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2-2 サリーの欠勤理由が風邪とは思えない

 花柄のカップに、ジンはインスタント珈琲の粉をスプーン一盛ひともり、砂糖五杯を入れた。


「……お前ら?」

「おう、お前とサリーの代わりに、午後の訓練は俺が駆り出されんだよ」

「そう言えば、さっきも、あいつが休みだって聞いたが……まて、ジン。遠征から戻ったばかりなんじゃ?」


 怪我をした自分の代わりなら理解が出来たが、サリーの代わりとはどういうことか。理解が出来ずに、モーリスは顔をしかめた。

 ジンは湯気を立てる珈琲を啜ると破顔した。


「休暇っつうてもトレーニングに行くつもりだったしな。ひよっ子どもを、久々しごくのも悪くねぇ!」

「……あぁ、悪いな」

「気にするなって。怪我が治ったら、酒の一杯でも奢ってくれ」


 それでチャラだと言い、モーリスの背をバシバシと叩いたジンは再び珈琲を啜ると給湯室を出て行った。


 昨日、会った時は元気そうだったサリーが欠勤とはどういうことか。

 インスタント珈琲の粉を入れたカップを前に、モーリスは思案した。業務を押し付けて無理をさせすぎたのだろうかと、少し申し訳ない気持ちになりながらカップに湯を注いだ。


 片方のカップには砂糖とミルクを追加する。

 白い渦を描いたミルクが崩れ、次第に甘くやわらかな色身に変わっていく。それを見ながら考えてみても、サリーの現状が分かる筈もないのだが、モーリスは低く唸って首を傾げた。


 二つのカップを手にしたモーリスか教官室に戻ったると、昼休憩で出払っているためか、だいぶ人がまばらになっていた。

 書類に向かう綾乃に、花柄のカップを差し出す。


「少将ちゃん、珈琲をこちらに置いておきますね」

「ありがとうございます」


 カップを目視した綾乃が再びペンを走らせると、モーリスは彼女の邪魔にならないよう少し離れた場所へと移った。


 空いていた椅子に腰を下ろして、教官室にサリーの姿がないことを確認していると、後ろから質の悪い風邪が流行っているらしいと話か聞こえてきた。

 サリーも風邪を引いたのかと考えてみるも、彼が風で寝込むイメージがつかず、モーリスは眉間に皺を寄せて珈琲を啜った。


 昨日会ったとき、風邪の症状など微塵もなかった。いつもと変わらない怒鳴り声と姿は、誰がどう見ても風邪をこじらせる前の姿とは思えないだろう。


 そもそも、爪の先まで手入れを怠らないサリーは、手洗いうがいどころか、加湿だ保湿だと常日頃うるさい。病原菌の方から逃げ出しそうなほどだ。食事は軍の食堂で食べることが基本だから、健康そのもの──いや、飲酒量だけは尋常ではないが、それ以外は健康の代名詞のような生活をしている男だ。


 それなら二日酔いかだろうかと考えてみるが、翌日に支障が出るような飲み方をするのは想像できなかった。


「風邪ねぇ……」


 ぼんやり考えながら濃いブラック珈琲を啜ったモーリスは、ケイのことを報告ついでに見舞いへ行くかと思い至った。


 丁度、カップの中身が空になり、モーリスが顔をあげたときだった。後ろから「お待たせしました。移動しましょう」と声がかけられた。


 ◇◇◇


 食堂は、遅い昼食をとる姿がちらほら見られた。少し昼食の時間からずれていたためか、喧騒もなく静かなものだ。

 本日のB定食の並んだトレイを手にした綾乃が椅子へと腰を下ろした。そうして、モーリスに向かいへ座るよう促す。


「午後の予定は、大丈夫ですか?」

「ご心配なく。実地訓練に向かった隊の出迎えまで時間があります。それより、話はケイ・シャーリーのことですよね?」


 食事をしながらにしようと言い、綾乃は箸を手にすると煮物を口に運び始めた。


 箸を苦手とする者も多い中、彼女は実に綺麗な所作で食事をする。一つ一つの動きに無駄がなく、さすがは翁川少将の孫娘だと言わざる負えない。

 日頃あまり笑顔を見せないが、笑ったら年相応に可愛いらしく、きっちりと結い上げた鳶色の髪を飾る椿の髪飾りなんかは、奥ゆかしささえ感じる。そんなことをモーリスがしみじみと思っていると──


「モーリス、どうかしましたか?」


 不思議そうに綾乃は瞬きをした。

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