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──リスクといえばやっぱりボスかな
三崎は強敵を倒すにはどうしても大きなリスクが伴うと感じていた。
それは魔樹の防衛に集まっているモンスター群が、極めて組織的に動いているからでもある。
ひとたびボスモンスターが指示を出せば、周囲のモンスターたちは一斉に反撃し、こちらの包囲網を崩しにかかる。
そこで覚醒者と自衛隊のメンバーは一度再編成を図り、役割を明確に分担した。
まずボスモンスターを最優先に狙う。
そして、取り巻きのモンスターを可能なかぎり大型魔樹から遠ざけ、最終的に殲滅するという段取りだ。
「それじゃあ、俺たちは正面の奴を牽制する。お前らは周辺の雑魚を引っぺがしながら、自衛隊の火器に通す隙を作れ」
陣内が低く声を張り、周囲を見回す。
不良然としている事の男──陣内は、強力なモンスターを従えているだけではない。
命がかかっている場面を切り抜ける事で、精神的にも大きく成長していた。
三崎は陣内になにやらカリスマめいたものさえ感じている。
「そうだな。まずは周囲から圧をかけ、ボスへの支援を断つ」
吉村がすぐに応じ、火器を運ぶ隊員たちへ細かく指示を飛ばす。
そして、作戦開始。
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三崎は、ゴブリン・キャスターの杖先から放たれる“火花”で雑魚を牽制しつつ、いつでも“増幅”をかけられるように意識を集中する。
麗奈はアーマード・ベアの傷が増えているのを気にしながらも、熊の動きをしっかり制御し、吉村の隊員たちと連携を組んでいた。
戦闘だけしているわけではない。
英子のブレイカー・ロックは、岩の拳を振りかざして蔦や枝を破砕しながら進路を切り開いている。
沙理のルミナス・ソウルは眩い光を撒き、ときおり敵の目をくらませては、自衛隊の射撃をサポートしている。
だがこの混戦の中で、陣内のオーガはひときわ目を引いていた。
それまででも十分に強力な怪物だったが、この場面でこそ真価を発揮する。
「お前の剛力を見せてやれよ」
陣内が低く合図を送ると、オーガの巨大な身体がかすかに震える。
肌の緑がかった色合いがじわりと赤銅色へ変化し、まるで燃え上がるような蒸気が筋肉の表面から吹き出した。
「あれは──」
三崎は学校でのことを思い出す。
召喚モンスターの“特別な技”だ。
──あの時の瀬戸のサキュバスは凄かったな
三崎がそんなことを思っているさなかも、陣内のアングリー・オーガがパンプアップしていく。
◆◆◆
誰しも過去はある。
それが人間であれ、モンスターであれ。
その大鬼は、鬼族の中でも群を抜く猛者だった。
勇猛さと残虐さに加え、狡知すら兼ね備えた勇士──敵をあざ笑いながら圧倒し、勝利を積み上げてきた。
深紅の瞳には常に血への渇望が宿っている。
そんな大鬼ではあったが、ある日、彼の前に一人の人間の騎士が立ちはだかった。
磨かれた技と頑強な鎧、揺るぎない信念を合わせ持つその騎士は、大鬼の凶暴な力を真正面から受け止める。
死闘の最中、大鬼は追い詰められていき──
やがて力尽き、屈辱のうちに地へと崩れ落ちる。
そうして今まさに命脈が途絶えようとする瞬間、彼の頭の中に不思議な声が響いた。
──「この世界ではない場所に、さらなる死地がある。飢えた闘志を満たす血の宴を望むか?」と。
死そのものが怖いわけではない。
死闘に身を浸す喜びをもう味わえなくなることこそ、この大鬼にとって最大の絶望だった。
だからこそ、彼は迷わず答える。
「さらなる血戦があるのならば、我が身を捧げよう」と。
朦朧とする意識の中、最後の力を振り絞るように意思を返した瞬間、大鬼の身体は黒色の光に包まれ、視界が闇に溶けていった。
◆
ただでさえ恐るべき怪物であったのに、更に馬鹿げた圧を放つに至って、モンスターの群れが、一瞬ひるむように足を止める。
「──行けっ!」
陣内が声を張り上げると、アングリー・オーガは地を蹴って突進した。
力が倍増どころではないのだろう。
獣人型モンスターをまともに殴り飛ばすと、ひと打ちで血煙を上げさせ、光の粒子へ変えてしまった。
周囲にいた甲虫型モンスターが慌てて槍のような角を突き出してくるが、オーガはその一撃を右腕で強引に受け止め、逆の腕を振りかざす。
激しい衝撃音を伴って、甲虫は外殻ごと粉砕されていった。
「いいぞ、オーガ。そのまま敵を引きつけろ!」
陣内がさらに檄を飛ばし、自衛隊は火器の射線を確保する。
「ここだ、撃てーっ!」
吉村が合図し、隊員たちの銃口から次々と弾丸が放たれる。
モンスターの群れは、オーガの剛力と銃撃に挟まれる形となり、陣形を大きく乱した。
「いま、ボスを狙えっ!」
三崎もゴブリン・キャスターを走らせる。
森のように生い茂った赤黒い枝の奥に、ボスモンスターの姿が見える。
見た目は巨大な蛙だがただの蛙ではない。
──『レア度6/貪欲なる死喰い蛙カロラ・カロル/レベル2』
赤黒く爛れた皮膚が、ぬらぬらと粘液を滴らせていた。
全身が腫れ上がったように膨れ、背中からは人間の腕や脚のようなものがいくつも飛び出している。
まるで食らった相手の身体の一部が消化されず、そのまま生えてきているかのようだった。
口は、顔の半分を占めるほど巨大だ。
開閉を繰り返すたび、そこからは骨の破砕音のような音と共に、白濁した泡が吹き出ていた。
目玉は左右非対称に配置されており、ひとつは異常に肥大し、もう一方は眼窩からこぼれかけている。
喉がぬるりと脈打ち、息を吐くたびに毒の混じった空気が周囲へ立ちこめていく。
蛙とは名ばかりの、それはおぞましい肉塊だった。
前脚は異様に長く、鉤爪のように曲がった指先が地面を引き裂いている。
皮膚は部分的に剥がれ落ちており、その下からは蠢くような筋組織が露出している。
「うわっ……」
麗奈の呻き声が漏れる。
まるで“死”そのものが具現化したかのような存在感。
これまでに出会ったどのモンスターよりも、禍々しく、異様だった。