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オマケ-3 これもまた、二人の日常

 降誕祭から一週間。

 アサゴの街は新年を祝うべく賑わっていた。街中を行く人々は、この日を迎えたことを喜び、流れてくる讃美歌が薄らぐほど笑い合っている。


 魔法の灯が点される街路樹を眺めていたサリーは白い息を吐くと、マフラーに顔を埋めてほくそ笑んだ。

 同じ宿舎、それも隣の部屋に住んでいるのに、デートの待は待ち合わせが商業区の目抜き通りだなんて、バカみたい。そうモーリスに言ったのは昨日の夜のことだ。


 ツンケンしながらも、その本心は、嬉しくて仕方なかった。そんな彼の気持ちを分かっているのかいないのか。大きな商業施設の前、恋人たちの待ち合わせ場所にもなるような広場にそびえるシンボルツリーの下、モーリスは女に囲まれていた。

 呆れてため息をつくサリーは、ヒールを鳴らして近づく。


「お待たせ」

「時間通りだよ」

「あら、それじゃぁ、あたしの待ち合わせの前にナンパでも楽しんでたのかしら?」

「そんなわけないだろ。俺はいつだって、お前一筋だ。知ってるだろ、愛翔」


 おもむろに立ち上がり、サリーを見下ろしたモーリスは、その顎に指を添えるとくいっと上を向かせた。そして、その額にチュッと唇を寄せる。直後、辺りから黄色い悲鳴が上がったのは言うまでもない。


「ちょっ、人前で何してんの!」

「人前だから、額で勘弁してやったんだけど」


 真っ赤な顔をして額を触るサリーが愛らしくて、慈愛に満ちた瞳で見つめたモーリスは、赤い唇に触れる。こっちが良かった、と聞くように。

 彼の手を全力で払ったサリーだったが、頬は冬の寒さを忘れるほど赤く染まった。それを満足そうに見たモーリスは、後ろを振り返り、集まっていた女たちに微笑む。


「お嬢さん方、これで俺が嘘ついていないって分かってもらえたかな?」


 そう言うと、女性たちは再び黄色い声を上げた。中にはと祝辞を投げかける者までいる。

 サリーは何の事かしらと言わんばかりに首を傾げたが、モーリスは涼しい顔をして女たちに手を振った。


「ねぇ、前にもこんなことがあったわよね?」

「そうだっけ?」

「そうよ。清良ちゃんと待ち合わせてた時も」

「あー、そうだったかもな」


 サリーと並んで歩き出したモーリスは、横で訝しむサリーに「大したことじゃない」と言って、その手を掴み、引き寄せた。


「気になる?」

「そりゃ……まぁ」

「お、今日は素直だな」

「べ、別に! あんたがどこで誰と何しようと!」

「お前の自慢話してた」

「は?」

「俺の恋人はめちゃくちゃ美人で強い軍人なんだけど、私服姿はそうと分かんないくらい可愛くってしゃぁないんだって」

「な、な、なっ!?」

「二か月前は片思いだったけど、やっと恋人になって初デートで新年を迎えるってロマンチックじゃない、て話してた」


 そんなことを話していたから、なんて口にする者がいたわけだ。

 おそらく、をしてきた女たちなのだろう。その名も知らない相手に、盛大にのろけ話をしていたのか、この男は。


 あまりのことに、若干引き気味になったサリーだったが、悪い気はしないのだろう。耳まで真っ赤にしながら、モーリスの腕を引くと両腕を絡めてしがみ付いた。


「あんた、ほんっとバカ! でも……」


 口籠りながら「嫌いじゃない」と呟いた姿を見たモーリスは、柔らかなピンクプラチナの髪に顔を近づける。

 ふわりとバラの香りが立ち上がった。


「シャンプー変えた?」

「え……うん」

「……やばいなぁ」

「何がよ」

「この前のシトラスも良かったけどさ。バラの香り、似合いすぎだろ。勃つ」


 真顔で言い切るモーリスに呆れ、深いため息をついたサリーは、次の瞬間には噴き出して笑った。


「今夜は、緊急招集がないこと、祈ってなさい」


 赤い唇が弧を描き、サリーのつぶらな瞳が眩しそうに細められた。


 ショッピングにディナーにと、一日を存分に楽しんだサリーは、モーリスが抑えていたホテルの一室から外を眺めた。

 まだ賑わいを見せる商業区は煌びやかに輝きを放っている。その一つ一つがまるで宝石のようだ。


連れ込み宿ファッションホテルじゃなくて、迎賓向けの高級ホテルじゃない」

「ルームサービスも充実してるし、こっちの方が良いだろ?」

「高かったんじゃないの?」

「たまにの贅沢ってやつだ」


 そう言ってモーリスが示した先のテーブルには、シャンパンとチーズや生ハム、ナッツの盛り合わせ、そして、小さなホールケーキが並んでいた。


「飲みなおそうぜ」


 慣れた手つきでシャンパンの封を切り、コルク栓を抜いたモーリスは、その淡い琥珀色の液体を磨かれたグラスに注ぎ入れた。

 渡されたグラスを見て、サリーは少し不満そうに唇をつき出した。


「あれ、シャンパンは嫌いだったか?」

「そうじゃないわよ」

「じゃぁ、何が不満だ?」


 赤い唇をつつき、モーリスは笑う。何でも我が儘を行ってみろと言わんばかりの、余裕たっぷりな表情だ。


「……カッコつけすぎ。モーリスのくせに」

「そりゃぁ、長年思い続けて、やっと手に入ったんだ。カッコつけたくもなるだろ」


 グラスの縁を合わせ、小さくカチンッと音を立てる。


「いつものままで良いのに」


 そう呟いたサリーは甘いシャンパンを気に煽ると、ふふっと笑ってソファーに腰を下ろした。


 他愛もない話をし、今日買ったばかりのワンピースを着てファッションショー気取りで見せてみたり。甘いケーキを食べさせ合ってみたり。そんなことをしながら、シャンパンのボトルは見る間に空となった。

 ほろ酔い気分で幸せそうにしていたサリーは、モーリスの膝の上に頭をのせて夢見心地でいた。


「相変わらず、寝心地の悪い膝ね」

「男の膝に寝心地を求めるなよ」


 苦笑しながら、グラスの中に残っていたシャンパンを煽ったモーリスは、サリーの髪を撫でる。


「憧れるじゃない。好きな人の膝でうたた寝って……平和そのものって感じでしょ?」

「まぁ、戦場じゃできないな」

「日の当たる暖かな部屋で、二人でごろごろして……古い映画を観るのも良いわね」

「任務のことも考えないで、か?」

「そう。お菓子を一緒に作るのも楽しいわよ」

「キッチンが大惨事になりそうだな」


 いつ訪れるか分からない、穏やかな未来を語りながら微笑んでいたサリーは、のそのそと起き上がると、モーリスの膝をまたいで向かい合うように腰を下ろした。


「いつか、そんな日常が来るかしら」

「どうだろうな」

「ね……今度の休日は、こんな豪華なデートいらないから、一緒に、スコーンを焼いて」


 約束したじゃないと、少し拗ねたように言えば、モーリスは「忘れてないよ」と言って笑った。

 太い両腕をサリーの腰に回し、ぐっと傍に引き寄せる。


「なぁ、俺のわがままも聞いてくれる?」

「なぁに?」

「そろそろ、限界」


 サリーの引き締まった大腿に固くなった股間をぐっと押し付けたモーリスは、その先で高まる熱に気づいた。

 赤い唇がゆるまり、消え入りそうな声が「バカ」と呟いた。


   ***


 買ったばかりのサテン生地のワンピースは床に投げ出され、濡れた下着がその横に落ちている。

 準備くらいさせてと言ってシャワールームに消えたサリーを待ちながら、情報端末を見ていたモーリスは深いため息をついた。そして、送信相手に短く「分かりました。早朝に向かいます」と返すと、それを手放した。


 明日は豪華な朝食をベッドで食べながら、二人でダラダラと過ごそうと思っていたのに。まあ、今夜出撃を言い渡されなかっただけましかとも思う。──再び、ため息をこぼすと、シャワールームのドアが開いた。


「シャワー浴びてきたら?」


 濡れた髪を拭きながらベッドに上がってきたサリーが軽く尋ねると、モーリスはバスローブの紐に指をかけた。


「限界って言っただろ?」

「ちょっと、がっつかないの!」


 ベッドに押し倒され、嫌がる素振りを見せるサリーだが、抵抗することはない。

 バスローブの合わせから白く引き締まった足がのぞく。シャワーで温められ、よりしっとりした肌に指を這わせたモーリスは、濡れる首筋に唇を寄せた。その動きがもどかしく、くすぐったさにサリーは口元を緩ませた。


「くすぐったい」

「じゃぁ、どうしたい?」

「すぐ言わせたがるんだから」


 顔を上げたモーリスを見て呆れながら、頬を染めたサリーは彼の唇に触れる。


「いっぱい、キスして」

「どこに?」

「どこもかしこもよ」


 ちゅっと触れるだけの口付けが唇に落とされる。頬にも、瞼にも、額にも。そして、耳元で「ここも?」と言って、バスローブの下に隠れる敏感な胸の頂を指先がかすめた。

 それにサリーが頷き返せば、バスローブの紐が解かれ、すっかり色づいた先端が露になった。

 敏感な個所をべろりと舐められ、堪らずサリーは背筋を震わせる。その反応に気をよくしたモーリスは、白い胸のいたる箇所に、わざとらしく音を立てながら赤い痕を残していった。


「んっ……ちょっと、痕つけないでよ……」

「脱がなきゃ見えない。それとも、誰かに見せる予定があるのか?」

「そうじゃなくて……」


 待っていた熱い口付けに体の震えを止められそうになく、サリーは声を震わせながら訴えた。


「シャワー浴びる時、思い出しちゃうでしょ」

「ほんと、お前はすぐ煽るな」

「えっ、ちょっ……んんっ、まっ……あぁっ!」


 頬を染めながらそんなことを言われても、はいそうですかと引き下がることなど出来ようか。


 逃れようと身を捩るサリーを捕らえ、腕の中に引き込んで口付ける。何度も何度も繰り返し、宝物を慈しむように。ややあって観念したのか、サリーはおもむろに両手を伸ばしてモーリスの首に両腕を回して自分の方に引き寄せた。

 もっと傍へ。もっと感じさせて。そう言うような仕草と眼差しに、応えない訳もなく。

 いつの間にか、その名を呼ぶのももどかしくなり、まるで獣のように貪りあうまで、あと何分だろうか。

 愛してると囁くことすら忘れ、愛しい名を呼ぶのも忘れるまで。



「……好き……モーリス……」

「あぁ……愛してる、愛翔」


 理性が保てる間にそう告げるのは気恥ずかしく、誤魔化すように唇を重ねる。

 お互いの熱を混ぜ合い、最奥に熱を解き放つまで、あと何分。


 モーリスの逞しい腕に、サリーはすべてを委ねた。


   ***


 情事の感覚が残る身体を気怠そうに横たえたサリーは、伸びてきた太い腕に抱き寄せられ、目の前の厚い胸に頬をり寄せた。

 早鐘を討つ鼓動が、心地よく響いていた。


「今日は、寝かせないつもりだった」

「……違うの?」


 ちょっと不満そうな声音に、モーリスは目をしばたたかせ、残念だと言わんばかりに「あー」と間延びした声を零す。そして、枕もとの情報端末を手にする。

 画面に映し出されたのは、招集の通達だ。

 それに慌てたサリーも、同じように端末を引っ張り寄せて確認した。


「来てるだろ?」

「やだ、本当……」


 唇を尖らせながら、招集に応じる旨の返信をしたサリーは、端末を投げてモーリスに向き直った。


「また、変異種絡みかしら?」

「短い冬季休暇も、俺たち教官には、あってないようなもんだな」

「まぁ、休暇明け早々に肩慣らしの蒼の森演習、その後には大規模演習があるから仕方ないけど……」


 サリーは不満の色をにじませながら、モーリスの手から端末を取り上げた。


「ほんっと、いつも急なんだから」

「仕方ない。軍人なんてそんなもんだ」

「分かってるわよ!」

「……もしかして、今夜はもっと、イかされたかった?」


 冗談半分、期待半分で尋ねたモーリスは、滴りにまみれている熱いに指をはわせた。ゆっくりと解くように、その柔らかな肉を愛撫する。

 サリーの頬が染まり、唇が尖らせられる。

 バカと罵られて頬に一発食らうことも想定していたモーリスは、意外にも腰をくねらせた恋人に、しばし思考を停止した。

 翌朝に支障が出るから寝よう。そう話がまとまるものと思っていた。


「ね、もう一回くらいなら、明日にも支障はないんじゃない?」


 おねだりをするような上目遣いで、そんなことを言われて我慢の出来るヤツが、どこにいようか。

 僅かに残る自制心が首をもたげた。しかし、それをねじ伏せるように、欲望がお互い軍人だろと、体力なら有り余っているだろうとそそのかす。


「帰ってからのお楽しみ、て選択は?」

「それはそれ。今日は今日」


 モーリスの質問にきっぱり答えたサリーは、彼の唇に触れるだけの稚拙ちせつで愛らしい口付けをした。

 元より、寝かせる気なんて微塵もなかったモーリスだ。自制心を投げ出し、再びサリーに覆いかぶさると「あとで、シャワー浴びような」と言って不敵に笑った。


 End.

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