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第三章

3-1 休日デートは誰のため

 人気のない通路でモーリスは困り果て、誤魔化すように笑顔を繕っていた。彼に詰め寄っている女性は両手を合わせて「お願い!」と何度目になるか分からない一言を発した。


「モーリス、お願いだから付き合ってよ、ね?」

「そう言われてもね」

「一度会えば、あの子の良さもきっと分かるから!」

「別に、君の友人が悪い子だとは思ってないよ?」

「だったら、食事くらい、ね!」

「食事で終わった試しがないんだけど? それに──」


 壁に背をつけて腕を組み、困った様子で話をしていたモーリスは、コツンッと鳴るヒールの音に反応して横を見た。瞬間、その顔がぱっと晴れやかになり、壁から背を放した彼はそちらに体を向けた。

 合わせていた手を放した女性も、釣られるように振り返ると、彼とは反対にその表情を曇らせた。そうして、がっくりと項垂れて「サリー」と、その人の名を呼ぶ。


「待ってたぜ」

「ねぇ、そのご主人様を見つけたペットのような眼、やめてくれる? 気持ち悪いわ」


 深々とため息をついたサリーは、冷ややかな視線を投げる。だが、モーリスはそんなことで動じる男ではない。


「キャス、悪いけどさ。君のお友達に謝っておいてくれ。佐里以上に愛せるヤツはいないから、諦めてくれ」

「気持ち悪いこと言わないで! キャス、こんなクズ男、友達に紹介することないわよ」

「そう言いながら、看病してくれたじゃないか」

「あれは、少将ちゃんがお願いって言うからでしょ!」


 顔をぱっと赤らめたサリーは拳を振り上げた。その瞬間、キャスと呼ばれた女性は盛大なため息をつく。


「もう、サリー、いい加減こいつとくっついてよ! そうすれば、あたしだって友達に説明しやすいんだから!」

「なっ! 何でそう言うことになるの!?」

「ツンデレなんて、流行らないわよ」

「そんなんじゃないわよ!」

「あたしはあなた達と付き合いも長いし、モーリスがサリーしか見えていないのも、よーく知ってるわ。でも、全く理解してくれない子もいるの。やれ合コンをセッティングしろだの、個人的に会わせろだの……次から次に、こっちも困ってるのよ!」

「それと、あたしがこいつと付き合うのは関係ないじゃない!」

「ありよ。大あり! どうせ他の子じゃ、モーリスとは一ヶ月すら続かないんだから。もう、カモフラージュでも何でもいいから、せめて、休日デートでもして牽制けんせいして来い!」


 捲し立てるように言い放ったキャスは、涙ぐむと「ほんと疲れたわ」とぼそりこぼした。その様子を見て、サリーは嫌そうにモーリスを見上げる。その表情に反して、彼は満面の笑みだ。

 ぐんっとサリーの肩を引き寄せ、モーリスはキャスを呼んだ。


「そんなことでいいなら、お安い御用」

「ちょっと、気安く触らないで」

「明日、丁度デートなんだ」

「ねぇ、あたしの話聞いてる?」

「てことで、キャス。君の友達には断っておいてくれ」


 どう見ても、デートの約束をしている二人には見えない様子に、キャスは「本気なの!?」とサリーを振り返った。


   ***


 基地からほど近いアサゴの中心街、その目抜き通りにあるシンボルツリーの前で二人は待ち合わせていた。


 約束の時間に遅れることなく訪れたサリーは、女性数人に囲まれているモーリスを見つけ、深々とため息をつく。

 モスグリーンのコートの下には黒のテーパードパンツに白いニットシャツ。鍛えられた筋肉がいやらしくない程度に目につくのだろう、周囲の女性たちはちらちらとモーリスの胸元を見ていた。


 見た目だけなら一級品。自他とも認めるその美しさに、サリーは苛立つ気持ちを押し込め、近づいた。


「おまたせ」

「時間ぴったりだ」

「あたしより、こちらのお嬢さん方とデートしたら?」

「へぇ、妬いてくれるんだ」

「違うわよ!」


 かっとなって怒鳴ったサリーは、伊達眼鏡を押し上げるとプイっとそっぽを向いた。


「お嬢さん方、これで俺が嘘ついていないって分かってもらえたかな?」


 にこりと笑ってサリーの肩を抱き寄せたモーリスは、女性たちに手を振ると、行こうかと言って彼を促した。

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