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バレンタインデー

 どうしてバレンタインデーなどという日があるのだろう。


 あんなのは、お菓子メーカーの陰謀だと言ってたやつがいた。たしかに一理ある。海外では、チョコなんてだれも渡さないと聞いたことがある。ひとつの業界のせいで、ぼくは毎年憂鬱にならざるを得ないのだから、責任をとってもらいたいものだ。


 雄一は登校すると、不安と期待を胸に下駄箱を開けてみた。


「!」


 入っている。入っているではないか。見なれぬ紙袋がそこにあるではないか。


「おはよう」親友の泰介が後ろから声をかけてきた。


「お、おはよう」雄一はとっさに下駄箱を閉めていた。


 まずい、まずいぞこれは。泰介が見たら彼の劣等感に輪をかけてしまうに違いない。


「どうかしたのか?」泰介が雄一の顔を覗き込みながら下駄箱をひょいと開ける。


「!」


 あった。そこに見知らぬリボンのついた小箱があるではないか。


「いや、なんか今日はいい天気だよな」泰介はすぐさま上履きを出して扉を閉じた。


 まずい、これはまずいぞ。雄一が見たらショックで立ち直れなくなってしまうに違いない。


※※※※※※


 昼休み。


 雄一と泰介は、それぞれの場所で、それぞれの手紙を読んでいた。


「放課後、体育館の裏に来て」だと。


 雄介は、ハート型のチョコを片手にニヤけていた。


「ふむふむ。放課後、音楽室で待っています」こりゃあまいったね。


 泰介は鼻の下が伸びていないか気になってしかたがない。


※※※※※※


 雄一が体育館の裏に行くと、ひとりの女子生徒が楠に持たれかかっていた。別のクラスの明美だった。校内なら、まあまあカワイイ部類に入る・・・・・・ぐらいか。


「や、やあ。待たせたかな」


 明美はセキセイインコのような目をしてキョトンとしている。


「なんで雄一が?」


 音楽室に泰介が入って行くと、園子がピアノを弾いていた。


「エリーゼのためにだね。君だろこれ」


 泰介がポケットからリボンのついた箱を出して笑った。


「え、どうして泰介くんがそれ持ってるの?」


「ん?」



 どうやら、ふたりしてチョコを入れる下駄箱を間違えたらしい。白けたうえに憤慨した雄一と泰介は、偶然この後、校門でばったり出会ってしまった。


「あ、これお前のらしいぞ」


「え、なんだ、じゃこれお前のだ」


 ふたりは、お互いのチョコレートを交換した。そのとき背後から声がした。


「見いちゃった見いちゃった。あなた達、そういう間柄あいだがらだったのね」


 銀縁メガネの大伴金代おおともかねよだった。雄一と泰介は顔を見合わせた。


「ち・・・違うんだって」と雄一が両方の手の平を、車のワイパーのように左右に振る。


「いいのよ。そういうのって、世間的にはもう普通の事として受け止められてるんだから」


「いや、そうじゃなくて」と泰介がたしなめる。


「ここだけの話にしておくから心配しないで。どうぞ、お幸せに。じゃあね」


 含み笑いをしながら金代は去って行ってしまった。


 絶対ウソだ。彼女は“校内放送局”と異名を持つオシャベリなのだ。


※※※※※※


「お前らのせいだからな」雄一が小さな声で言い放つ。


 雄一と泰介は、翌日、明美と園子のふたりを図書室に呼び出していた。


「今日から当分のあいだ、泰介と明美・・・・・・」雄一がふたりを見る。


「雄一と園子は行動を共にすることにする」と泰介が続ける。


「いつまで?」園子が怪訝な顔をする。


「お互いに恋人同士という噂が立つまでだ。それまでは一緒に過ごす。部活帰りや休日もだ」


「しょうがないなあ。わかったわよう」


 明美と園子はお互いに目と目を合わせてため息をついたのだった。


※※※※※※


 その夜、明美と園子は長電話をしていた。


「もしもし、園子」


「やったね明美」


「大伴金代の行動パターン、ばっちり観察しておいた甲斐があったわ」


「そう。彼女、あの時間に毎日校門通って下校するんだから」


「すごい。『バレンタイン強制おつき合い作戦』大成功じゃん!」

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