「は…今それ言う…?」
チラっと上目使いで顔色を伺ってみれば、嶽丸は片手で口元を覆い、私から目をそらした。
長めの髪から覗く耳が赤い気がして…
「…照れてる?」
「は?誰に言ってんの?」
いやいや…顔、赤いですよ。
でも、そんなことを思ったのは一瞬で、嶽丸はすぐに余裕の表情を取り戻す。
「それ、これからってこと?」
「へ?」
「俺、いろいろ長いけど?」
なにが長いのか…
多分、行為の時間のことだと思うけど、それは…どこからの行為のことを言ってるんだろう。
ぐっと詰まる私にニヤリと向ける笑顔は、完全にいつもの嶽丸で、醸し出す雰囲気に呑まれそうになる。
「じゃ…じゃあ、また今度」
「だめ。明日な」
「そんな急に…?!」
「美亜が誘ったんだろ?!…俺、もうその気になっちゃったから」
ペロ…っと赤い舌で自分の唇をぐるり舐めて見せる嶽丸。
「明日仕事終わったら待ち合わせしよ。…行き先は俺に任せろ」
「あ…うん」
それってなに?夜のデート?そしてその後、するの?…なんて聞けない。
「明後日は休みにしといた方がいいぞ。足腰立てなくしてやるから」
「…えぇ?それ…どういう意味…」
「その顔は…そこまでされた経験ないんだな?…ふふ。楽しみ」
なんか…とんでもない性欲怪獣だったらどうしようかと…
私を見下ろして笑う口元が、妙にいやらしい嶽丸を見上げながら…思った。
終始ゴキゲンの嶽丸と夕食を取ったあと、お風呂に入りながら、なんであの場面で『抱いて』なんて言っちゃったんだろう…と考える。
やっぱり…癒しが欲しかった。
和臣の退職なんて…もう解決できないモヤモヤを抱えることになって、それを忘れさせてくれる究極の癒しが欲しかったんだと思う。
あんな風に顔を覗き込まれたら、ついフラフラ抱きつきたくなる。
「嶽丸の…体が欲しい…」
ずいぶんアダルトな発言だったんだろうけど、それが正直な本音。
私にとって、嶽丸の体=癒し…だったから。
…………
翌日、最後のお客さまを全員でお見送りして、終礼と共に1日の仕事を終えた。
夕方頃確認した携帯に、店の前まで迎えに来るという、嶽丸からのメッセージが入っていて焦る…
『真ん前まで来るなっ』
ってメッセージを返したけど、既読はつかない…
スタッフより先に出て、嶽丸を早く隠さなくちゃ…と思うのに「お先に失礼しまーす!」という声が次々に聞こえる。
「待って…私が先に…」
と言いながら、つい髪とかメイクとか直しちゃって、結局最後になってしまった。
店を出ると、そこに数人が集まる輪ができていた。
…嫌な予感…
「美亜、遅いぞ?」
私を見つけた嶽丸が声をかけるから、皆がサッと道をあける。
「え…霧島ディレクターの…彼氏さん、ですか?」
アシスタントの声に視線が泳ぐ私…。焦点を嶽丸に合わせてみれば、飛び込んできたその姿に、思わず息を飲んだ。
Vネックの白いTシャツに、ゆるめの黒いパンツ。ほどよくアクセサリーをつけていて、シンプルだけど華やか。
家にいるときとそんなに変わらない格好をしてるのに、どうしてこんなにカッコよく見えるんだろ…
「そう。俺は霧島ディレクターの恋人だよ?」
そう言うとサッと私のそばに来て、持っていたバッグを自分の肩にかけ、唖然とするアシスタントたちに言う。
「子供は大人をナンパしたりしちゃダメよ?早く帰って寝なさい」
シッシッ…と追い払う仕草をする嶽丸に、「すいませんでした…」とアシスタントの声が聞こえる。
思わず、いろいろ違う…と弁解したくなるけれど、嶽丸はそれを制して楽しそうに言った。
「さぁ、めくるめく官能の世界に行くぞ?」
なに言ってんの…って言葉を飲み込んだのは、見上げた嶽丸が本当に嬉しそうだったから。
………
「…こ、こ?」
「なに?やっすいラブホの方が良かった?」
慣れた様子でシティホテルに入る嶽丸。ちょっと待って、いきなりホテルなの?しかもなんだかすごく豪華そうなホテルなんだけど…。
アワアワする私を、嶽丸はすました顔で部屋に案内する。
その様子は完璧にスマート。
さすが…嶽丸。
「ねぇ、何か食べないの?私お腹すいちゃったんだけど」
部屋に入ったらいきなり襲われないとも限らない。だとしたらその前に空腹を満たしたい…
「わかってるって。いいから任せとけよ」
部屋に入って驚いた…
その広さもさることながら、大きな窓から、東京の夜景がキラキラしてるのが綺麗に見える。
「なに?ご飯が来てる?!」
ダイニングテーブルにところ狭しと並ぶ料理の数々…
茶碗蒸し、ハンバーグ、エビフライ、カスクートサンド、オムライス…
「これ、私の好きなご飯たちだ…」
「美亜は好き嫌いないけどな。これまで俺が作った中で、特にうまそうに食べてたやつ…集めてみました!」
ほいっ!…っと渡されたのはケチャップ。
「…ハート♡描けるじゃん…!」
そんなものまで用意して…もう笑っちゃう!
早速2人でオムライスに描いてみる。
私は大きいハートと小さいハート。
嶽丸は…「ミアLOVE」って…
ちょっと恥ずかしいんですけど?!
2人でお腹いっぱい食べて…ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「全部おいしかったけど…これ、ケータリングだよね?」
「お?わかった?さすがに自分で作れないから、細かい味付けのオーダーを出しつつ注文した」
「え…そんなオーダー、聞いてくれるお店あるの?」
「俺が料理するのを知ってる行きつけの店なんだよ。だから、少し甘めの味付けと若干薄味。酸味と辛味は控えめに…って言っておいた」
「え?それって…」
「美亜の好みだろ?え?自分でわかってないの?」
ケラケラ笑うけど…そんなことまでわかってる嶽丸に、私はちょっと、心と胃袋を掴まれたよ。
「先に風呂入ってきな」
まるで家の延長…嶽丸はここでも食べ終わった器を片付けてる。
たまには私がやるから…と、嶽丸を先にお風呂に沈め、ちょっと落ち着かない気持ちになる。
広すぎる部屋…ベッドは奥の部屋にあるみたいで、ダイニングテーブルとソファがあるこの部屋からはちょっと見える程度。
白いシーツに白い枕。
「…これは?パジャマ?」
柔らかくてツルツルした生地の、膝丈ワンピース。
ゆったりした作りで、たぶん寝るとき用のものなんだろう。
同じような生地で、男性用のもある。こちらはいわゆるパジャマって感じ。
「お待た〜!美亜も入ってきな」
腰にゆるく巻かれたバスタオル、髪をガシガシ拭きながら、湯気をまとって嶽丸が来る。
割れた腹筋と厚い胸板…肩と腕の筋肉はしなやかで、長めの濡れた髪が首筋に貼りついて…
…その姿に、思わず固まる。
なんて色っぽいんだろう。
ちょっと自分を抑えないと、このまま抱きついて、押し倒してしまいそう…
男の人を見てこんな気持ちになるのは初めてだ。
「…なに?このまま…抱かれたい?」
「え…」
やだ。お見通しなんだ…と焦った瞬間ー…
裸の胸に抱きすくめられ「可愛い…」とつぶやかれてさらに焦る。
頬に密着した嶽丸の肌は、きめ細かくてスベスベしてて気持ちいい…
「あ…の、シャワー浴びて来る」
裸の肌に触れることができてちょっと満足したって…私はけっこうチョロいんだと知る。
「あんま洗いすぎんな。お前の匂いを知りたい」
なんだとぉ…?!
初めての『お前』呼びに意味深発言…一瞬足を止めたけど、赤い顔を見せる気にはならんっ!
鼻で笑われた気がするけど…
ホント、嶽丸ヤバっ。