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ファンタジア
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杉村行俊
現代ファンタジー都市ファンタジー
2024年12月05日
公開日
5.7万字
連載中
第一話 小料理屋で奇妙な男と知り合いになった。幼い頃生き別れた母親に合わせてくれると言うのである。酔っぱいのジョークだと受け流していると、翌日その男が現われて・・・。 第二話 気がつくと肩に天使がいた。天使はいつも適切なアドバイスをしてくれる。好きな女性が二人現われた。どちらを奥さんにするか迷っていたが天使のアドバイスは意外なものだった。 第三話 銀婚式を迎えた夫婦は記念に海外ミステリーツアーに参加する。最後に玉手箱のようなものを持たされて帰ってきたが、これを開けるととんでもないようなことが起きるような気がして躊躇をしているとなにも知らない娘が開けてしまう。 第四話 京都在住の主人公は彼女を連れて京都大文字焼きを観に行く。するとふたりの魂が天高く昇っていく。主人公は彼女のために大文字焼きにまつわる言い伝えを実践する。 第五話 主婦美波は退屈な日々を送っていた。ある日偶然学生時代の手紙を見つけ、面白半分で自分あてに手紙を書いてみた。すると過去の自分から返事が来たのだった。 第六話 ホームセンターにペットを買いに来ていた母と娘。娘が一匹の猫を見つけた。娘にだけその猫の話している言葉が聞こえたからだ。レイは母親に駄々をこねてその猫を買ってもらった。 第七話 夜中の岸壁で女を乗せたタクシー。無口なその女性を家まで送り届けたのだったが・・・ 第八話 暗黒異次元世界が世界を飲みこもうとしていた。しかし何も知らない主人公は、車に愛犬を乗せて遅刻しそうな会社に向かったのだった。 第九話 亜理寿はハロウィンの日に姉の家を訪ねているのが習慣だった。しかし義理の兄はそんな義妹をおいていつも外に遊びに行ってしまうのだった。 第十話 プロゴルファーのトムはゴルフ場の池で神さまと出逢う。神様はトムにどんなパットでも入れることができる金のパターを授ける。ただしそれを使うと必ずひとつ大切なものが失われてしまう。 第十一話 主人公の主婦は毎年ひとりで自分へのご褒美としてとっておきのワインで乾杯する。そこへ王国からの使いが現われて、実はあなたはさる王国の姫君なのだと告げられる。 第十二話 主人公は好きな彼女に公衆電話で電話をかけようとする。するといきなり公衆電話が鳴り出して、主人公に奇妙な暗合めいたことを叔父に伝えるよう指示をしてくるのであった。 第十三話 病弱の四歳の瑠璃が最後に神様にお願いしたのは

五月の空に

「もしも一生で一度だけ願いが叶う日があったとしたら、あなたは何をお願いしますか」


 週末の夜である。深山雄三は行きつけの御食事処『みやび』でいつものようにお酒を吞んでいた。


「そうだなあ、子供の頃に戻ってみたいものだなあ」


「子供の頃に?」


 『雅』はカウンターしかなく、5人も座れば満席になってしまう小さな店だった。ちょうど同年代ということもあり、偶然隣り合わせになった50代の男と旧知の仲のようになり、久しぶりに話しが弾んでいたのだ。


「そう。この雅という店の名前はね、実はわたしの生き別れた母親の名前と同じなのですよ」


「へえそうなんですか。どんなお母さんだったんですか?」


「いや、まだ幼かったんでおぼろげにしか記憶に残っていないのです」


「なるほど・・・・・・。どうです、ぼくに1時間だけ時間をいただけませんか。その願い叶えてあげられますよ」


「え。あなたも相当酔っぱらっているようだね」わたしは破顔した。「もしそんなことができるのなら、是非お願いしたいものだ。満たされなかった思いのまま死んで行くのは寂しいからなあ。ね、お母さん」


 雄三は雅の女主人に話を振った。女主人は萎れたお婆さんだったが、いつも静かに微笑んで客の話しを聞いているのだった。


「では明日会社の方にお伺いさせていただきます」


 男はわたしの名刺をポケットにしまうと、勘定を済ませて店を出て行った。


「ふふ。酔っぱらいの友達が増えたみたいだ」


 雄三は徳利のお酒を盃に注いだ。


※※※※※※


 翌日雄三は子供の日で祝日だったが、会社の残務を片付けるために少しだけ出勤することにした。

 午前中に手際よく仕事を片付けた。そして会社の門を出る。するとそこに昨晩の男が待ち受けていた。


「こんにちは」


 男は快活に笑顔で挨拶をしてきた。昨夜とは違って、薄いブルゾンにジーンズというラフな格好をしている。


「あ、あなたは昨夜の」


「吉田です」


「まさか、あの話で?」


 雄三は狼狽うろたえた。まさか本当にわたしに会いに来るとは思ってもいなかったのである。


「さあ、ご案内します」吉田と名乗った男が歩き出した。「すぐ近くですので」


 もしも車に乗せられそうになったならば、猛ダッシュで逃げていたかもしれない。


 一軒の洋館に到着した。アンティークな家具が置かれた居間に通されると、吉田は上等なカップにコーヒーを淹れて出してくれた。


「ここにおひとりで住まわれているのですか?」


「そうですね。賃貸ですけど、なかなかいい雰囲気でしょう」


「まあ、そうですね。ところで吉田さんはどんなお仕事をされているんです?」


「大手の製薬会社に勤めています。そこで新薬の研究なんかをしているんですが、ぼくの開発した新薬があまりにも効きすぎるので、一般発売は延期になってしまったんですよ」


「それはまたどんな・・・・・・」


「あなたの願いを叶えることができる薬です」


「どういうことですか」


「お母上を幼い頃に亡くされたあなたは、母親の愛情を受けることなく今まで過ごしてこられたのですよね」


「・・・・・・そうです。重いやまいだったと聞いています」


「あなたはこのままだと母親の愛情を知ることなく死んでいくことになってしまう。でもわたしの薬を使えば、たった1時間だけですがあなたを幸せにすることができるのです」


「言っていることがよくわかりません」


「これからあなたに1時間だけ3歳の子供になっていただきます」


「ほんとうですか。でもわたしがひとりで子供になったからと言って何が変わるというのです」


「母親役はご用意してあります」


「しかし・・・・・・」


「実はすでにあなたは薬を服用しています。先ほどのコーヒーに混ぜてあったのです」


「そんな・・・・・・」


「変体したところで、こちらの洋服に着替えてください。3才児の洋服です」


「しかし君、お代は・・・・・・」


「お金はいただきません。お近づきの印ということで。ただ、この薬は一人の人間に対して1回しか作用しませんのでご承知おきください。要するにこれが最初で最後のチャンスになります。ではのちほど」


 そう言い残すと吉田は奥の部屋に引っ込んでしまった。するとどうだろう。雄三の身体がみるみる縮んでいくではないか。


「おい、マジか」

 気が付くと雄三は大人の服をかぶった3歳児に変貌していた。


 雄三は急いで子供の服に着替えた。そして、そばにあった鏡に自分の姿を写してみた。そこにはたしかに子供の雄三がこちらを向いて立っていたのである。


 背後の扉が開き、女性が入ってきた。鏡越しに雄三と目と目が合った。雄三は振り向いた。そこに亡き母が立っているではないか。


 雄三はしばらく動けないでいた。長い年月、雄三はひとりぼっちだったのである。足が動かない。


「ゆうちゃん」母が優しく話かけてくれた。「ゆうちゃん元気だった?」


 母の声が雄三を突き動かした。雄三は思い切り母に抱きついた。


「おかあちゃん!おかあちゃん!おかあちゃん!」


 雄三の眼から涙がとめどなく溢れた。母役の女は雄三を優しく抱きしめてくれた。女優なのだろうか、母も両目から綺麗な涙を流していた。


「ゆうちゃんごめんね。寂しかったね。本当にごめんね」


 雄三は母の胸に顔をうずめて泣き続けた。そして母の胸の内で、安心しきった雄三はそのまま眠りに落ちていった。


※※※※※※


「よかったですね。息子さんを抱きしめることができて」


「ありがとうございます。吉田さんのおかげです」


 雅の女主人が頭を下げた。顔を上げると、老婆の目にはまだ涙の跡がくっきりと残っている。


「わたしはあの子を産んだ後、人を殺めて刑に服していました。親族はそれを雄三に隠すためにわたしを病死したことにしたのです。わたしもそれで良かったと思っています。でもこの歳になりますと、どうしても我が子をこの手に抱いてみたいという想いが日に日につのってきましてね」


「分かりますよ。ただご承知のように、あの薬はひとりにつき1回だけしか効力がありませんからね」


「だいじょうぶです。これでいつ死んでも後悔しないで済みます」


「それでは約束通り、雅さんが亡くなるまで呑み代は無料ということで」


 吉田は店を出て、空を見上げた。


 遠くで鯉のぼりが、まるで母と子供のように元気にはためいていた。

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