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第2話 いいなぁ。そういう誇れる感じ 2/3

(いや、でも、まさか……姫さんって王族の中では珍しいくらい人当たりが良いし……いやでも、内心は俺たちなんて嫌っていて当然なのかも……)


 一般的なセレブはパパラッチを嫌悪している。パパラッチは通常相手の許可も取らずに写真を撮り、何倍も大袈裟に記事にしてはゴシップ雑誌に掲載して売りさばくからだ。

 スクープを撮る為なら違法行為も厭わない彼らは、パパラッチの語源となった「ハエ」のように鬱陶しい存在なのだ。ミラだって笑顔の皮膚の下では鬼の形相をしていたっておかしくはないのである。


(俺は根拠のない記事で評価されるのなんて嫌だ。だから姫さんの悪口と映りの悪い写真だけは絶対載せないようにしてる)


 パパラッチの仕事に対してやる気もやりがいも感じていないマイロだが、彼にだってプライドがあった。

 記事を書かせてもらう以上、『スクープ以外で、ミラを傷付ける記事を書かないこと』、『ミラをより魅力的に写すこと』を自分に課した。

 いくら誇れない仕事であろうが、それが自分にできる最低限の礼儀である。と、マイロはマイロなりに考えていた。


(とはいえ姫さんからすればパパラッチなんて全員同じ穴の狢のはず……。嫌われてたっておかしくない)

(マイロがこっちを見てる……嬉しい)

(だけど俺だって奨学金を返すまでは仕事を辞められないんだ、許してくれよ)

(サングラスとミニスカートを履いてきて良かった! 今日は絶対、マイロのこと悩殺してやる!)

(あのサングラスの奥で実は俺の事睨んでるのかも……。はっ。ミニスカートも実は囮なんじゃ……)


 ミラの思惑は全て裏目に出て、マイロとはまるで月と太陽のようにすれ違っていた。

 恋とはただ真っ直ぐ歩むことも厳しい茨の道である。


(とはいえ、姫さんはサングラスなんて普段はかけないし、ミニも履かないはずなんだけど……)


 マイロは気を撮りなおして、改めてミラの服装をファインダー越しに確認した。

 ミニ丈のスカートに同じ柄のジャケット。白いブラウスに黒いブーツ。

 そして謎のサングラス。


(俺もプロだし、女性向けファッション誌は一通り見るようにしてるんだ。あれは全部新作のアイテム。だから相当気合が入ってるはず)


 数か月ミラのファッションを纏め続けているマイロは違和感を覚えていた。

 ミラは普段ミニスカートは履かないし、サングラスのような少しかっこいい系のアイテムも身につけないはずなのだ。


(どこにターゲットを絞ったんだろう?)


 特に大学の日はシンプルな装いが多い。だというのに今日はいつもと少し華美すぎる。

 当然、ジャーナリストであるマイロは推測する。これにはきっと意味があるはずなのだ。

 そして電撃が走るようなひらめきがマイロの脳内を駆け巡った。


(まさか、姫さん、ついに男とデートか!?)


 こっち側でもすれ違いが生じていた。


(男の影がないと思っていたけど思い込みだったか⁉ サングラスは男の影響でかけ始めたのか?)


 マイロはカメラを構えながら必死で考えていた。

 ――相手は誰だ!?

 婚約者候補の1人として挙げられている、高校生時代のプロムで相手役を務めた例の幼馴染だろうか?

 いやいや、大学生なのだから同じ大学の生徒だって十分あり得る話だ。パパラッチたちにばれないようにこっそり付き合っている相手がいる可能性もある。


(これはついに俺にとって初めての大きなスクープかもしれない!)


 そう思うとマイロにも少しやる気が漲ってきた。


(やっとチャンスが巡ってきた! 絶対に相手の男を特定してデート現場を撮ってやる!)

(マイロが嬉しそうに笑ってるわ! こういう服が好きなんだ!)


 互いににやけそうな口元を必死で抑えながら、マイロはカメラを握り、ミラはサングラスを指で押し上げる。


 マイロにはすでに未来のビジョンが見えていた。男との密会というスクープをきっかけに出世の階段を駆け上がり、希望の部署への配置換えが叶い、夢への一歩を歩き出した自身の姿だ。


 一方でミラにも見えていた。マイロはこの後、ミラに接触してきて電話番号を渡してくる。ミラはドキドキしながらもマイロに電話するが、最初は緊張して数分しか会話ができない。しかし夜を重ねるごとに通話時間は伸びていき、互いの距離はどんどん縮まっていく。2週間ほどしてお茶会に彼を招く仲となり、そのうち2人は夜景の綺麗なレストランで食事をし、ホテルの最上階で宿泊した晩に相思相愛の仲になる。堅物な父は最初ミラとマイロの関係に反対するだろうが、それでも♡強い愛♡で結ばれた2人はいくつもの壁を乗り越え、めでたく結ばれる。という妄想、いや未来が。


「ミラ様、顔がにやけていますが何かありましたか?」

「いいえ! 太陽がまぶしくって!」

「? ですから本日は曇りですが……」


 とはいえ、ミラは忙しい身だ。もう数分歩けば迎えの車に辿り着いてしまう。

 どうすれば自然に恋に落ちることができるのだろう。

 ゴミ1つない美しいキャンパスを歩いているというのに、ミラの頭はそのことでいっぱいであった。


「ッ! ミラ様」


 けれどミラは、マーゴットの叫び声と、今にも雨が降りそうなぶ厚い曇り空が視界に入ってから気がついた。

 自分が足を滑らせて、今にも段差から転び落ちそうになっているということを。


(普段かけないサングラスをかけたからだ。足元がちゃんと見えてなかった)


 ミラは浅はかな自分の行動を後悔していた。

 それでも、無意識に受け身の体制を取ろうとした。だが、足元はすでに宙を浮いていて踏ん張れるものがない。


(やだやだやだ、石段に頭をぶつけちゃう)


 けれど歯を食いしばった瞬間、誰かがミラの細い腰を掴んで押し上げた。たくましい腕でミラを抱き上げるように掴んだ後、ミラをゆっくりと下ろした。

 頭から転びそうになったミラを、一瞬の間に誰かが掬い上げたのだ。


(もしかして、またマイロが)


 落下する恐怖でぎゅっと目を瞑っていたミラは、瞼の裏でマイロが必死に自分を守っている顔を思い浮かべてた。


 ――もし、私を助けてくれたのがマイロだったのなら、どれほど幸せなことだろう。


 ミラは高鳴る胸を抑えながらそっと目を開けた。


「ミラ様、大丈夫でございますか!?」


 親の顔よりも見た覚えのある従者のヒューゴの濃い顔面が目の前にあった。


「ミラ様、いかがされましたか? 足を捻りましたか?」


 無反応のミラにヒューゴが心配そうに眉を下げる。

 ミラは真顔のまま「ううん。だいじょーぶ」と返事した瞬間に、遠くで誰かが焚いたフラッシュがぴかっと光った。


(……。マイロの前なのに恥ずかしい)


 恥をさらしてしまった。

 恥ずかしくて、ミラは真っ赤になった顔を両手で覆い隠す。

 こけた間抜けな瞬間をきっとパパラッチ全員が撮っただろうし、何よりもマイロに見られてしまったのだ。


(マイロと普通にお話ししたかっただけなのに、こんなアイテムに頼ったのがダメだったんだわ)


 マーゴットとモーヴの心配する声も耳に入らないほど恥ずかしさを覚えたミラは、まずはサングラスを外して胸ポケットに片付けた。


(神様が私のことをお叱りになったんだわ。今日はこのまま大人しく家に帰ろう……)

「あの! 姫さん!」


 ところが、遠くからミラたちを呼び止めるような声が聞こえた。

 ミラが涙目のまま振り返ると、目線に先にいたのは、気まずそうな顔をしたマイロ本人だった。


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