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第10話『え、ちょ、聞いてないよ。そんなのってありなの?』

 スマホの通知音が鳴る。

 どれどれ、とスマホを取り出してロックを解除。


『こんにちは』


 おぉ、これはこれは。

 休日の、なんてことのない退屈を貪っているこのタイミングで森夏からの連絡じゃないか。

 これはなんて幸運なんだ。


『そういえば、天空くんが来る前に発表があったんだけれど、来週は体力テストがあるんだよ』


 え? そうなの?


『たぶん、天空くんは運動できそうだし、大丈夫だよね。それじゃあ、また休日の学校で、ね』


 なんという早さなんだ。

 僕は、この間数十秒、文字を眺めることしかできなかった。

 恐ろしい、なんて恐ろしい子なの。


『ありがとい』


 よし、完璧だ。

 僕が森夏への返事を送ったのは、数分後だった。


 そして、すぐに返信。


 『天空くん、誤字ってるよ』


 い、いや? わざとだよ? 本当だよ? こうすれば森夏がツッコミを入れてくれるって信じてやったんだよ? 本当だよ?


 とりあえず、僕はそっとスマホの画面をオフにした。

 僕はベッドの上、ふかふかの感触を味わいながら、毛布の中でぬくぬくとしている。


 スマホの通知音が鳴る。


 お、森夏からとウキウキに再びロック解除する手前、画面に映ったのは衣月のメッセージだった。


『にいに、今日のお昼ご飯は友達の家で食べることになったから、よろしく!』

『ok』


 僕はそう即答した。

 なんで気づかなかったのだろう、こんな便利な返しを。

 若干、素っ気ない感じはするけれど。

 まあいいさ。家族相手に愛想を振り撒いても仕方がないのさ――。


 だけど、こうして数々と連絡がくれるとありがたい。

 こうして試行の回数が増えれば、たぶん、きっと文字を打つのも早くなる、だろう。

 でも本当にみんなみたいな速さで文字が打てるようになるのだろうか……。


 再び、通知。

 すると、絶から。


「……これは」


 画面を点けると、薄っすらとした簡易的な地図と赤点が表示されていた。


『仕事、か』

『そのようじゃの』


 自身からの発信なのに、随分と他人事だ。


 本当にスマホというものは便利なものだと痛感している。

 これが意味するのは、白霊が居る場所。

 こんな便利なスマホを持たせてくれた組織には感謝しかない……と、言いたいところなんだけど、実はこれはただのスマホ。

 ではなぜ、こんな超便利なシステムになっているかというと、絶のおかげだったりする。

 本人もいまいち理解していないようだが、吸血姫としてのサーチ能力はとても優秀で、なぜか僕のスマホだけに念写のようなことができるらしい。

 というか、勝手に映してしまうようだ。

 難しいことはわからないから、いつかきっとその理由もわかるさ。


 とりあえず、現場に急行だ。




 現場に来たのはいいものの、なんて変哲もない川原川辺。

 見晴らしがよく、風の通りもいい。

 もう少し季節が進んだら涼みスポットにはもってこいの場所。

 友人なんてできた日には、ここで話しまくって夜が明ける、なんて学生みたいなこともしてみたいな。

 当然、恋人でも可。

 こんなエモいスポットにどんなものか、と辺りを見渡せばぽつりぽつりと白い影。


 この数、僕だけで大丈夫だろうか、というのが率直な感想。

 だけど、この地に他の祓魔師が居るかというのは、残念ながら把握できていない。

 名詞預かりよろしくお願いしますと挨拶でもしていれば話は違ったのだが。

 ここばかりは、組織に文句の一つでも言っていいのではないだろうか。

 まあ、プライバシーへの配慮ってのは重々承知なのだけれど。


 さて、今日もお仕事頑張って行きましょう。




 とかなんとか、大体半分ぐらいだろうか。

 最初は張り切っていたものの、だいぶ体力を消耗してしまった。

 一人、二人なら平然を装うことができるけれど、既に四人。

 既に体力が尽きてしまっつえいる。


 単に祓うといっても、この有様。

 自分の実力がこの程度だったんだと残酷な現実が突きつけられる。

 これが他の同級生であったのならばもっと違うだろうに。


 まあ、こんなところで無理をしたところで何にもならない。

 甘んじてこの気持ちの良い風景を、地面にべったりとしながら楽しもうじゃないか。


『力を貸そうかえ?』

『いいや、大丈夫だ。それに、これ以上の現状悪化というのは考えにくい。し、最悪、報酬は減ってしまうけれど同業者が間に合うと思う』

『一理あるのぉ。でも主様やい』

『どうした。お喋りしたいぐらいには暇だって言うのか?』

『また調子に乗りおって。全然違うわい、こんな流れをどこかで見たような気がしてならなくて、じゃ』


 はて、このような場面がどこかであっただろうか。

 言われてみれば、心当たりがあるような無いような。

 とりあえず今は疲れているから、後でいいだろう。


『ほら、せっかくだし絶もこの景色を楽しもうじゃないか』


 僕は防波堤の傾斜となる草に背中を預ける。


『祓魔師というのは、随分とお気楽な仕事なのかえ?』

『そうだといえばそうだし、そうじゃないといえばそうじゃない』

『そんなの当たり前じゃろうて』

『なんていうか、緩さで言ってしまえば決められた時間を労働する仕事よりは楽だろうな。だが、大変さに至っては僕から説明するより絶の方がわかるんじゃないか』


 そう、元々は敵対し、戦っていたのだから。


『その……主様は妾を殺したいほど憎くはないのか』

『またその話か、何回も答えを出しているじゃないか』

『……』

『師匠が亡くなったのは辛いし、悲しい。それはお前が僕の一番近くに居て、わかっていることじゃないか』


 そう、僕は師匠が亡くなった晩から、人目が無いところで永遠と涙した。

 大切な母親・・を、たった一人の家族がいなくなってしまって、悲しくないはずがない。


『それはそうなのじゃが……』

『罪悪感を抱いているのはわかっている。そして、自分が生き残りたいから僕を利用したというのも理解している』

『なら……』

『罰を求めているのであれば、それはきっと、絶がずっと背負わなければならないものだと思う。だけど、僕が絶に対して憎しみを抱いていないのは、僕も、同じだからだ』


 あの時のことは忘れない。

 師匠が亡くなるあの瞬間、僕に対して回復を施してくれたけれど、たぶん、あれでは足りなかった。

 僕は少しの延命の後、間違いなく命を落としていただろう。

 そして、絶との契約を果たし、二人とも命を繋ぎ止めた。

 僕は肉体を、絶は心臓を、二人の精神が合わさって。


 当然、誰のせいでこうなってしまったのだ、という問題になればそれは明白なのだが。


 だが、師匠の想いを継ぐならば、僕は自分の命を賭すかたちでこの最強の吸血姫を葬るのが正しかったのだろう。

 それが祓魔師としての仕事であるから。

 だけど師匠はこうも言った、「お前は生きろ」と。


 だから僕は、生きる道を選んだ。


『僕は僕の意思で全てを選択した。それを誰かのせいにするというのは、卑怯っていうんじゃないかな』


 そんなことをするやつがいるのであれば、そいつは誰がなんて言おうと"クズ"だ。


『だから僕は絶に罪を償えなんてことは言えないし、言う気もない。これが答えだ』

『――……主様は、本当に面白い人間じゃのぉ。契約したのが主様で、一生の悔いはない』

『ははっ、最強の吸血姫様にそう言ってもらえるだなんて、光栄じゃないか』

『そうじゃの。主様と妾、二人揃って幸運者じゃの』


 僕の言葉に嘘偽りはない。

 僕はあの時、あの瞬間、確かに絶に惹かれていた。

 あんな美人が僕の中に居るって考えただけで、なんだか心がぴょんぴょんしてきたぞ。

 いつか、もう一度だけでもあの姿を拝めたのなら、最高なんだけどなぁ。


『イヤらしい想像をしているところ、妾に全て聞こえておるのじゃぞ。――その、悪い気はしないのじゃが』

『おおっと、これはすまない。もしかして、僕は絶のことが好きになってしまったというのも筒抜けだったか』

『そ、そうなのひゃ!?』

『ん、どうした。噛んだのか? 今のその状況って、舌があるのか?』

『う、うるさいわい!』


 こんな緩やかな時間の中で、ゆっくりと話をしたのは初めてじゃないかな。


「たしかにそうじゃな」

『だよな』


 ん? あれ? 今、隣から声がしたか? 今は、僕しかこの場に居ないはずなんだけれど。

 僕は声のする方、右側に首を傾ける。


「主様は、この姿が観たかったのじゃろ?」

「……な、なんてこったい」


 なんてこったい。

 これはどういうことなの?

 あろうことか、絶が"目の前"にいるのだ。"目の前"に。


「え、えーっと。お久しぶり?」

「かかっ、なんじゃ主様。いつものような饒舌はどこへいったのじゃ」

「だ、だってさ、こんなの全然予想できないじゃん。だってそうじゃん」

「でも主様やい。妾は一度も実体になれないと言った覚えはないのじゃが」

「たしかに……」


 僕は、隣に座る絶の姿を一瞥する。

 出会った時とはだいぶ違う服装、一言でいうならば庶民的な水玉模様のワンピース姿。

 そんでもって髪の毛の色が全然違う。

 各各物語で見るような、特徴的な金髪はそこにはなく、今は正反対の銀髪。


 だが、それ以外の全てはあの時のまま。


「でも、それって危ないんじゃないか……?」

「主様、もう少しだけお勉強した方がいいんじゃないのか?」

「え? 最強の吸血姫、いわば指名手配みたいなもんでしょ?」

「ふむ、あまり聞こえの良いものではないの。粗方は正解なのじゃが……妾は不出の姫とも言われておったのじゃぞ」

「というと?」

「自慢じゃないが、妾は人間に姿を見られたことがないのじゃ。というか、人を殺めた事がない」

「はいぃ?」


 随分と腑抜けた声を上げた。


「あの時、僕を殺そうとしていたじゃないか」

「実はな、妾は命を狙われる身。追ってが来ると察知してお主を逃がそうとしていたのじゃよ」


 え? 本当? 僕、あの時は本当に殺されると思ってたんですけれど? 目、殺気が宿ってましたよね?


「まあでも、強さは本物じゃよ。現に、主様の目の前で吸血鬼を一体ばかり葬ったじゃろ?」

「た、たしかに」


 なんだか、度肝を抜かれてしまった。

 もう、何が何だかわからない。

 そうだ、ここは一旦思考停止しようそうしよう。


「主様やい、休憩のところ申し訳ないのじゃが。そろそろ仕事に戻らないといろいろとまずそうじゃぞ」

「あーはいはい。よっこいしょっと。じゃあいっちょ……――」


 なんだ、様子がおかしい。

 先ほどまでの景色から、一転。


「ここに居るのは全員が白霊体じゃなかったのか……?」

「うむ。そのはずじゃが」

「まずいな。早めに取りかからないと」

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