目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第9話 平穏のために

 修学旅行もいよいよ最終日。

 朝から僕はあることにちょっと苦戦していた。


「ん~……」

「朝からどうしたの? 早く着替えて朝食を食べに行きましょ」

「ちょっと待って。後ろ髪がなんか跳ねちゃって……」


 男の時とは髪質が違うらしく寝癖がなかなか治らない時がある。特に今日は癖が強かった。

 僕はブラシで見えない後ろ髪を整えようとしていると小春がクスッと笑った。


「いい方法があるからやってあげるわよ」


 そう言って小春は僕の後ろ髪をブラシでいてヘアゴムで束ねてくれた。

 ヘアピンは付けたことあるけど結んだことが無い。髪が固定されているような感じでなんだか不思議だ。


「これで良しっと。どう? 痛くない?」

「大丈夫だよ。ありがとう」

「いえいえ。しかし最初この頃より女の子が板について来たわね」

「確かに。男の時は寝癖とかそこまで気にしてなかったかも」


 言われて気づいたが自分でも驚くほど心が女の子になっていた。

 ここ最近は会話や服を選ぶのもより楽しくなっている。

 着替え終わった僕と小春は朝食が用意される大広間に入るとすでに冬李と秋吾が待って居た。


「おーい、ここ空いてるぞ」


 冬李が僕たちの席を確保してくれたみたいだ。

 僕と小春は冬李と秋吾の向かいに座った。

 席に着くなり秋吾は僕が後ろ髪を結んでいるのに気が付いた。


「髪を結んでいるなんて珍しい」

「そういえばそうだな。でもなんで?」

「女の子だってこれくらいはするものよ」

「へ、変かな……?」

「俺は似合っていると思うよ。冬李もそう思うよな?」

「おぉ、もちろん。似合っているぞ」

「えへへ、ありがとう」


 僕たちは朝食を食べた後、荷物をまとめホテルを出た。

 今日は団体行動をした後、夕方には新幹線に乗り地元に帰る予定となっている。

 これから金閣寺へ行くためバスに乗り僕は冬李の隣に座った。


「どれくらいで着くんだ?」

「20分くらいはかかるみたいだよ。あっ、お菓子食べる? さっきホテルの売店で買ったんだけど」

「おっ、食う食う」


 冬李は袋からスティック状のチョコ菓子を取り出し食べた。


「どうかな?」

「うん、美味い。俺も後で買うかな?」

「帰る前にお土産買う時間あるからその時に探してみよう。駅地下にお土産屋いっぱいあるみたいだし」


 お菓子を食べながら話しているとあっという間に目的地の金閣寺に到着した。

 バスを降り小春と秋吾に声を掛けようとしたら先に秋吾が小春に話しかけていた。


「小春さん、俺と一緒に回らない?」

「えっ、うん、いいわよ」


 秋吾と小春は先に歩いて行ってしまった。

 残された僕と冬李は2人で回ることになった。


「秋吾のやつ小春と一緒にってなんでまた」

「秋吾が誘うって珍しいね。……あっ、もしかして……」

「なんだ?」

「ほら、えーっと……金閣寺の事を話す約束していたとかじゃないかな?」


 冬李は気づいていないみたいだが僕は察した。

 もしかしたら秋吾は小春の事が―――なんて考えていた。

 僕たちも金閣寺が見えるところへ向かった。

 奥の方まで歩いて行くと金閣寺こと鹿苑寺ろくおんじが見えた。


「すげぇ思ったより金色なんだな」

「教科書で見るより綺麗だね」

「池の向こうにも人が居るってことは行けるのか?」

「そこから行けるみたいだよ。池沿いに歩いている人居るし」

「もっと近くで見て見ようぜ」


 僕たちは一緒に池沿いを歩いた。

 やっぱり人気観光スポットのため昨日行った所より人が多い。

 各方角から金閣寺の写真が撮れるため立ち止まる人が多い。

 人混みを歩いていると突然冬李が僕の手を掴んだ。


「―――っ!? なに!?」

「人多いしはぐれるといけないからな」

「うん……」


 やっぱり冬李に手を握られるとドキドキしてしまう。

 正直金閣寺を見ている場合ではないくらいだ。

 結局バス停に着くまで手を繋いだままだった。

 バスに乗ってもドキドキが治まらなかった。


「そんでさ、ようやく必要なアイテムが手に入ったんだよな」

「そうなんだ。良かったね」

「おぅ、今度琉夏の分もゲットしに行こうな」

「うん、お願いね」


 冬李は手を繋いだことを気にして居ないのかいつも通りゲームの話しをしていた。

 再び走り出したバスは銀閣寺近くの駐車場に到着した。

 ここから銀閣寺までは歩いて行くみたいだ。

 バスを降り、小春と秋吾に声をかけ4人一緒に回ることにした。

 今は冬李と2人になるのがちょっと恥ずかしい。

 冬李は秋吾と話しながら歩きその後ろを僕と小春は一緒に歩いた。


「冬李と一緒に歩かなくていいの? 」

「今はちょっと……」

「金閣寺で何かあったんじゃない? 絶対そうよね?」


 小春の感は恐ろしい……。

 これ以上隠しても無駄だと思った僕は全てを白状した。


「えっとね、突然手を握られちゃって」

「えぇっ!? それって―――」

「ち、違うよ! 人が多くて逸れないようにする為で」

「どうせそう言うことだと思っていたわよ」

「もぅ……からかわないでしょ」

「つまり今は2人になるのが恥ずかしいと?」

「……うん」

「少ししたらすぐにいつも通りになるわよ」


 僕たちは銀閣寺の総門を潜り中へ入った。

 通路の左右は大きな木の壁で囲まれた不思議な場所だ。

 今度は中門を潜り歩くと白い砂を使った銀沙灘ぎんしゃだんというものがあった。

 その横には銀閣寺が見えた。


「銀閣寺ってなんで銀じゃないのになんでそう言うんだろうね?」

「これは私でも知っているわ。二つ説あって一つは金閣寺に対して銀閣寺って呼ぶようになったのともう一つは銀を貼る予定だったのに財政難で貼れなかったって」

「そうなんだ。小春も結構詳しいね」

「まぁさっき金閣寺で秋吾君から聞いたんだけどね」


 僕たちは順路の通り歩いて行った。

 目の前に見えた銀閣寺は順路で言うと最後の方に行けるみたい。

 池の周りをぐるりと回った後銀閣寺の目の前に着いた。


「金閣寺見た後だとなんか素っ気ないな」

「僕はこっちの方が京都っぽくて好きかな」


 気が付けば冬李と普通に会話出来ていた。

 さっきまでの気持ちが嘘のように消えていた。

 銀閣寺を出て昼食を食べた後、最後の目的地である蓮華王院三十三間堂へ向かった。

 中に入ると多くの千手観音立像が並んでいる。

 その数1001体らしい。


「この千手観音立像は全部顔が違うんだ」

「全部顔が違うとか作った人すげぇな」

「ここからだと違いが良く分からないわね」

「全部同じに見えるよ」


 建物内を見た後、目がちょっと疲れた僕は時間まで庭園のベンチで少し休んだ。

 小春と秋吾は庭園を見て回ると言って行き冬李は飲み物を買いに行った。

 なんだか久々に独りになった気がする。

 思えば名所を回るときはずっと誰かと一緒に行動していた。

 休んでいると冬李が歩いてきた。


「ここに居たのか。ほら飲み物」

「ありがとう」

「集合時間まで少し時間あるな」

「ここでゆっくりして居よう」


 冬李は僕の隣に座り庭園を眺めながら飲み物を飲んで時間を潰した。

 僕たちは三十三間堂を離れ京都駅へ向かった。

 集合時間までは各自駅周辺で買い物タイムだ。

 冬李と秋吾は他の男子メンバーと一緒に駅内を見て回ると言って行き、僕は小春と女子メンバーの白石さんと中村さんと一緒に駅地下で買い物をすることになった。


「八ツ橋って色々な味があるんだね。どれにしよう……」

「この色々入っているやつとか美味しそうよね。私はこれにするわ」

「それじゃ僕もそれにするよ」


 僕は小春と同じ物を選んだ。

 他のお土産も見ていると白石さんが僕を呼んだ。


「南篠君、こっちにも変わった味の八つ橋あるよ」

「桃味にメロン味もあるんだね。あっ、この抹茶八つ橋冬李が好きそう。これも買おうかな?」

「そういえば南篠君って北山君と付き合っているの? いつも一緒に居るけど」

「私も思ってた。南篠君が女の子になってもずっと一緒に居るよね」


 目を輝かせている白石さんと中村さんが僕に聞いてきた。

 これはよく聞く恋バナの始まりの気がする。


「つっ、付き合ってないよ。幼馴染の親友で僕がこの身体になってもそばに居てくれる人で―――」

「へぇ~、だったら私、北山君に告白しちゃおうかな~?」


 白石さんがそう言うと心の奥で何かが引っかかった。

 別に冬李が誰かと付き合おうが僕には関係ないはずなのにそれは嫌だった。

 嫌だと言いたいけど言えない謎の気持ちが渦巻いた。


「あはは、冗談冗談。でも気を付けた方が良いよ。北山君結構モテるから」

「うんうん。男子ランキングだと結構上よね。それと西原君も。ねっ、小春」

「何で私を見るのよ……」


 確かに冬李はカッコイイ。でも女の子になってからはそのカッコイイが憧れではなく別の感情になっていた。

 僕はその感情を胸の奥にグッと抑え付けた。

 こうしないと日常が崩れる気がして怖かったのだ。

 その後、僕たちは色々なお土産屋を回った。

 両手いっぱいにお土産を持って歩いていると冬李たち男子メンバーがやって来た。


「おーい、琉夏。買い物は終わったのか? ってすげぇ買ったな」

「ちょっと買いすぎちゃったよ。重い……」

「ったく。持ってやるよ」

「あ、うん。ありがとう」


 冬李は僕が持っていたお土産の袋を代わりに全て持ってくれた。

 その行動に他の女子たちはキュンとしたみたい。

 後ろでコソコソと何かを話していた。

 集合場所へ行き点呼を取った後、僕たちは新幹線に乗り地元へ向かった。


「あっという間だったな」

「そうだね。疲れたけど楽しかった」

「明日、明後日は休みだからゆっくり出来るな」

「ふあぁ~、そう……だね……」

「眠そうだな」

「うん、急に疲れが来たかも……」

「今日も結構歩いたからな」


 周りのみんなも疲れたのか静かで寝ている人も居る。

 僕たちもそのまま寝てしまった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?