小谷の部屋は物が多く、床にはアダルトな雑誌が転がっており、床の節々に丸められたティッシュ達が落ちている。
あえて、今日一日何をしていたかは聞かない。
クッションを一つ手渡してくれた。
お茶を出さないと言った小谷だが、僕が座る場所は提供してくれた。ありがたく、床にクッションを置き、その上にお尻を落とす。
先生から預かったタグを2枚床に置いた。
タグの番号は一枚が1110、もう一枚が1123だった。
「小谷、どっちがいい?」
先に小谷にどっちの番号が良いか聞いてみる。小谷は大きく息を吐き、薄目でタグに視線を移した。
「どっちもヤダよ。つーか、なんで2枚もあんだよ。俺の代わりに相田が犠牲になったんだろ」
「相田さんが抜けたことで、人数が更に合わなくなっただけ。結果的に男子が多くなって、僕と小谷が制度の対象者になっただけ」
「なっただけって……飯倉はそれでいいのかよ」
「僕はもう覚悟決めたから」
僕が覚悟を決めたからといって、小谷もすぐに覚悟を決めれるとは限らない。ベッドにゴロンと横になり、不満を漏らし始めた。
「国に結婚相手決められるなんてありえねえだろ! どうすんだよ、デブでぶっさいくな女だったら……俺、勃たねぇよ!」
床に転がっている表紙の女優は、胸が大きくスラッとしていて、顔もバツグンに可愛い。さすがにこのレベルの女はいないと僕も思う。
というか、普通に生きていてもまず出会えないだろう。
「もし性行為が無理なら、他の方法を取らせられると思うから。そこは気にしなくていいと思うけど……」
「はあ!? そうじゃねぇよ、バカ! ドキドキもキラキラもなきゃ楽しくねぇだろ!」
この期に及んで、国が決める結婚相手にドキドキやキラキラを求めているのならある意味すごい。僕はそんな元気はない。
「やっぱり逃げるしかねぇよ!」
まだ逃げることを考えている小谷。そんな小谷に「1110」のタグを渡す。
「は!? いや、いらねぇって! おまえ、俺の話聞いてたか!?」
「うん、聞いてるよ、大丈夫。だから小谷にこれを渡す」
「いや、だからいらねぇって!」
「相田さんのタグは『1109』この意味分かる? 僕が今、小谷に差し出している番号は『1110』だから、もしかしたら相田さんとペアになれる可能性があるかもしれない」
小谷は「は?」と、半笑いで口を開いた。
「相田さんだったら小谷も安心でしょ」
「……そりゃあ、不満はねぇけど……あ、でも相田ってヤリマンビッチの性病持ちだろ……矢野が性病移されたって言ってた」
すっかり忘れていた矢野の嘘を掘り起こしては、小谷は顔が青ざめていた。
「それ矢野の嘘。矢野、相田さんが好きだから。相田さんと他の男子がパートナーになるのがイヤでついた嘘だから」
「はあ? じゃあそのタグ矢野に渡せばいいじゃん!」
小谷はタグを受け取ることはせずに、ベッドの端へと逃げた。
「いや、絶対一緒になれる確率はないし。それに、矢野みたいな超絶イケメンが国の制度受けるのって。なんかイヤじゃん」
小谷は「確かに」と頷いた後、「だったら俺って思われんの超イラつく」と僕を睨んだ。
「だ、だからせめてものお詫びに相田さんと近くの数字をやるって言ってんだろ!」
キリがないので、相田さんの隣の番号が書かれてあるタグを握らせる。
「……飯倉はぶっさいくな女子でもいいの?」
「ぶっさいくでも性格が悪くなければ、もう誰でも良いよ。つーか、国が決めるんだから、僕らがああだこうだ言える筋合いないけど……」
「じゃあ、もしお互い最悪な女に当たっちまったら、愚痴を言い合いながら生きていこうぜ!」
「ん、それでいいよ」
小谷が了承してくれたことで、僕ももう一つの番号の「1123」のタグを手に取る。そして、そのタグを机の上に置いた。
「……気が変わらないうちに指紋、付けてしまおうか」
「……そうだな」
タグを裏返し、指紋のところに付けられているフィルムを剥がす。
ここの金属に指紋を付けることで、僕らの運命がカラリと変わってしまう。そう思うと緊張してきた。
「汗すごいなおまえ、漏らされても困るし、一旦便所行ってくれば?」
小谷に言われるがままにトイレをお借りする。
――はあ、トイレ落ち着く。
ずっとトイレにいたい……
トイレで気分を落ち着かせ、小谷の部屋へと戻った。
「……ご、ごめん、遅くなった」
気を取り直して、もう一度クッションの上で正座をして気合を入れる。
「――よし、いくぞ、せーの!」
小谷と一緒に指で指紋をつける。僕も小谷もくっきりと疑問がついてしまった。
……終わった。僕の青春。でも後悔はない。
図々しくも、小谷のベッドにダイブする。ふかふかできもちよかった。小谷も僕の横に寝転んだ。お互いに真っ白な天井を見つめる。
「せめてAV観るの許してくれる女がいいな……」
小谷は国が決める結婚相手の理想を語りだした。
「うん、そうだね。少しくらい息抜きほしいね。それでも、この床に落ちてるティッシュの量はシコりすぎだと思うけど」
「いや、健全だろ! 飯倉も全部を管理するような女じゃなきゃいいよな。まあ、相田はんなことしねぇだろうけど……頑張れよ……」
……ん? 頑張れよ?
小谷の言葉に疑問を覚え、ベッドから起き上がり自分が付けたタグをひっくり返す。
「……え!? あ……え?」
僕が持っていたタグの番号は1123だったはず。それが何故か1110となっていた。
「え、小谷……お前……」
小谷を見ると、小谷は顔を逸らしてまた天井に視線を向けた。
「いや、相田を引っ掛けておいて一緒に人生を共にするってなったら、俺ずーっとヘコヘコ頭下げてから生きていかなきゃじゃん!? しかも相田、ギャルだから怖いし。バッグには矢野いるし。マジでムリ、相田だけはマジでムリ」
小谷は否定しながら首を横に大きく振る。
確かに小谷の言いたいことは分からなくもない。
でも、こんな偶然……良いんだろうか。