ドンっと強く背に硬い何かがぶつかるような衝撃を受けたと思った瞬間にはもうこうなっていた。訳が分からない。
あっという間に遠ざかった地上に人猫は悲鳴を上げる。いくら手足をばたつかせても、当然ながら足場になりそうな物は何も触れない。
鳥が翼を羽ばたかせる大きな音がすぐ耳元から聞こえてくることに、まさかといやな想像をかき立てられた人猫は、おそるおそる背後を見上げる。そして自分の背をつかんで持ち上げているのが想像どおりの巨大な鳥のかぎ爪であることを知った人猫は、その瞬間、悲鳴を上げることもできなくなってしまった。
人猫が戦意喪失で縮こまってしまったのを確認して、成人は立ち上がる。
「よくやった。もういいそ、
大鷹の起こした風にびくつき、ぺったりその場に尻をつけた人猫は、恐怖が抜けるまでの少しの間、無言で呆けていたが、すぐに目の前にいる成人の存在を思いだし、恨みがましい目で見上げた。
「なっ、なによお。あんな獣邪手なずけてるなんて、ずるいじゃないっ」
「ずるいって、おまえ……」
成人はあっけにとられ、言葉が続かない。
よもやそんなことを言ってくるとは思わなかった。
それともこの人猫は、間違いだと言っているこっちの言葉は一切聞かず、いきなりボウガンを連射するのは正しい行為だとでも思ってるんだろうか?
おもしろそうだから訊いてやろう。
そう考えて腰に手をあてた成人に向け、人猫が懲りもせずボウガンを持ち上げたとき。ピィーンピィーンと人猫が首に巻いていた黒のチョーカーが突然金属音を発して、そこから下がったリボン型の銀飾りから合成音声が飛び出した。
《協会発行最新版の指名手配獣邪リストとの照合終了。転送された映像に該当する獣邪はどのクラスにも存在しませんでした》
「えっ!? そんなはずないでしょ! もっとよく確認してよ! 絶対あるからっ!」
チョーカーを伸びる限界まで引っ張って、銀飾りに向かってあわて気味に反論する人猫に、合成音声の主は気分を害した声で言い返す。
《疑うのですか? このわたしを。何度も言いますが、このわたしのすることにミスは絶対にあり得ません。
それよりリアル。わたし、さっきからPパルスを近距離からキャッチしているんですが、あなたまさか――》
「なんですってえーー!?」
その会話から、事の次第をなんとなくだが理解できた成人は、まだ背中に張り付いたままだったカイの首ねっこをつまんで人猫の前に突き出した。
鼻先数センチのところで人猫と顔を突き合せることになったカイは、シッポを巻き、にゃあん……と愛想を振りまく。その白い毛で覆われたなめらかな腹部に巻かれたウエストポーチの表側に付いたビニールポケットには、
…………。
…………………。
…………………………。
………………………………。
「………何か言えよ、人猫」
別の手で、彼女の攻撃で穴があいたり引き裂けたコートを開いて見せる。
(エーーーーート……)
「…………弁償します……」
言い訳を探すように少しの間、目を泳がせたあと。ついに人猫は観念した様子でガクっと頭を下げた。
◆◆◆
「やっだあ☆ もおーっ☆ お仲間なら早くそう言ってよーっっ☆
はっずかしーじゃないのさーっ☆☆☆☆」
すぐ近くの公園へと場を移し、ベンチに座らせた成人の背をばんばん叩きながら、リアルは早口でそうまくしたてた。
照れ隠しなのだろうが、こめられた力が強すぎる。成人は咳こみながら、リアルに彼女の
《わたしの照合を待たないで攻撃行動へ移行したあなたが悪いんでしょう。本当にそそっかしいんですから。この仕事について、今年で何年目か分かっていますか?
いいかげん
チョーカーの銀飾りが風もないのにゆらゆら揺れながら文句を言う。
「あによお。1000万近くあるリストとの照合なんて待ってたら、逃げられちゃうわよ」
《5分とかかっていないでしょう。行動に移さず、追尾していたらいいんです。
それに、正確には586万0053、うちコウモリ猫は27万8111でさらに種で分けると――》
「ああはいはい」
リアルは手をひらひらさせて、銀飾りの形をした小型のAI端末機(Wearable Artificial Intelligence Device)、通称
そして、
「わしも忘れてへんで~」
と、先ほどのやりとりで狙われる理由はカイの食い意地にあると疑ったことを怒るカイと成人の間に強引に割って入り、至近距離から成人の面をのぞき上げた。
「でもよかったー。あっちの屋上で見かけたときからあんたを
心なしか、うっとり見惚れているような顔つきだった。