小さなリップ音を立てて唇を離したモーリスは、意味深に笑うサリーを見た。
「嫉妬した?」
「しないわけないだろう」
「……白状するわよ。あたしは、あんたがいなくなるのが怖いの。だって……生まれた日も、産院も同じ。ずっと一緒に育ってきたのよ。家族みたいなものじゃない? 家族を失うのは……もう嫌」
「──愛翔」
泣き出しそうに笑う顔に、黒い服を着た幼い愛翔が重なった。
雨の中、墓標の前で傘をさして並んだ幼い日が、ついこの間のように蘇り、モーリスもは
いつも一緒だった。肩を寄せ合うことで、生きることを諦めずに済んだ。
失いたくない思いが、重なる。
冷たかった雨の中、しっかりと握りあった小さな手を思い出しながら、モーリスはサリーの指に触れる。た
「……重たいって思われるのも嫌なの。だったら、幼馴染のままで──」
「俺は! 魔物の腹の中で最期を迎える気もないし、お前を一人にする気もない。けど、軍人だから約束は出来ない」
サリーの言葉を遮るように彼の柔らかな唇に触れ、頬を撫で、モーリスは
「愛翔、お前の帰りを待つことも出来ない。だけど、お前の横に一生いられるのは、俺だけだ」
「……幼馴染として?」
「全部だ。俺はお前の幼馴染で、同僚で、恋人で、家族で──俺の人生、全部お前にやる。俺の度量舐めるなよ。ちっとも重くねぇよ」
全部背負う覚悟はある。悲しみも、恐怖も、何もかも。そうでなければ、好きだと言い寄る女の胸で寝てれば良いだけのことだ。
『よしよしして欲しいなら、お前と付き合いたがる奴の膝で寝てるんだな』
ふと、黒須の呆れた顔を思いだしたモーリスは、内心、
そう、必要だったのは覚悟。
全てを受け止める。過去の苦しみだけでなく、失うかもしれないという恐怖すらも。
「お前じゃなきゃダメなんだ。どんな美男美女だろうが、満たされないんだ。俺に、お前の人生、背負わせろ」
真っ直ぐに見下ろすモーリスは、一ミリもサリーから視線を逸らさなかった。
もう逃げやしない。その想いが伝わったのか、サリーは小さく安堵の息をこぼした。
「凄い自信家。それに、ほんっと最低な男よね。今まで、何人抱いてきたの?」
「知りたいか?」
「まさか!」
「安心しろ。これからは、誘われても断る」
「当たり前でしょ! あたしが欲しいなら──」
言いかけて、サリーは顔を赤らめた。それにモーリスはしたり顔で笑った。
「一緒にいるのは、辛いことばかりじゃない。よく言うだろう? 辛いことや悲しみは二人で分けりゃ良いって。分けるのが嫌なら、全部俺がもらってやる」
「ほんっと、あんたって……ふふっ、幼馴染兼恋人も悪くないかもね」
「最高の間違いだろ?」
溢れた涙に口付け、肌を擦りつける。
「何度でも惚れさせてやるから、安心しろ」
「そう言って、何人、口説いてきたのよ?」
ちょっと拗ねた風に言ってみせるサリーに、いつものように軽い調子で「お前だけだって」と返したモーリスは──
「愛翔、愛してる」
耳元で艶やかに囁き、赤く染まったその柔らかな耳たぶに口付け、磨かれた体を撫でた。
合わさった唇に応えるように、サリーは両手を伸ばす。
やっと手に入れた。──今度こそ、実感が押し寄せる。その安堵感と背中合わせに、自分の色に染め上げたいという身勝手で暗い劣情もまた、昂りを見せた。
モーリスの裏腹な気持ちを、サリーもまた察しているのだろう。白い肌がいっそう赤く染まっていく。
石鹸の香りがする白い肌に唇を寄せ、濡れた音を響かせながら赤い
長い年月、積もらせた思いが実るのだ。過去の残像ではなく、今、愛しい人が腕の中にいる。
照れ隠しなのか、視線を逸らして唇を尖らせるサリーの愛らしい仕草に、いっそうのこと体の芯が熱くなった。
もっと、他の表情を見たい。その衝動に任せ、言葉を紡いだ。
「愛してる」
「ふふっ、ありきたりの口説き文句ね」
モーリスが当然とばかりに囁けば、サリーは面白そうに笑う。
「嫌か?」
「ベタなのも、嫌いじゃないわ」
甘い息は吐きながら「むしろ好き」と小さく言ったサリーは、声を詰まらせて身を固くした。
唇が触れ、焦らすような口付けをその全身に浴びせる。
次第に色づくその姿を愛しく思いながら、モーリスは時おり震えながら名を呼ぶ掠れた声に耳を傾け、考えることを止めた。
納まる場所を見つけた劣情が、歓喜に打ち震えていた。
今までの時間を埋める様に、モーリスは震えるサリーの体を抱きしめる。それに応えるように、サリーもまた──
「……すき……モーリス……っ!」
熱に浮かされながら、愛しい人の名を呼んだ。