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ライバル

「シン、先に行くぜ」


 そう言い残すと、マコトはペースを上げた。


「無茶だ」


 42.195kmを走り切るにはペース配分がことのほか重要だ。マコトの体力は幼い頃から一緒に走っているシンが一番よく知っていた。


「マコトよせ、まだペースをあげるには早すぎるぞ」


 残り20キロ地点である。シンはマコトの背中を凝視しつつ、そのままのペースを維持し続けた。沿道の声援が木霊こだまのように響き渡る。


 残り10キロ地点になると、マコトの姿はもはや点にしか見えなかった。シンの後ろには3位以下の選手の一団が影のようについてきている。シンも徐々にペースを上げていった。


 まとわり着く過去を脱ぎ捨てるかのように。


※※※※※※


「シン、好きなんだろ?琴美ことみのこと」


「え、なんだよいきなり」


「じれってえんだよ。好きなら好きって言えばいいじゃねえか」


「マコト・・・・・・お前」


「ああ、俺も琴美が好きだ。お前が言わないならおれが先に告る」


「よせよ」


 琴美とは、陸上部のマネージャーのことである。こけしのような顔をしていて、ちょっと可愛げがある娘だ。なにかにつけて世話を焼いてくるところが鬱陶うっとうしいが嬉しい。


「じゃあ、こうしよう。次の試合で先にゴールした方が琴美に告白する。これで文句あるまい」


「・・・・・・」


「返事がないなら、OKってことだな」


※※※※※※


 次第にマコトの姿が視界に入ってくる。やはり体力の限界に来ているのだ。今は気力だけで走っているに違いない。


 そういうシンも最後の気力を振り絞って走っている。マコトには絶対に負けられない。


 遠くに白いゴールのテープが見えてくる。そこに赤いジャージ姿の琴美が、タオルをかかえて、ちぎれんばかりに手を振っているのが見える。


 あと少しだ。


 100メートル、50メートル、30メートル、20メートル・・・・・・マコトの身体にシンの姿が重なった。


 残り10メートル・・・・・・マコトとシンの視線が一瞬からみ合う。


 5メートル・・・・・・マコトが笑ったように見えた。


 1メートル・・・・・・ゴール!


 ゴールに飛び込んだシンは、琴美に抱きかかえられていた。


「やった!自己新記録更新おめでとう」


「あ、あのさ」肩で息を弾ませながら、シンは琴美の瞳をのぞき込む。「こんな時になんだけど、す・・・・・・好きなんだ琴美のこと」


 そう、ライバルは自分なんだ。自分自身だ。


 シンはいつでもマコトと闘っていたのである。

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