真夜中。エンジェル・ラインの町の人々がそろそろ眠りにつこうとしている頃、アレッタは制服のままロイザミエルを待っていた。
少しして窓をコツコツと叩く音がし、アレッタはロイザミエルを迎える。彼の格好は、今までのラフな格好とは違って、黒一色の軍服に黒のマントを羽織っていた。
そして左の腰に重そうな剣を提げている。アレッタは凛々しい彼の姿に少しばかり見惚れてしまっていた。
「なんだ? そんなにかっこいいか?」
アレッタは慌てて別にと顔を背ける。ロイザミエルは右手に持っていた白色のマントをアレッタに渡した。
「この白いマントはどんな攻撃も守ってくれる盾。剣はどうしようかと思ったが、触ったこともない人間に持たせるのは危険だからやめておいた。とにかくこのマントを羽織って身を守ってくれ」
アレッタはありがとうとお礼を言って、白いシルク製のマントを羽織る。少し長めだったマントは突如動き出し、アレッタの背丈に合わせてくれた。
「魔法のマントね」
「さて、そろそろ真夜中になるが、本当に白いカラスは現れるのかね」
アレッタもそれを心配して、窓の外を眺める。今日は曇り空が広がり、より一層空が暗く感じる。夜鳥と間違えても不思議ではないとアレッタは注意深く目を凝らした。
アレッタの心配は見事に裏切られた。遠くから一番星のように何かが瞬き、こちらに向かってきていた。
「発光してるわ! ロイ。あれが、白いカラスよ!」
柔らかな光を放った白いカラスがアレッタの家を旋回する。ロイザミエルはアレッタを抱き抱えて、窓を開けた。
「さぁ、向かおうじゃないか。リディエルの研究所に」
ロイザミエルが翼を広げて窓から飛び出すと、それと同時に白いカラスがついてこいと言わんばかりに飛行した。光るカラスは、アレッタの家から4キロほど離れた森の中に入っていく。アレッタはロイザミエルに掴まりながら、彼に訊いた。
「あそこは人が入っちゃいけない森なのよ。まさかあそこに研究所が?」
「あそこは調べたはずだ。リディエルめ。結界を張ってたわけか。森の中に入ったら下りるぞ。走って白いカラスを追うんだ」
2人は森の中に入ると、悠々と飛んでいる白いカラスを追いかけた。白いカラスは彼らのスピードに合わせてくれているのか、時折枝に止まっては2人の様子を見ている。追い付いたかと思えば、また飛行を続けていた。
アレッタは獣の鳴き声を何回か聞き、走る時にあまり音を立てないように気を付けた。
<こんな時に獣なんかに出会わないわよね?>
森の奥へ奥へと進むと、大きな洋館が見えてくる。白いカラスがその洋館の屋根に止まると、ここだと言わんばかりに一鳴きした。アレッタは呼吸を整えていたが、ロイザミエルの呼吸は一切乱れていなかった。
「着いたみたいね。研究所というか、お屋敷みたいだけど」
「あぁ。ここからは気を付けないと。マントをしっかり身につけておくんだ」
ロイザミエルが重々しい洋館の扉を開く。2人はゆっくりと部屋に入ると、扉が勝手に閉じられた。
「閉じ込められるのは、定番ってやつよね」
アレッタは少し強気にジョークをこぼす。ロイザミエルは鞘から剣を抜いた。
「奥へ進んでみよう。ここは生き物の気配がしない」
ロイザミエルが先に進み、後からアレッタが続く。目の前にある階段を上がって、両開きの扉を開いた。
そこは舞踏会でも開きそうなほどの豪華な大広間だった。
「部屋が暗くてあまりよくわからないけど、広いわね」
今度はロイザミエルがジョークを言う。
「まさか、ダンスのお誘いだったとか?」
その時、一気に部屋の灯りがついた。2人が身構えると対面の扉から3人、歪に翼を生やした天使が現れた。アレッタは遠くから彼らを観察する。
「あの人たちは天使もどき? にしては、なんだか人間に近いような気がする。エンジェルノイドなの?」
ロイザミエルに尋ねると、彼はいいやと返事をした。
「あれはエンジェルギフテッドだ。まぁ、格上の天使もどきってやつだな。人間の頃を記憶をもち、かつ能力をもった天使もどきのことを言うんだ。エンジェルノイドとの違いは、見た目ってとこか」
その言われようが彼らは気に入らないのか、エンジェルギフテッドの1人、片方の肩に翼が生えたボーイッシュな女の子が2人に向かって叫んだ。
「我が名は、ウォルダム! リディエル様に、十字架女を保護して連れてこいと言われている。だが、我々はお前を簡単にリディエル様に会わせようなどとは思っておらん!」
彼女はふんと鼻を鳴らすと、アレッタを指差して、さらに続けた。
「我々と戦い、真のエンジェルノイドか見極めさせてもらおう! 醜いというだけでエンジェルギフテッドと虐げられる我々こそが、真のエンジェルノイドなのだ! 見たところ能力も開花していないではないか。これがエンジェルノイドだと? 鼻で笑うわ!」
ウォルダムという女のエンジェルギフテッドが手を2回叩くと、大量の天使もどきたちが窓を割って大広間に集まってくる。アレッタは醜い天使たちを見て、思わず大きく後ずさりした。ウォルダムは続けた。
「天使になりたかったもの、自殺志願者などを集めた結果だ。皆、エンジェルノイドになれずに天使もどきとなった」
ロイザミエルはウォルダムに尋ねる。
「リディエルの目的は、エンジェルノイドを造ることだろう。天使もどきじゃない」
「あの方はエンジェルノイドよりもさらに上を目指しておられる。人類天使化計画だ」
「人類天使化計画!? 人を天使にさせようとしているのか?」
「そうだ。そのための第一歩としてエンジェルノイドが必要らしい。だが、我々にとってはそれが気に入らないのだよ」
大広間に集まった天使もどきが目から血を流しながら、アレッタとロイザミエルに近づいてくる。ロイザミエルはアレッタを守るように彼女を後ろで庇った。
「より天使に近いのは我々だと思い知るがいい! さぁさぁ、まずは、こいつらと戦ってもらおうか。エンジェルノイド様なら楽勝だろう? さぁ、歪な天使たちよ! かかっておしまい!」
ゾンビのようにさ迷っていた天使もどきたちから一変、彼らは一斉にアレッタとロイザミエルに襲いかかった。
「アレッタ。目を閉じてろ!」
ロイザミエルはマントを翻し、剣を床に突き刺した。
「光よ!」
彼がそう言い放つと、剣から強烈な光が放たれる。その光は天使もどきたちを次々と焼き付くした。ウォルダムは気に入らないのか、チッと舌打ちをする。
「バーミリオンめ」
「俺のこと知らないようなら教えておいてやる」
膝を立てていたロイザミエルは立ち上がるとニィッと片方の口角を上げた。ウォルダムは知っていると口を開く。
「悪魔の軍勢と戦ってきた
「わかってるならこんな茶番は抜きにしろよな。さぁ、次々かかってこい!」