目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第11話 告白後の日常

 幻のような告白をされてから、一週間が経った。

 今でも、あの高坂くんから告白されたなんて信じられないでいた。


 ――春見、好きだ。


 あの時、私に向けられた言葉がずっと頭から離れてくれない。耳の奥で余韻みたいに響いていて、寝る前には必ずといっていいほど思い出してしまっている。もはや病気なんじゃないかなどと思い始めて、そういえば恋は病なんだったかと納得して悶えるくらいには、病状が進行してしまっている。


「ふう……」


 今日も今日とて、教室のドアの前で小さく深呼吸。学校にいる間は想像の中だけでなく、実際に同じ教室で授業を受けているわけで、私の心への負担も桁違いなのだ。しかもそれだけじゃなくて……


「春見! おはよ!」


「ひょわ!」


 唐突にかけられた声に、びくりと肩が跳ね上がる。おまけに変な声まで出た。恥ずかしすぎる。ひょわってなんだ、ひょわって。


「あははっ。やっぱさすがだわ、春見は」


「あのね、いったい誰のせいだと……」


 言いかけてハッとする。なんで私は、また真面目にやりとりしてるんだ。

 あの日の翌日から、高坂くんは私にあいさつをしてくるようになった。

 おはようと言われるたび、私の心臓は飛び跳ねる。

 またなと言われるたび、私の頬は熱を帯びる。

 すれ違うたび、目が合うたび、移動教室で近くに座るたび、心はざわつき、視線は泳ぎ、なにもかもが落ち着かない。


 ――でも俺、諦めないから。


 あの日の去り際の言葉は、本気なんだと思った。

 正直、嬉しい。すごく嬉しい。

 私も高坂くんのことが好きだから。

 好きな人に求めてもらえるなんて、これほど幸せなことはない。

 けれど、私は高坂くんと付き合うわけにはいかない。高坂くんを、不幸な境遇に遭わせたくない。青い糸が見える私が、そうならないように行動しなければいけない。

 だから、私は今まで以上に高坂くんを避けることにした。話しかけられても素っ気なく突き放し、必要最低限のやりとりだけをして、あとは遠巻きに時々眺めているつもりだった。

 それなのに、どうも私は意志が弱いのか、今みたいに話しかけられるとついまともに反応してしまう。叶うはずもない恋心が、心の中で静かに暴れてしまう。


「…………いや、なんでもない」


「ははっ、ごめんごめん。次からは驚かさないよう気をつけるからさ」


 さらりと謝罪の言葉を口にすると、高坂くんは私を追い抜かして教室に入って行った。私にしたのと同じあいさつを、すれ違うクラスメイトみんなと交わしていく。当然、私みたいに「ひょわ!」なんて言葉を返す人はひとりもおらず、理想的な朝のあいさつが飛び交うばかりだ。

 バカみたい。

 声にならない気持ちを口の中で転がして、私も教室に入って席につく。


「しーおーん! おはよ!」


 すると、今度は美菜が話しかけてきた。気を取り直して、私は笑顔を向ける。


「あ、うん。美菜、おはよ!」


「およ? なんか元気ないけど、高坂となにかあった?」


 さすがに鋭い。ほかの人には見えない青い糸と、ずっと持ってきた仄かな好意だけを隠すなら慣れたものだが、急な取り繕いは中学からの悪友には通じない。こういう時は、嘘でもほんとでもない少しズレたことを答えるようにしている。


「いや、まあ、単に高坂くんに急にあいさつされて、びっくりして変な声出ちゃったのが恥ずかしかっただけ」


「あーなるほど。あの、ひょわだかひょえだかの可愛い叫び声の主は紫音だったのか」


「今すぐ忘れて」


 やはり聞かれていたらしい。冷めかけていた羞恥心が再燃する。


「えーいいじゃん。でも本当になにがあったの? 今まであいさつなんてしてなかったでしょ」


「んーまあ……」


 一瞬だけ言おうか迷ったが、すぐに考えを掻き消した。告白されたなんて言おうものなら拉致軟禁は必至、鬼もやや恐れる怒涛の質問攻めは免れない。しかもそこに至るまでの過程も説明しないとだし、高坂くんは絵を描いていることを秘密にしているから私が言うわけにはいかない。さらにいえば告白を断った理由は不幸の青い糸だし説明のしようがなく、私は嘘が下手なのでこれらを誤魔化しながら美菜に説明できる自信もない。

 ということで、私はお約束の言葉を口にすることにした。


「よくわかんないけど、ほんとなにもないよ。たまたま私が教室に入るのと被ったからじゃないかな」


 私の知らぬ存ぜぬに美菜は不満そうな顔をした。まったく信じていない顔だ。


「ふーんふーん。ソウナンダー」


「いや言い方。棒読みすぎでしょ」


「いいもんいいもん。藤村になんか知らないか聞いてみるもん」


「え? 藤村くん?」


 唐突に出た名前に私は首を傾げる。

 藤村くんは高坂くんと仲の良い男子のひとりだ。色白で細身な文化系の好青年という印象の男子だけど、高坂くんと同じ陸上部に所属している。同じクラスでわりと人当たりの良いお茶目なイメージだけど、あまり女子と話しているところは見たことがない。もちろん、藤村くんと美菜が話してるところも一度も目にしたことがない。

 そんな藤村くんに、どうして?

 ちらりと藤村くんのほうへ目を向けると、ちょうど話題の高坂くんと話をしていた。不幸の青い糸は見えない。


「あーうん。えっと、好きまではいかないんだけど、ちょっと気になってて。話題づくりも兼ねて訊いてみよっかなって」


「えー立ち直り早」


 山本先輩と別れてからまだ一週間だ。つい数日前までどこか元気なさそうだったのに。羨ましいほどの切り替えの早さだ。


「ずっと引きずってても仕方ないからねー。私をフったことを後悔させてやるの」


「ほえー。やっぱすごいなあ、美菜は」


「ふふん。どやあ」


 鼻高々といったふうに美菜は胸をそらせる。私もそのくらいの早さで切り替えていかないとなのにな。前を向いて、話題を仕入れて、次の恋にまっしぐらかー。


「って待てい。なに勝手に私のことをダシにしてるの」


「だから今許可とったじゃーん。褒めてくれたってことは、訊いてもいいってことでしょ」


「言ってない言ってない。拡大解釈しすぎ」


「じゃあ藤村に訊いてもいい?」


「え。まあ……なにもないし、べつにいいけど」


 相変わらずすぎる美菜に私は苦笑する。仮に訊かれたとしても高坂くんが絵のことや告白のことを話しているとは考えにくいし、実害はないだろう。


「よしっ。じゃあ行こっ!」


「え? 私も!? ちょちょちょ! ストップ! ストーップ!」


 今から!? 私を連れて!? てか今藤村くんと高坂くん話してるんだけど!!?

 私の手を引いて歩き出そうとする美菜を全力で止めていると、予鈴がのんびりと鳴り響いた。



 *



 なんとか乗り切ったー。

 六限後のホームルームを終え、私は全身の体重を背もたれに預けた。


「紫音~また明日ね!」


「はいはい、またねー」


 ひらひらと手を振って部活に向かう美菜を適当に見送る。

 今日は本当に疲れた。朝の美菜の行動はさすがに冗談だったけれど、昼休みに美菜と藤村くんと高坂くんが楽しそうに喋っているのを見かけたときは背筋に変な汗が流れた。そして少しだけ心がモヤっとした。もっとも、あとで美菜に確かめたら全然関係ない話だと言ってたから良しとしよう。


 あ、でも。さらに勘繰られたんだっけ。


 美菜がニマニマと楽しそうに「やっぱり高坂くんのことは気になってるんだねー」とつついてきたのを思い出す。完全にもてあそばれている。

 ただ、ひとつ安心したのは美菜と藤村くんが不幸の青い糸で繋がれていなかったことだ。中学から美菜の恋愛をそばで見守ってきたが、すべて不幸の青い糸で繋がれていた。そのたびに心が締め付けられたけれど、ようやく大丈夫そうだ。

 今度は私が美菜を遠慮なくからかい倒してやろうと心に決め、とりあえず今日は図書館で勉強しようと席を立った。


「よっ、春見」


「え、高坂くん!?」


 いつの間にか、高坂くんが近くに立っていた。驚きのあまり口を開けたまま、頭ひとつ分以上違う高さを見上げる。


「今日このあと予定ある?」


「う、え、えと、予定……」


 柔らかな微笑みを向けられ、一気に顔の温度が上がる。胸のあたりもうるさい。いい加減慣れろ私。で、えと。なんだっけ。予定、だったっけ。


「ない、けど……」


「よっしゃ! じゃあちょっと付き合って」


「え?」


 なにかに誘われてハッと我に返る。

 なんで今予定ないって言ったんだ私。高坂くんを避けるなら、どう考えても最悪手の返しだ。知能まで下がったんだろうか。


「あ、や……じゃなくて、予定は」


「ほら。クラスのやつらに気づかれる前に早く行くぞー」


「ちょ、ちょっと」


 私がまごまごしている間に、高坂くんはさっさと教室を出て行った。私は慌てて青い糸が伸びる彼のあとを追った。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?