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2章 第2話

「は…今それ言う…?」


チラっと上目使いで顔色を伺ってみれば、嶽丸は片手で口元を覆い、私から目をそらした。


長めの髪から覗く耳が赤い気がして…


「…照れてる?」


「は?誰に言ってんの?」


いやいや…顔、赤いですよ。


でも、そんなことを思ったのは一瞬で、嶽丸はすぐに余裕の表情を取り戻す。


「それ、これからってこと?」


「へ?」


「俺、いろいろ長いけど?」


なにが長いのか…

多分、行為の時間のことだと思うけど、それは…どこからの行為のことを言ってるんだろう。


ぐっと詰まる私にニヤリと向ける笑顔は、完全にいつもの嶽丸で、醸し出す雰囲気に呑まれそうになる。


「じゃ…じゃあ、また今度」


「だめ。明日な」


「そんな急に…?!」


「美亜が誘ったんだろ?!…俺、もうその気になっちゃったから」


ペロ…っと赤い舌で自分の唇をぐるり舐めて見せる嶽丸。


「明日仕事終わったら待ち合わせしよ。…行き先は俺に任せろ」


「あ…うん」


それってなに?夜のデート?そしてその後、するの?…なんて聞けない。


「明後日は休みにしといた方がいいぞ。足腰立てなくしてやるから」


「…えぇ?それ…どういう意味…」


「その顔は…そこまでされた経験ないんだな?…ふふ。楽しみ」



なんか…とんでもない性欲怪獣だったらどうしようかと…


私を見下ろして笑う口元が、妙にいやらしい嶽丸を見上げながら…思った。





終始ゴキゲンの嶽丸と夕食を取ったあと、お風呂に入りながら、なんであの場面で『抱いて』なんて言っちゃったんだろう…と考える。


やっぱり…癒しが欲しかった。


和臣の退職なんて…もう解決できないモヤモヤを抱えることになって、それを忘れさせてくれる究極の癒しが欲しかったんだと思う。


あんな風に顔を覗き込まれたら、ついフラフラ抱きつきたくなる。


「嶽丸の…体が欲しい…」


ずいぶんアダルトな発言だったんだろうけど、それが正直な本音。


私にとって、嶽丸の体=癒し…だったから。



…………


翌日、最後のお客さまを全員でお見送りして、終礼と共に1日の仕事を終えた。


夕方頃確認した携帯に、店の前まで迎えに来るという、嶽丸からのメッセージが入っていて焦る…


『真ん前まで来るなっ』

ってメッセージを返したけど、既読はつかない…


スタッフより先に出て、嶽丸を早く隠さなくちゃ…と思うのに「お先に失礼しまーす!」という声が次々に聞こえる。


「待って…私が先に…」


と言いながら、つい髪とかメイクとか直しちゃって、結局最後になってしまった。


店を出ると、そこに数人が集まる輪ができていた。


…嫌な予感…


「美亜、遅いぞ?」


私を見つけた嶽丸が声をかけるから、皆がサッと道をあける。


「え…霧島ディレクターの…彼氏さん、ですか?」


アシスタントの声に視線が泳ぐ私…。焦点を嶽丸に合わせてみれば、飛び込んできたその姿に、思わず息を飲んだ。


Vネックの白いTシャツに、ゆるめの黒いパンツ。ほどよくアクセサリーをつけていて、シンプルだけど華やか。


家にいるときとそんなに変わらない格好をしてるのに、どうしてこんなにカッコよく見えるんだろ…


「そう。俺は霧島ディレクターの恋人だよ?」


そう言うとサッと私のそばに来て、持っていたバッグを自分の肩にかけ、唖然とするアシスタントたちに言う。



「子供は大人をナンパしたりしちゃダメよ?早く帰って寝なさい」


シッシッ…と追い払う仕草をする嶽丸に、「すいませんでした…」とアシスタントの声が聞こえる。


思わず、いろいろ違う…と弁解したくなるけれど、嶽丸はそれを制して楽しそうに言った。



「さぁ、めくるめく官能の世界に行くぞ?」



なに言ってんの…って言葉を飲み込んだのは、見上げた嶽丸が本当に嬉しそうだったから。



………


「…こ、こ?」


「なに?やっすいラブホの方が良かった?」


慣れた様子でシティホテルに入る嶽丸。ちょっと待って、いきなりホテルなの?しかもなんだかすごく豪華そうなホテルなんだけど…。


アワアワする私を、嶽丸はすました顔で部屋に案内する。

その様子は完璧にスマート。


さすが…嶽丸。


「ねぇ、何か食べないの?私お腹すいちゃったんだけど」


部屋に入ったらいきなり襲われないとも限らない。だとしたらその前に空腹を満たしたい…


「わかってるって。いいから任せとけよ」




部屋に入って驚いた…


その広さもさることながら、大きな窓から、東京の夜景がキラキラしてるのが綺麗に見える。




「なに?ご飯が来てる?!」


ダイニングテーブルにところ狭しと並ぶ料理の数々…


茶碗蒸し、ハンバーグ、エビフライ、カスクートサンド、オムライス…


「これ、私の好きなご飯たちだ…」


「美亜は好き嫌いないけどな。これまで俺が作った中で、特にうまそうに食べてたやつ…集めてみました!」


ほいっ!…っと渡されたのはケチャップ。


「…ハート♡描けるじゃん…!」


そんなものまで用意して…もう笑っちゃう!


早速2人でオムライスに描いてみる。


私は大きいハートと小さいハート。

嶽丸は…「ミアLOVE」って…

ちょっと恥ずかしいんですけど?!



2人でお腹いっぱい食べて…ふと疑問に思ったことを聞いてみた。



「全部おいしかったけど…これ、ケータリングだよね?」


「お?わかった?さすがに自分で作れないから、細かい味付けのオーダーを出しつつ注文した」


「え…そんなオーダー、聞いてくれるお店あるの?」


「俺が料理するのを知ってる行きつけの店なんだよ。だから、少し甘めの味付けと若干薄味。酸味と辛味は控えめに…って言っておいた」


「え?それって…」


「美亜の好みだろ?え?自分でわかってないの?」


ケラケラ笑うけど…そんなことまでわかってる嶽丸に、私はちょっと、心と胃袋を掴まれたよ。



「先に風呂入ってきな」



まるで家の延長…嶽丸はここでも食べ終わった器を片付けてる。


たまには私がやるから…と、嶽丸を先にお風呂に沈め、ちょっと落ち着かない気持ちになる。


広すぎる部屋…ベッドは奥の部屋にあるみたいで、ダイニングテーブルとソファがあるこの部屋からはちょっと見える程度。


白いシーツに白い枕。


「…これは?パジャマ?」


柔らかくてツルツルした生地の、膝丈ワンピース。

ゆったりした作りで、たぶん寝るとき用のものなんだろう。


同じような生地で、男性用のもある。こちらはいわゆるパジャマって感じ。



「お待た〜!美亜も入ってきな」



腰にゆるく巻かれたバスタオル、髪をガシガシ拭きながら、湯気をまとって嶽丸が来る。


割れた腹筋と厚い胸板…肩と腕の筋肉はしなやかで、長めの濡れた髪が首筋に貼りついて…


…その姿に、思わず固まる。


なんて色っぽいんだろう。

ちょっと自分を抑えないと、このまま抱きついて、押し倒してしまいそう…


男の人を見てこんな気持ちになるのは初めてだ。



「…なに?このまま…抱かれたい?」



「え…」


やだ。お見通しなんだ…と焦った瞬間ー…



裸の胸に抱きすくめられ「可愛い…」とつぶやかれてさらに焦る。


頬に密着した嶽丸の肌は、きめ細かくてスベスベしてて気持ちいい…



「あ…の、シャワー浴びて来る」



裸の肌に触れることができてちょっと満足したって…私はけっこうチョロいんだと知る。



「あんま洗いすぎんな。お前の匂いを知りたい」



なんだとぉ…?!

初めての『お前』呼びに意味深発言…一瞬足を止めたけど、赤い顔を見せる気にはならんっ!


鼻で笑われた気がするけど…

ホント、嶽丸ヤバっ。


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