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6-5 俺の人生、全部お前にやる

 小さなリップ音を立てて唇を離したモーリスは、意味深に笑うサリーを見た。


「嫉妬した?」

「しないわけないだろう」

「……白状するわよ。あたしは、あんたがいなくなるのが怖いの。だって……生まれた日も、産院も同じ。ずっと一緒に育ってきたのよ。家族みたいなものじゃない? 家族を失うのは……もう嫌」

「──愛翔」


 泣き出しそうに笑う顔に、黒い服を着た幼い愛翔が重なった。

 雨の中、墓標の前で傘をさして並んだ幼い日が、ついこの間のように蘇り、モーリスもは嗚呼ああと心の中で頷く。

 いつも一緒だった。肩を寄せ合うことで、生きることを諦めずに済んだ。


 失いたくない思いが、重なる。


 冷たかった雨の中、しっかりと握りあった小さな手を思い出しながら、モーリスはサリーの指に触れる。た


「……重たいって思われるのも嫌なの。だったら、幼馴染のままで──」

「俺は! 魔物の腹の中で最期を迎える気もないし、お前を一人にする気もない。けど、軍人だから約束は出来ない」


 サリーの言葉を遮るように彼の柔らかな唇に触れ、頬を撫で、モーリスはしばたたかれるつぶらな瞳を見つめる。


「愛翔、お前の帰りを待つことも出来ない。だけど、お前の横に一生いられるのは、俺だけだ」

「……幼馴染として?」

「全部だ。俺はお前の幼馴染で、同僚で、恋人で、家族で──俺の人生、全部お前にやる。俺の度量舐めるなよ。ちっとも重くねぇよ」


 全部背負う覚悟はある。悲しみも、恐怖も、何もかも。そうでなければ、好きだと言い寄る女の胸で寝てれば良いだけのことだ。


『よしよしして欲しいなら、お前と付き合いたがる奴の膝で寝てるんだな』


 ふと、黒須の呆れた顔を思いだしたモーリスは、内心、と納得した。

 そう、必要だったのは覚悟。

 全てを受け止める。過去の苦しみだけでなく、失うかもしれないという恐怖すらも。


「お前じゃなきゃダメなんだ。どんな美男美女だろうが、満たされないんだ。俺に、お前の人生、背負わせろ」


 真っ直ぐに見下ろすモーリスは、一ミリもサリーから視線を逸らさなかった。

 もう逃げやしない。その想いが伝わったのか、サリーは小さく安堵の息をこぼした。


「凄い自信家。それに、ほんっと最低な男よね。今まで、何人抱いてきたの?」

「知りたいか?」

「まさか!」

「安心しろ。これからは、誘われても断る」

「当たり前でしょ! あたしが欲しいなら──」


 言いかけて、サリーは顔を赤らめた。それにモーリスはしたり顔で笑った。


「一緒にいるのは、辛いことばかりじゃない。よく言うだろう? 辛いことや悲しみは二人で分けりゃ良いって。分けるのが嫌なら、全部俺がもらってやる」

「ほんっと、あんたって……ふふっ、幼馴染兼恋人も悪くないかもね」

「最高の間違いだろ?」


 溢れた涙に口付け、肌を擦りつける。


「何度でも惚れさせてやるから、安心しろ」

「そう言って、何人、口説いてきたのよ?」


 ちょっと拗ねた風に言ってみせるサリーに、いつものように軽い調子で「お前だけだって」と返したモーリスは──


「愛翔、愛してる」


 耳元で艶やかに囁き、赤く染まったその柔らかな耳たぶに口付け、磨かれた体を撫でた。

 合わさった唇に応えるように、サリーは両手を伸ばす。


 やっと手に入れた。──今度こそ、実感が押し寄せる。その安堵感と背中合わせに、自分の色に染め上げたいという身勝手で暗い劣情もまた、昂りを見せた。

 モーリスの裏腹な気持ちを、サリーもまた察しているのだろう。白い肌がいっそう赤く染まっていく。


 石鹸の香りがする白い肌に唇を寄せ、濡れた音を響かせながら赤いあとを散らしていく。引き締まったウエストを指先でなぞりながらサリーを引き寄せた。


 長い年月、積もらせた思いが実るのだ。過去の残像ではなく、今、愛しい人が腕の中にいる。たぎらない方が、どうかしているだろう。


 照れ隠しなのか、視線を逸らして唇を尖らせるサリーの愛らしい仕草に、いっそうのこと体の芯が熱くなった。

 もっと、他の表情を見たい。その衝動に任せ、言葉を紡いだ。


「愛してる」

「ふふっ、ありきたりの口説き文句ね」


 モーリスが当然とばかりに囁けば、サリーは面白そうに笑う。


「嫌か?」

「ベタなのも、嫌いじゃないわ」


 甘い息は吐きながら「むしろ好き」と小さく言ったサリーは、声を詰まらせて身を固くした。

 唇が触れ、焦らすような口付けをその全身に浴びせる。

 次第に色づくその姿を愛しく思いながら、モーリスは時おり震えながら名を呼ぶ掠れた声に耳を傾け、考えることを止めた。


 納まる場所を見つけた劣情が、歓喜に打ち震えていた。

 今までの時間を埋める様に、モーリスは震えるサリーの体を抱きしめる。それに応えるように、サリーもまた──


「……すき……モーリス……っ!」


 熱に浮かされながら、愛しい人の名を呼んだ。

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