「好きです、先輩。俺と付き合ってください」
「へぁっ?」
桜の残り香に新緑の匂いが混ざる頃。
俺は帰りの校門で、見知らぬイケメンに特大の爆弾を浴びせられていた。
「好きです。先輩」
「いやいやいや!」
「俺と付き合ってください」
「待て待て待て!」
ぐっと距離を詰めて来る男に慌てて距離を取ろうとする。が、すぐさまそれを阻止されてしまう。
(ひぃいいっ!)
何だコイツ! 誰だこのイケメン!? つーか顔いいな!? 写真映えしそうで羨ましいわ!
「好きです。先輩。俺と付き合って下さい」
「ちょっ、わ、わかったからっ! 少し離れろって……!」
「なんでですか」
「ち、近いんだよ!」
ぎゅうっと握られる手に、俺は冷や汗を流す。「そんなことないです」と詰め寄って来る彼に、俺は「ありますけど!?」と声を上げた。力強いその手から逃げようと何度も腕を引いているのに、びくともしない。
(力つっよ!? ゴリラかよ!)
もう俺の頭の中は大パニックだ。
新年度早々知らない男に迫られるなんて、人生どう転んだらそんなことになるのか。誰か教えて欲しい。いや、やっぱり教えないでくれ。これ以上傷を負いたくない!
(ね、ネクタイが赤……新入生か?)
なんでこんなイケメン新入生がこんな所でこんなこと言ってんだよ!
「と、とりあえず離せよっ、!こんな所でする話じゃねーだろ!」
「わかりました」
パッと離される手。
(うおっ、素直)
「じゃあどこかに移動しましょうか」
「へっ!?」
ぐっと手を引かれ、たたらを踏む。
(ちょ、ちょっ、!)
「お、おい待て! お前っ、俺をどこに連れて行くつもりだ!」
「うーん……人気のない所?」
「ギャー――! 離せ! 離せぇええ!」
力強い手でズルズルと引きずられていく。
俺の抵抗なんて全く感じていないのか、目の前の男は微動だにしない。
(くっそ、この怪力ゴリラめ!)
ズンズンと校庭を突っ切って行く男。腕を掴まれている俺も、もちろん一緒なわけで。
「あー、あのさ。その、人違いじゃねーの?」
「そんなことありません。俺が先輩を見間違えるはずありませんから」
「は、はあ!? 何のはな――」
「なので、俺と付き合ってください」
(話聞けって、だから!)
目の前の男が何を考えているのか、全くわからない。ぎゅっと握られた手を見下げて、俺は逃げるのを諦めた。
(新入生の癖に、デカいな……)
自分よりも一回り大きい手。生意気に身長も自分よりうんとデカい。スポーツでもやっていたのだろうか。
「……なんか腹立ってきたな」
「? どうかしましたか?」
「何でもねーよ」
はぁっ、とあからさまにため息を吐く。このニブチンにはこんなことしたところで、気づかないだろう。
とりあえずついていくと、校舎裏にまで来た。
足を止める男に、俺は慌てて手を引く。思ったより簡単に離れてびっくりした。
「それで。此処まで連れて来て何の用だよ」
「好きです。付き合ってください」
「再生テープでも持ってる?」
「?」
さっきから同じ事ばっかりで、耳にタコが出来る。
(他に言いようがないのか)
首を傾げるイケメンをじっと見上げ、俺は眉を寄せる。重い前髪の向こうから見える目が、俺を射抜かんばかりに見つめている。
(……冗談じゃないってのはわかるけど)
それとこれとは話が別だ。
「つーかお前誰だよ。まずは名を名乗れ」
「あ、そうか。そうですよね」
イケメンはコホンと咳をすると、真っすぐに俺を見て来た。切れ長の目は、やっぱり雰囲気がある。
ズイっと近づけられる顔に、俺はビクッと肩を揺らした。
(ちかッ!?)
「俺、
「ちょ、ちょっとタンマ! 近い! 近いし、そこまでは求めてないっつーの!」
「そうですか? 俺はもっと先輩に俺の事知って欲しいんですけど」
「俺はもっとゆっくり知りたい派だ!」
(それと顔が近いつってんだろ!)
ぐぐぐっ、と男――甘利の顔を押し退ける。
「先輩、痛いです」
「お前が離れないからだろっ」
ぐっと押し込めば、ようやく甘利は離れてくれた。
甘利は押された頬を擦っている。細い目が俺を見た。視線の強さにドキッとする。
「な、なんだよ。お前が離れないから仕方ないだろ。も、文句は聞かねーからな!」
「……俺、もう右頬一生洗いません」
「それは洗えよ」
(心配して損した)
キラキラした視線がくすぐったくて、俺は咄嗟に視線を逸らす。イケメンだからって何言っても許されると思ってるのか。今のはだいぶ変態ちっくだったぞ。
頬に触ったまま花を飛ばす甘利に、俺は「あー」と声にならない声で唸り声を上げた。
「“あまり”ってどうやって書くんだ?」
「えっ? ああ、甘いに利益の利、檸檬はそのまま果物の檸檬です」
「へぇー」
(全然わかんねー)
丁寧に説明してくれる甘利を見つめ、俺は生返事を繰り返す。
「……先輩、わかってないでしょう」
「悪かったな。俺は漢字には疎いんだよ」
「じゃあ今書きますね」
「は? いや、そこまでしなくても」
「いいんです。俺が知って欲しいだけですから」
ゴソゴソと鞄を探る甘利。もう何もかも面倒だ。
「……好きにしろ」とため息を吐けば、「ありがとうございます」と手を取られた。
(……ん?)
手?
「お、おいっ、お前……!」
「大丈夫です。俺、字は綺麗なので」
そ う い う 問 題 じ ゃ な い ! !
掴まれた手に黒いペンが走る。
(それ油性じゃねーか!!)
慌てて手を引こうとしても、全く動かない。
抵抗も虚しく、手のひらには『甘利檸檬』の文字が刻まれてしまった。
「お、お前ぇぇええ……!」
「字、綺麗でしょう? 俺にも書いていいですよ、先輩の名前。『
「書かねーよ! っていうか、なんで俺の名前知ってるんだよ! コワッ!」
「先輩の事だから当然です。全然怖くないです。春さんって呼んでいいですか?」
「余計に怖いわ! あと先輩つけろ!」
「わかりました。春先輩」
(何なんだよ、コイツ! 話聞かねーな!)
真っすぐ見つめて来る視線に身震いがする。ちゃっかり俺のこと名前で呼んでやがるし、つーか嬉しそうな顔してんじゃねーよ!
「あーもう。……好きだとかなんだとか、わかんねーよ」
「? 本気ですよ?」
「そういうことじゃねーって」
俺は大きく空を見上げる。
近くの花壇に腰を下ろした。甘利も流れるように隣に座りだす。……なんか、近くないか? 近いよな? 肩ぶつかってるし、腕も触れてるし。
俺はさっと腕を自分の内側に引き入れた。甘利がショックを受けているのが見える。
「お前、わかってんのか?」
「はい?」
「俺、男。お前も、男。分かるか?」
「はい。分かってます」
「じゃあこれがおかしいのもわかるか?」
「?」
首を傾げるな、バカ。
俺はつい天を仰ぐ。春の日差しが眩しくて、思わず目を覆う。
(どーーーしよ)
どうやってこいつにわからせようか。
(いや、もういっそのことちゃんと言った方がいいんじゃないか?)
男同士なんて不毛だと。
そうすれば、コイツもわかってくれるんじゃないだろうか。
そもそも、俺は可愛い女の子の方が好きだし。
(それに、俺は高校生になったら可愛い彼女を作って、青春を謳歌するんだって決めているんだから!)
だからここで流されるわけにはいかない。
「春先輩。俺っ」
「悪い! 俺、お前の気持ちには応えらんねーわ」
「せんぱ――」
「そういうことだから、じゃあな」
俺は勢い良く立ち上がった。
甘利が何か言っていた気がするが、俺は振り返ることも無く、足早に校舎裏を後にした。