた顔をした。
「瑠星ちゃんは、美浜祭に呼ばないの?」
「まだ大学に興味がなさそうだからな」
「だったら、なおさら案内してやりゃいいじゃん? 勉強のヤル気、出るかもしれないぞ」
にやにや笑う泉原にため息をつきつつ「考えとく」といいながら、俺はサークルの先輩たちに合流した。