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第15話:少し、変わったような気がする

【潤side】


1週間に1度の集まりを終え、急いで委員会に向かった僕。

屋上から1番離れている図書室に足早に向かうと、なんとか間に合った。


僕は図書委員だ。


もともとこの空間が好きなこともあったし、本を読むのも好きだからこの委員会にした。


楽そうに見えて意外と忙しい図書委員の仕事が僕は割と好きだった。


指示された仕事をこなしていくと、時間はあっというまに1時間も経っていた。

代表が時計を見て終了の声を出す。


「じゃあ帰っていですよ~」


夕方5時半。

もう日は落ちてきていた。


鞄を持ってゆっくり廊下を歩くと人はとうほとんどいない。


「はあ……」


今日は久しぶりに一人で帰れる。

いつもは吉田さんがちょろちょろと付いてくるけど、今日はいないから気が楽だ。


そう思って下駄箱を開けた時。


──ガタ!


目の前に、クツを履いている女子がいた。


…………。


その女子のことを僕は知っている。


「潤……」


クツを履き終えた彼女が顔を上げると、僕は莉乃と目が合った。

気まずいけど、それは僕より、彼女の方か。


莉乃は僕からパッと目を逸らした。


今日集まった時だって僕らは一言も話さなかったし、もしかしたら僕を避けるかもしれない。


そう思っていたけれど、彼女は僕が靴を履くのを待っていた。


「潤、ちょっとだけ一緒に帰らない?」


そしてゆっくりと言うその言葉。

なんだか落ち着いていて大人っぽくなったように見えた。


あれからそんなに時間は経ってないのに、何か変わった?


そんな気がする。

冷静に話が出来そうだったので、こくりと頷いた。


「…………」


歩き出すと、また沈黙がやってくる。

何を話すべきか考えていると、莉乃の方が先に口を開いた。


「……叩いてごめんね」


まず最初に言ってきたのはそれだった。


「あの時……感情的になって、叩いちゃった……痛かったでしょ?初めて潤が許せないって思ったの。だけど、これは潤が決めることなのに私が怒る資格なんてないんだって気付いて……」


正直、挑発したようなもんだ。


僕が挑発したのは、あの男の方だったけど、悪いのは莉乃じゃない。


「別に。気にしてないし、謝らなくていい」


まさか莉乃がビンタをしてくるとは思わなかったけど。


歩いて、また沈黙になる。

いつもうるさい莉乃だったが、今日は大人しい。


すると、彼女は小さな声で言った。


「もうさ、無理矢理引き止めたりしないから……」


その絞り出したような声は自信がなさそうな声に思えた。


「もう、潤が別れようって言っても嫌だって言わない。引き止めないから……。だからこうやってお互いをチェンジしている間だけ、私とも向き合って欲しい。少しでも付き合っていた時間……しっかり向き合ってちゃんと答えをだしてほしいの」


まっすぐな瞳が突き刺さる。

莉乃の本心なんだろう。


「3ヶ月経って、私に何も思わなかったらそれはそれでいい。もうきっぱり諦めるから……。私も好きな人を気持ちよく送り出せる人になりたいの」


泣きそうな声で言う莉乃を今まで見たことがなかった。ずっと幸せそうで、お気楽なヤツだなって思ってた。


何言われたってヘコまないで、強気で泣いたりもしない。


そんなところがめんどくさくなくていいと思ったけれど……。


その"いい"はちゃんと恋だったんだろうか。


「お願い……します……」


ちゃんと向き合わないといけないと思った。


告白を受けたのだから、そこまで責任を持たなきゃいけない。

すごく面倒で、ダルいけれど……それが恋というものなんだと思った。


「分かったよ」


僕が答えると、莉乃はようやく笑顔を見せた。


「よかった、嬉しい……」


──ドキ。


莉乃はこんな表情もするのか……。


今まで見たことのなかった照れたように喜ぶ顔。

僕は莉乃のことを知ろうとしたんだろうか。


莉乃に向き合おうとしたんだろうか。


言い表せない感情が僕を支配した。


それからほとんど会話はなかった。

でもただ一緒にいるみたいに帰宅までの道のりを歩いて彼女を家まで送った。


「ありがとね、潤」

「別に」


「また明日」

「また……」


僕は莉乃に背中を向ける。


このまま3カ月、お互いを入れ替えて彼女を好きになったフリをして莉乃と別れればいい。


ずっとそう思っていた。

けれど。強い気持ちを簡単な嘘で誤魔化しきれるんだろうか。


まっすぐと伝えて来た想いから目をそむけて大丈夫なんだろうか。


恋をしたことがない僕には、残念ながら分からない感情だった。

愛される嬉しさや、愛を返すことの意味。


それを知らずして、彼女の想いを受け入れた僕の代償は大きかった。


帰り道。

そんなことを考えながら自分の家に向かって歩いていると、目の前に影が落ちた。


その影の持ち主は……。


「有川くん……っ」


吉田さんだった。


彼女は泣いていて、僕に何かを言いたいみたいだ。


どうやら今日はすぐに帰れそうにもない。


きっといつもより遅く帰る羽目になるだろう。


莉乃のこともあり、疲れきった僕は深くため息をつきながら言った。


「何?」

「話……聞いてほしいです」


涙に歪めた彼女。


「じゃあそこ座ってくれる?」



僕も案外お人好しかもしれない──。




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