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正男の思い出、辺見家を支える 12

 取材が終わり、2週間ほどして最後の記事が掲載された号が発売された。もちろん、辺見家は発売日に書店で購入した。記事の内容については事前に確認のために送られていたが、文字だけの確認原稿に写真が加えられ、効果的な見出しが付けられたことで、これまでの連載内容をきちんと締め括る内容になっていた。内容的には事前に知っていても、雑誌としての現物を見ると違うことを改めて実感した。これまで3回の連載があり、それぞれに良い記事だと思っていたが、今回の様な好意的で、正男のことがきちんと記され、辺見家の人々についてもその人間性が高く評価されたことで、これまでの一部の誹謗中傷が無くなることが期待された。

 発売から2日後、北田が辺見家を訪れた。

「辺見さん、この度は大変お世話になりました。記事の反響をお伝えしたくてお邪魔させていただきました」

 北田の訪問は事前に知らされていたので、一郎もその時間に合わせて帰宅としており、安井も同席していた。もちろん、田代もいる。

「どうでした、反響は?」

 一郎が尋ねた。

「良い意味で反響の大きさが裏切られました。編集部あてにいただいた読者からのメールはほとんど正男君の行動を称え、辺見さんのご家族に対しての称賛がほとんどでした。もちろん、物事にはいろいろな意見が出てきますが、以前のようなマイナスの感情でのメールはほとんどありませんでした。取材を通して伺った現実の話は私たちが忘れていたような本来人間が持っていたような優しさにあふれ、正男君の自己犠牲の行為が社会の受け入れられたと思っています。記事が出た後、いろいろ読者からの反響をいただきますが、プラス評価の割合は歴代1位です。それだけ記事は好意的に受け止められました」

「北田、編集長とやり合った意味があったな」

 安井が言った。

「俺が正男君のことをお前に話したところ、食いついてきたな。ジャーナリスト魂に火が付いたか?」

「ええ、そういう良い話を、本当のところをみんなに知ってもらいたいと思ったんです。今、暗い話や不安になるような話ばかりじゃないですか。そんな時、社会にとって大きな清涼剤になるような話があったんです。それを伝えないなんてマスコミの人間じゃありません。確かにウチに限らず、週刊誌というのはスキャンダルをネタに売り上げを上げています。俺もそういう記事を書いたことがあります。仕事と言っても、マスコミを志望したのはそういうことじゃないという思いがいつもありました。だからこの取材、俺にとっても大きな仕事でした。連載という形で現実化できて良かったです」

「どういう感想が多かったんですか?」

 田代が質問した。正男のプロジェクトの関係者だし、気持ちの上で母親のようなところがあるから当然のことだ。そしてそのことは田代家の人にとっても大きな関心事だ。みんなの耳は北田の方に向いた。

「そういうお話しが出ると思っていました。ですから、メールの一部をプリントして持ってきました」

 集まった人はそれを回し読みするような感じで全員が読んだ。里香は分からない漢字があったまで必要に応じて美恵子が説明した。

「メッセージを読むと、もし正男君がそのまま家にいることになっていたら、良い家族になっていたのではとか、悲しい結果だけど人間でもなかなかできない勇気ある行動を称賛する話、それから人間の無理解やちょっとでも雰囲気が異なる相手を排除しようという風潮の問題にも言及している人がいましたね」

 一郎が言った。

「そうですね、最終話だけでなく、これまでの連載をご覧になっていたからこその感想だと思いますが、いろいろな人との共生の難しさと共に、それを乗り越えることはできるという証明になったのではないかと思っています。俺も取材を通して、もし正男君が今ここにいて、皆さんと生活をしていたら、もっといろいろな楽しいことがあったのではと思うと、残念です」

 その話を聞いていて、田代は複雑な気持ちになっていた。もともと正男は1年という限定で田代家に預けられたということを十分知る立場だからだ。田代自身、お別れの時のことを考えるとたまらない気持ちになっていた分、濃密だった1年にも満たない期間の重みを感じていたのだ。そのため、田代はこの後に発言することはなかった。

 そんな中、里香が言った。

「正男君、どこかで会えないのかな? 里香、また会いたい」

 その言葉に全員無口になった。その少し後、美恵子が里香に言った。

「里香、正男君はぺスちゃんのように天国に行ったの」

「じゃあ、里香も天国に言ったら正男君に会えるかな」

「会えるわよ、だから正男君とのこと、ずっと忘れないでいてあげて。そうするとずっと里香のそばにいてくれるよ」

 美恵子の言葉に全員が頷いていた。

「それじゃ里香、もう取材ではないけど、自分の思いを話して」

「うん、里香ね、正男君からたくさん優しい気持ちを教わった。庭で遊んでいる時、虫さんが死んでいたの。正男君ね、お墓を作ってくれたの。それまであまり気にしてなかったけど、ぺスちゃんのことや虫さんのことから死んだらお墓に行くんだということを教わった。その時、優しくすることを知った。里香、大きくなっても優しくいたいと思った」

「そうか、里香ちゃん、正男君から優しさを教わったんだね。大切なことだよ。そういう人ばかりになったら良い社会になるのにな」

 仕事柄、安井は平穏な社会になることを考えているが、現実を見ているとこういう良い話がとても眩しく見える。だからこそ、正男の話を北田に話し、少しでも社会が変わればと思ったのかもしれない。

 それからしばらく正男のことを話題の中心において時間が過ぎた。

 正男が亡くなった後、改めていろいろなことを話し、これまでの誤解が解けたことを感じ、改めてこれまでの経験の大切さを感じた辺見家、田代、安井、北田だった。


                                                                 ≪完≫

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