目の前の二人を微笑ましそうに見ていた綾乃は、次に来るだろう質問も予測がついていたのだろう。サリーが再び「少将ちゃん」と呼ぶと、彼に小さく頷いた。
「慎士のことは、なんて伝えて……」
「全てを話してはいませんが、彼女は、むしろ謝りたいと言ってました」
「謝りたい? いい様に使われたってのに、おめでたいな」
「モーリス! 清良ちゃんは優しい子なのよ!」
呆れるモーリスをサリーが睨みつけると、綾乃は同意をするよう、優しい笑みを浮かべた。
サリーの濡れた頬を、白い指がそっと撫でる。
「サリー。織戸さんが、あなたにも謝りたいと言っていました」
「あたしに?」
「はい。自分の弱さであなたを傷つけ、巻き込んでしまったと言ってました」
「そんな……巻き込まれたのは清良ちゃんなのに!」
「私も、そうお伝えしたのですけどね」
清良が申し訳なさそうに笑っていたことを伝え、綾乃は自分の手をちらりと見た。その指先が触れる頬は、煤と涙で黒ずんだいる。
「染野慎士の件、彼女には辛い記憶となるでしょうが……どんな形であれ、掴んだ手を離さないで欲しいものですね。私たち軍人は、その手があることで、戦えるのですから」
「……少将ちゃん」
「きっと、ケイが離さないですよ」
立ち上がったモーリスはサリーを引っ張り、腕の中に引き込む。そうして、汚れたピンクブロンドの髪に指を差し込み、優しく頭を抱き寄せた。
「幼馴染の腐れ縁ってのは、恋愛以上に強いもんなんですよ。少将ちゃん」
サリーの顔が真っ赤になる。それを見て、綾乃は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。
「ふふっ、あなた達を見ていると、そう信じたくなるから不思議ですね。きっと、織戸さんも──」
「ちょっと、少将ちゃんの前でべたべたしないで!」
「少将ちゃんがいなければ良いんだな。よし分かった」
「そういう事じゃないわよ!」
「照れるなよ」
ぐんっとサリーの足がしなり、それを受け止めたモーリスはにやりと笑う。
言葉を奪われた形になった綾乃は、そんな二人の
「照れてないわよ!」
顔を真っ赤にしたサリーは、最後の足掻きとなる声を廊下に響き渡らせた。
***
綾乃と別れて宿舎に戻り、部屋のドアの前で立ち止まったサリーは横をちらりと見た。
「ねぇ、モーリス……」
隣の部屋のドアノブに手をかけていたモーリスが、きょとんとして振り返る。
二人の視線が一瞬、合わさった。しかし、森で交わした口約束をほぼ同時によぎらせた二人は、若干の気恥ずかしさを感じたのだろう。どちらともなく視線を外した。
何か言い出しにくそうな顔をしたサリーを盗み見て、お互いに離れがたく思っているのを感じたモーリスは、この場に
「そうだ。明日、ケイの見舞いに行かないか? 織戸清良のことも気になるだろ?」
「……しばらく入院するって言ってたものね」
「念のための検査や聴取もあるからだろうからな」
ドアノブから手を放したモーリスは、ゆっくりとサリーに歩み寄り、味気のないスチール製のドアに腕をつくと、その顔を覗き込んだ。
視線がついっと逸らされた。
何かを言おうとしたのだろうか。少しばかり開いた赤い唇が、すぐさま閉ざされた。
「部屋に入らないの?」
「入るわよ。って言うか、あんたがドアを押さえてるんでしょ」
「そう?」
ほらどうぞと言わんばかりに、ドアから腕を放したモーリスは、きまり悪そうに唇を尖らせたサリーに「寂しい?」と問いかけた。
「……そんなんじゃないわよ」
「そう?」
「ただ……色々考えたら、眠れそうにない、かな」
モーリスの反応を
「それじゃぁ、一緒に珈琲、飲むか?」
「こんな夜中に?」
「夜中が嫌なら、モーニング珈琲でも良いけど?」
一度目は触れるだけの
初めこそ、どこか遠慮がちだったサリーも、いつしかモーリスの首に両手を回していた。
小さなリップ音を立てて唇が離れるまで、ほんの十数秒だったのかもしれない。それでいて、途方もなく長い時間のようでもあった。
腕の中で、どこか不満そうな表情のサリーを見下ろしたモーリスは、耳元に唇を寄せた。
「俺にしとけよ」
何年、言い続けてきただろう。いつもと変わらない口説き文句を口にして、モーリスは自信たっぷりに笑った。
「……まだ、慎士のことが好きって言ったら、どうする?」
「それ以上に、俺に惚れさせりゃ良いだけだから、問題ない」
「その自信、どこから来るのよ……」
「だって、お前、俺のこと好きだろ?」
あっけらかんと言うモーリスを見て、サリーは呆れたと言いたそうな顔を一瞬見せたが、直ぐ様、満足そうに口角を上げる。
「シャワーくらい、待ってくれるでしょ?」
「当然。何なら一緒に──」
浴びないかと言い終わる前に、唇が押し付けられた。