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第64話 不安

 湊音が着信に気付いたがでるのに悩む。シゲさんも見ている。


「やめた方がいいですよね……」

「……なにがあったのですか。シバさんと」

 シゲさんは知らない。でも李仁とシバが過去に関係があったことは知っている。まさか湊音もシバと関係を持っていること、そのことで湊音がかき回されて李仁とシバが今回のことを引き起こしたというのも。


 あまり聞こうとはしないシゲさん。何かを察したのかわからないがスマホを手にしようとする湊音に首を横に振り、

「今はやめておきましょう。そうだ、店に行きたいのでついてきてください」


 湊音はスマホをカバンに入れた。なんとも着信が鳴る。シバは李仁のスマホが電源入らないから自分のところにかけているのか、それとも湊音に連絡したくてかけているのか。湊音は葛藤する。そして電源を消した。


 シゲさんの車に乗り込み、彼の仕立て屋の店に向かった。もうこれは何回も訪れているし、少し前も李仁のスーツを直してもらい取りに行ったばかりだ。


 レトロな店内は落ち着いた雰囲気で湊音もとても気に入っている。でもこの店も後継がいなくなってしめてしまうのかと思うと寂しい気持ちになる湊音。


 心なしか前よりもスーツの数も減っていると気付く。店の隅には今に飾られている、過去の写真。李仁とシゲさんの若かりしき頃の写真だ。湊音はその写真を見るたび嫉妬しているとまではいかないが心にツンと何かが来る。


「シゲさんは奥さんと別れる時と李仁と別れた時、何か違うの感じましたか?」


 自分でも変だとは感じていたようだが、そんな質問を投げかけてみた。シゲさんはふふふと笑ってる。その笑みで何自分は変な質問しちゃったんだろうと湊音は恥ずかしくなる。だがすぐにシゲさんは答えてくれた。


「何か違うって、まぁ……男女の差はありますけど、妻と別れた後と李仁と別れた後の余韻が違うんだよ。李仁と別れてから妻と結婚したんだが暫くは空っぽだったさ」


「空っぽ……」


「湊音さんは僕と反対ですよね、先に女性と結婚してから。あ、まだ湊音さんんと李仁とは別れてませんが」


 そういえば、と湊音。李仁と別れるというワードに一瞬ヒヤッとしたが。


「僕の場合は喧嘩してばかりで、もう一緒にいられないとかずっと思ってたんですけども……別れた後はなんかぽっかり穴が開いたと言うか。嫌いで別れたのにおかしいですよね」


「あらそうだったんですか。長いこと一緒だったからとか? って私もでしたがぽっかり穴が開く事はないんですよ」


 湊音は写真をもう一度見る。


「前の家族よりも昔の恋人との写真を店にずっと置いているなんておかしいですよね」


 シゲさんがその写真を湊音から取り上げる。


「おかしいだなんて、そんな……大切にしてたんですね、李仁のことを」


「もちろんさ」


 すぐに返答が返って来るのには驚く湊音。


「僕たちは喧嘩をしなかった。一緒にいるだけで良かったし、変に気遣いしない関係で疲れはしなかったさ」


 シゲさんは顧客帳簿とスケジュール帳を照らし合わせている。


「でも李仁は浮気するから大変でしたよね」


 自分のことは棚に上げといて言う湊音も湊音だが。シゲさんは首を傾げる。


「そりゃ付き合う前までは夜遊び激しい人でしたが付き合ってからは一切なくなりました」


「えっ」


「でも僕と別れてからまた元に戻ったって言いますけどねぇ」


 とシゲさんは笑った。湊音はこんな質問した自分が恥ずかしくなったと同時に、李仁は自分と付き合うようになってから浮気はしなくなったと思い返す。


「彼はああ見えて一途なんですよ。最愛の人を見つけたらずっと愛してくれる、僕はそれを裏切ってしまった。だからその均衡が崩れてまた戻ってしまったかもしれません」


 とシゲさんが言ったあと、湊音は泣き出した。


「李仁ぉ……」


「まぁまぁ、と言っても色々難しい性格ですからね。また話してください。……さて迎えに行きますよ」


 シゲさんが湊音の肩を叩く。湊音はうんと頷いて店を出た。

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