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第32話 ヒーローなのに緊迫の時間



 ピンクの言葉に、愛は驚きから飛び跳ねたい衝動に駆られた。

 しかし、持ち前の精神力でそれをぐっと耐える。


「ななっ、なにを言っているのかな!?」


 ……本当に耐えられているだろうか。


「……ぷっ、あはは。冗談よ冗談」


 しかし、愛の動揺に反してピンクは明るい声を上げて、笑う。

 顔は見えないものの、その姿はかなりツボに入ったのだろうとわかるものであった。


 愛は、しばし呆然とする。


「じょう、だん……」


「そうよ、冗談。レッドが女だなんて、そんなこと思うわけないじゃない!」


「!?」


 なんとか落ち着きを取り戻しつつ、ピンクが言葉を紡いだ。

 先ほど、「実は女の子じゃないか」と愛にとっては、かなり確信に迫った言葉を告げられた。


 どうごまかそうかと頭を巡らせたものだが、ピンクはそもそも、先ほどの言葉が冗談であると話す。


「おいおいピンク、冗談にしたってもっとマシなものを言えよ」


 その様子を見ていた、ブルーが腕を組みつつ、言う。


「そうそう、レッドが女だなんて、そんなことありえないって」


「レッドは男の中の男さ、悔しいけどな」


「……」


 さらに、ブルーに続いてグリーンが、イエローが言葉を紡いだ。

 瞬間、その場でわはははと笑いが起こる。和やかな、微笑ましい雰囲気だ。


 ただ一人、レッドを除いて。


「あは、ははは……」


 これを見るに、どうやら同じヒーローの仲間……ピンク、ブルー、グリーン、イエローの全員にも、レッドの正体を勘付かれてはいないようだ。

 それは、正体を隠している愛にとっては、素晴らしい展開ではあるのだが……


 どうしてだろう。素直に喜べないのは。


「んん……」


 それに、事情を知っている博士だけは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。

 あんな顔、初めて見た。


 しばらくの間、みんな笑い合っていた。

 平和だなぁ、と愛は思った。


「ふーっ、ごめんなさいねレッド。冗談でも女の子だなんて言って」


「いや……」


 実際に女の子なんです……と言うわけにもいかず、レッドはただただうなずいた。

 もはや、この話題から早く抜け出したかった。


「とにかく、プライベートな付き合いはできない。ピンクだから、じゃない。他のみんなとも、悪いがプライベートな付き合いはしない」


「えぇー」


「ま、いいのではないか。俺たちはヒーロー戦隊であって、仲良しグループではないのだから」


 馴れ合う必要はない……と、ブルーは言う。

 言い方に少々冷たさはあるが、意見としては愛も同じだ。プライベートでまで付き合って、正体がバレるようなことがあれば、困る。


 博士によると、ブルーの正体は博士の息子らしい。すごく大人びて見える。


「なによぅ、ブルーったら。

 でも……はぁ、仕方ないわね」


 このまま誘っても、レッドの気持ちは揺らがない。それを察したのか、ピンクがため息を漏らした。

 これ以上追求されることはなさそうで、愛はほっと一息。


 その後も、各々の気になったことを報告したり、ヒーロー会議はスムーズに過ぎていく。


「さて、今回はこんなものかの。今回も白熱したいい会議じゃった」


 ヒーロー会議が終わる頃には、すでに日が暮れていた。

 月に一度、五人のヒーローが顔を合わせる時間。最近では、レッドが先んじて怪人を倒してしまうため、怪人が現れても全員が集まることはまずない。


 集まっても、そそくさと帰ってしまうし……こうして、落ちついて話すことのできる空間は、貴重だ。


「みな、お疲れ様じゃったの。またなにかあれば、メッセージでも送るからの」


「ほいほい。じゃーなー」


「また」


 ヒーロー会議が終われば、もうここに残る必要はない。

 グリーンとイエローは去り、ブルーもまた静かに歩いてどこかへ行く。


「レッド、気が変わったらいつでも言ってね! 個人メッセ、随時受け付けてるからね!」


 最後、ピンクはレッドの腕に思い切り胸を押し付けて、飛んで去っていった。

 誰もいなくなったのを確認し、レッド……愛は、へなへなと座り込む。


「お、終わったぁ」


「お疲れじゃったのぅ、愛くん」


 レッドの正体を知っている博士の前でだけ、レッドは素に戻ることができる。

 考えてみれば、愛とレッド……両方のことを知っている、唯一の人間だ。


 レッドはスーツを解除し、愛は椅子に座る。


「んむ、帰らなくて大丈夫なのかい?」


「ちょっときゅーけー。博士ー、お茶ー」


「はいはい」


 いつもであれば、レッドである時間は数分……数十分いくこともあるが、それは警察などの対応に追われたとき。

 怪人はあっという間に倒してしまうので、レッドでいる時間はそんなにない。


 そんな愛にとって、ヒーロー会議中の数時間は、まさに緊迫の時間だ。数時間も、レッドとして過ごさなくてはいけない。


「それにしても……」


 冗談だとは言っていたが、ピンクに女の子ではないかと言われたときは、肝が冷えた。

 聞いた限りでは、誰もレッドの正体を疑っていない……が。


 これからいっそう、気をつけたほうがいいだろう。そう、新たに決意する愛だった。


「愛くーん、お茶じゃよー。ヒヤヒヤじゃよー」


「ありがとー」


 出されたお茶で、喉を潤していく。渇いた喉によく染みる。

 会議中もお茶が出なかったわけではないが、素顔をさらしてお茶を飲むのとでは全然違う。


 ぷはぁ、と、愛はご満悦だった。

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