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こうなるとやはりアーマード・ベアやゴブリンキャスターの不在が心細い。
彼らの存在は三崎たちを命の危機から幾度となく救ってくれた。
しかし今は回復と再召喚のためのクールタイムが必要だ。
召喚モンスターが扱えないことで兄妹の戦闘力は一時的にほぼゼロになるリスクは大きい。
だが休息させる機会は、残党とはいえ陸上自衛隊の隊員たちがいる今しかない。
三崎は周囲を見渡した。
ビルの外壁は大きく崩れ、道路には瓦礫とひしゃげた車両が散乱していた。
その合間に迷彩服の男たちが数名、互いに肩を貸し合っている。
「……君たちか」
その中の一人が三崎たちに気づき、疲れ切った目で声をかけた。
見ると腕に包帯を巻いたままの若い自衛隊員で、先ほどまで松浦と一緒に指示を出していた兵士の一人だ。
ただ、指揮官の松浦の姿はもうここにはなかった。
「松浦隊長は……」
麗奈の言葉に若い隊員は悔しそうに奥歯を噛み締めた。
「……あの怪鳥にやられました。最後まで戦い続けて……」
言葉はそこで詰まる。
「……くそっ……どうすればいいんだ……」
生存者の一人がうわ言のように繰り返す。
けれど、このまま嘆いていても状況は変わらない。
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「ここにはある程度の物資があるんです」
若い隊員がビルの半壊した階段を指し示す。
「避難民が使っていたらしく、非常食とか水とか……でも、モンスターの襲撃で散逸してます。ちゃんとあるかはわかりませんが、ここでしばらく休むしかないでしょう」
今のところ大規模なモンスターの接近は見られず、霧もやや薄くなっている。
しかしいつまた押し寄せるか分からない以上、逃げ回るより建物内で体勢を整えるほうが安全だろう。
残された自衛隊員たちも、その判断には同意しているようだった。
麗奈はおぼつかない足取りでビルの内部に入っていき、使えそうな部屋を探す。
中央のエレベーターホールは完全に崩れ、階段部分も鉄骨がむき出しになっていたが、一階奥の管理室らしき部屋はまだ原型を留めていた。
「ここなら……少しは安全っぽいね」
麗奈の言葉に三崎は頷く。
椅子や机が散乱しているものの、壁と天井はしっかりしている。
窓ガラスは割れているが、外と遮断できる場所があるだけでも安心感は違った。
「お兄ちゃん、こっち」
麗奈が声をかける。
三崎も自衛隊員らと共に部屋へ入り、まずは負傷者の手当を急いだ。
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呻き声を上げる隊員が床に横たわり、別の隊員が応急処置を施している。
その脇では、無線を手にした男が上層部らしき相手に連絡を取っていた。
「……こちらG分隊……ええ、隊長は戦死……生存者は……ほとんどが重傷です……」
苦しげな声が断続的に聞こえ、ノイズ交じりの無線が雑音を撒き散らす。
「……魔樹……極めて強固……こちらの兵器では破壊不可能……はい……」
しばらくやりとりが続き、男は疲れ切った表情で無線を切った。
そして三崎の方をちらりと見てから、静かに言う。
「本部が、大規模な魔樹を五箇所確認しているそうです。中野区内だけでもそれだけあるということです……」
「五箇所……」
麗奈がその数字に嫌そうな顔をする。
魔樹の脅威はさっき痛いほど思い知らされたばかりだ。
一つ壊すだけでも困難を極めるのに、それが五つもあるというのか。
「さらに、結界のメカニズムも解明されていないそうです。外からの進入や脱出に制限がかかっていて、上空支援も期待できない、と」
「じゃあ、どこへ行こうにも自由には……」
三崎が顔を曇らせる。
通信を担当していた男は唇を噛んだまま続ける。
「本部はまず東部にあるA公園に戦力を集中し、破壊の可能性を探る……覚醒者たちがそちらへ集まり始めているらしいんです。まぁ、一つ壊せれば何かわかるんじゃないかって考えですね」
A公園というのは、三崎たちが今いる場所からそう遠くない。
しかし、このビルに避難した現状では、一歩外へ出るのも命がけだ。
「……俺たちだけで動いても、また同じ惨状になるかもしれない」
そう呟いた若い隊員の言葉に、全員が黙り込む。
しかし何もせずにここで縮こまっていても、モンスターの襲来が止むわけではない。
自衛隊司令部も、すぐにこの地点へ増援を出せる状況ではないようだ。