世界の人口80億人中の20億人。つまり1/4の人々は日常的に安全な飲料水を手に入れることができていないという事実をあなたは知っているだろうか。
「ちょっとさ、“人口ポールシフト”をやってやろうかと思うのだが」
水神は地神にそう言った。
「なんじゃい。その“人口ポールシフト”というのは?」
地神は白く長いあごひげをいじりながら水神に尋ねる。
「教えてほしいか?」
丸顔の水神がもったいぶった言い方をする。水神と地神は、いわば水と油のような関係だった。
「水臭いことをいうな。ちゃんと説明せい。このあいだ、水ようかんを奢ってやっただろうが」
「仕方がない。魚心あれば水心じゃ。いいかの、普通のポールシフトというのは、地球の軸がズレることをいうのだ。でも人口ポールシフトというのは、地面はそのままで、そこに住む人間と建物だけがズルッと動くんじゃよ」水神がニヤリと笑う。「そうなるとどうなると思う。今まで湯水のように水道水を使っていた者たちにとっては、寝耳に水の状態じゃ、もはや覆水盆に返らずじゃな。」
「あんたの説明、立て板に水のようじゃな。それで・・・・・・そうするとどうなるんじゃ?」
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「お母さん、水が出ないよ」
子供は洗面台にある水道の蛇口をのぞきこんだ。
「あら、どうしたのかしら?」
不審に思った母親が水道のバルブを開け閉めしている。
「おい、テレビを観てみろ!」
居間で新聞を読んでいた父親が大きな声を上げた。
“臨時ニュースを申し上げます。
現在日本にお住まいの全家庭の水道が断水しております。パニックにならず、落ち着いて行動してください。
なお、昨日まで飲料水が確保できていなかったバングラデシュやエチオピアなどの人々が、豊富な飲料水を確保できるようになったと発表されました。現地の子供達は、これで水汲みをする必要がなくなったと、まるで水を得た魚のように勉学に励んでいるそうです”
「お父さん、午後から給水車が出るそうよ」と、母親が言う。地区のLINEグループからメールが入ったらしい。
「水を差すようだが、きっと焼石に水だろうよ」父親は肩をすくめる。「水源がないからすぐに枯れてしまうさ」
「そんなこと言ったってはじまらないでしょ。とにかく生きて行くには水が必要なのよ」
「わかった、もはや配水の陣だ。家族全員で水をもらいに行こう」
しかし事態は父親の言う通りに進んだ。給水はすぐに行き詰まり、世界的な水の争奪戦が始まったのである。
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「ひどいもんじゃな。あちこちで戦争が始まったではないか。渇しても盗泉の水を飲まずということわざを知らぬのか」
下界を見下ろしながら、地神が嘆き悲しんだ。
「少し懲らしめてやろうかと思ったが、年寄の冷や水(年齢を考えずに無謀な行動する)だったかのう」
さすがの水神もこの惨状にはいささかやり過ぎたと反省しているようだ。
「まあ、水清ければ魚棲まず(少しは遊びがなければうまくいかない)というじゃろう。これぐらい混沌とした時代も、人間の成長には必要じゃて。いかに水神とて、上手の手からが水が漏れる(誰しも失敗はある)こともあろうというものだ」
と、地神は水神をなぐさめる。
「うむ、それもいささか我田引水(自分勝手)な解釈にしか聞こえぬがな」
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上善は水のごとし(ひとと争うことをしない)という主義の人間たちは、とうとう地球を飛び出し、水星に活路を見出すことにした。
「人間というのは蛙の面に水(まったく応えない)みたいに強いものだ。水火も辞せず(恐れを知らず)に水に絵を描く(不可能な)ようなことをしよる」
水神と地神も心そこ感服した。たしかに水星に移住するのは水の泡に帰することになるかもしれない。それでも流れる水は腐らずである。人類はたくましく生き続けて行くのであった。