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第76話「中央部へ向けて④」

 ◆


 陣内のアングリー・オーガが地面を踏み鳴らす。


 その音に呼応するように、飛行モンスターが上空を旋回し始めた。


 短い間隔で、犬型モンスターの砲撃が降り注ぐ。


「伏せろ!」


 吉村が鋭く叫ぶ。


 隊員たちはコンクリートの破片を盾に身を低くする。


 また一発砲撃が着弾し、土煙が上がった。


 地面には深い裂け目ができ、瓦礫が飛び散る。


「小規模とはいえ、あれだけ数がいたら下手な突撃は危ないね」


 英子が苦い表情で言う。


 ブレイカー・ロックは腕を盾のように構えて立ち尽くす。


 しかし、その岩肌には細かい傷が増えている。


「霧が薄い分、こっちの位置は筒抜けみたいだね」


 三崎はゴブリン・キャスターの杖を握りしめたまま、周囲を確認する。


 犬型モンスターは背中の管を上下に揺らしながら、間隔を測って砲撃を繰り返している。


 飛行型モンスターはその上空をかすめ飛び、射撃を妨害してくる。


「増幅を使う?」


 麗奈が兄の表情を伺いながら尋ねた。


 しかし三崎はわずかに眉をひそめる。


「この段階で使うと、あとが続かないと思う。魔樹が待ってるからね」


「けど、このままじゃ埒があかないよ」


「分かってる。何か、一瞬だけでも突破口を開けないと」


 その小声を聞いた陣内が、鼻で笑うように「それなら俺がやる」と言い放った。


 アングリー・オーガの背に手を当て、低く呟く。


「なあ、暴れ足りねえだろ。お前の好きにやっていいから、上からの連中も巻き込むくらい吠えてみろよ」


 オーガは歯を剥き出しにし、咆哮を上げる。


 その声波が周囲の空気を揺らし、鳥肌が立つほどの威圧感をモンスター群に叩きつけた。


 見るからに怯む様子を見せるモンスター達を見て、吉村は頷く。


「よし、陣形を整えよう」


 周囲の隊員に指示を出す。


 麗奈はアーマード・ベアを前に進め、三崎はゴブリン・キャスターを横につける。


 英子と沙理も、石膏の壁のように積まれたコンクリートの陰へ移動した。


「突っ込むなら一気に行く。けど、死ぬなよ」


 陣内が軽く笑みを浮かべると、アングリー・オーガが地を蹴って前方へ飛び出す。


 直後、犬型モンスターの砲撃が襲いかかるが、オーガは腕を盾のように構え、一部の弾道を強引に弾き返していく。


 しかし、着弾の衝撃までは殺せない。


 轟音が広場にこだまし、オーガの巨体がかすかに後退する。


 その隙に、飛行モンスターが低空で舞い降り、鋭い爪でオーガを切り裂こうとする。


「オーガ! 下がれっ!」


 陣内が叫んだが、オーガはそのまま腕を振り回した。


 飛行モンスターの一体がその巨大な拳に叩きつけられ、空中で引きちぎられるように砕け散る。


「さすがだね……」


 三崎が息を飲む。


 アングリー・オーガは負傷してなお凄まじい攻撃力を見せていた。


 だが、犬型モンスターはまだ残っている。


 飛行モンスターの大半も逃げてはいない。


 一瞬稼げたかと思えたが、決定打には遠い。


「無茶な突貫だけじゃ、袋叩きにされるかも」


 沙理が警戒の目を光らせる。


 すると、そのとき。


 広場の奥側から予想外の轟音が飛び込んできた。


 鉄塊が地を揺らすような、重火器の連続噴射音。


 見れば、反対側──つまり公園の北方向の密林に近いほうから、装甲車に似た車両が複数突入してくるのが見えた。


「北ルート……!」


 吉村が驚いた声を上げる。


 彼が呼びかけるまでもなく、北から来た部隊は相手を背後から砲撃する形になり、犬型モンスターを狙い撃ちにしている。


「砲撃型の連中をまとめて叩け!」


 指揮官と思しき男性の声がかすかに聞こえる。


 すさまじい弾幕が広場を覆い、筒を構えた犬型モンスターが次々と瓦礫に叩きつけられる。


 飛行モンスターも背後から迎撃され、陣形を乱している。


「今だ!」


 陣内が叫び、アングリー・オーガを再び突進させる。


 三崎も応じるようにゴブリン・キャスターへ命じ、黒い粉を爆裂させる。


 爆音のなか、犬型モンスターは何体も四肢をもがきながら光の粒子となって消えていった。


「助かった……これで背後も取れてるね」


 英子が安堵の笑みを浮かべる。


 上空を舞っていた飛行モンスターは、北からの射撃と南側の陣内オーガの圧力によって完全に挟撃されている。


 どこかへ逃げようにも、すでに包囲網が完成していた。


 そのうちの何体かは、思わず地面へと急降下し、混乱のままブレイカー・ロックの拳に撃ち抜かれる。


 こうして、犬型と飛行型の砲撃・空中連携は崩壊した。


 ◆


「撤退するモンスターは追撃しなくていい。まずは合流優先!」


 北ルートの指揮官がそう指示を飛ばす。


 やがて南側の小隊と視界が通り、両者は一気に距離を詰める。


 吉村が先陣を切って駆け寄り、敬礼のように頭を下げた。


「北ルートの皆さん、助かりました。連絡が取れず焦っていましたが、まさかここで合流できるとは」


「こちらも苦戦でしたが、なんとか持ちこたえました。あなた方が陽動になってくれたおかげで、我々も砲撃型の背後を突けたんです」


 指揮官がそう言い、互いに状況を手短に確認し合う。


 北の部隊には高槻や前田ら、先に激戦を潜り抜けた覚醒者も混じっていた。


 すでに何人かは疲労の色が濃く、軽傷を負っている者もいる。


 その背後から、大柄な前田がのっそりと歩み寄ってきた。


「助かった……南の方から魔樹を目指しているって聞いていたが……」


「俺たちもさっき危なかったけどな。ま、なんとか持ちこたえてここまで到達したわけさ」


 陣内がニヤリと笑う。


 すると、北ルートのメンバーの中から別の青年が駆け寄ってくる。


 青年は息を弾ませながらも、陣内の顔を見るなり目を見開いた。


「……あんたか。あのときの大鬼使い……!」


 その声には感謝と驚きが混じっている。


 陣内は「おう」と短く応じるだけだ。


 高槻らしき男も加わり、立ち止まって陣内を見つめる。


「俺たちがボア・ジェネラルにやられそうだった時、助けてくれたよな……その節は礼を言う」


「別に礼なんざ要らねえさ。俺はただ、邪魔な豚をシメただけだ」


 ぶっきらぼうに答えながらも、陣内の表情はどこか満足げだった。


「さて、無事合流できたのはいいが、ここからが本番だな」


 吉村が地図を広げながら呟く。


 北も南も、もはや散漫な戦力ではない。


 しかし敵の数も明らかに多く、かつ統制が取れていることを先ほどの連携攻撃で悟らされた。


「どこかで一気に叩くなら、敵の頭目……リーダー格を狙うのがいいな。指揮を取ってるヤツがいるはずだ──これだけ連携されりゃ分かるぜ」


 陣内が唇を曲げるようにして言う。


 吉村も黙考しながら頷く。


「確かにこの統制が取れた動きは頭目──ボスモンスターとでもいうべきか、そういった存在がいなければ説明がつかない」


「となると、まずはボスモンスターの位置を突き止め、短期決戦で仕留める。それから迅速に周辺を制圧し、暴走した連中を誘導して包囲殲滅……そういう筋書きか」


 陣内の言葉に吉村は頷き、地図の上に指を這わせる。


 公園中央の池跡を取り囲むようにモンスターが密集している以上、挟撃の形を上手く利用すれば勝算はあるはずだ。


「それで行こう。……ただ、もう時間はあまり残されていないぞ。魔樹が暴走したら手が付けられなくなる」


「そうだな。先へ急ごう」


 こうして、合流した南北ルートはさらに深い陣形を組み直し、魔樹周辺に潜むボスモンスターの排除へ動き出した。


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