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31.嫉妬(後編)


「……はあ」


ボクはトイレの個室で、三回目になるため息をついていた。


現在、お昼休みの時間。ボクは以前のようにトイレに籠り、もそもそとパンを齧っていた。


あの中休みの時間以来、白坂くんとは一言も喋れなくなってしまった。


金森さんのことを悪く言ってしまった罪悪感が、ボクの口を固く閉ざしてしまった。


(ううう、せっかくまた、隣の席になれたのに……。こ、これで嫌われちゃったら、どうしよう……)


今まで仲良くしてきた時間を帳消しにしてしまうくらいに、さっきのボクの言葉は最悪だった。


もしも時間を巻き戻せるなら、全部戻したい。何も言わないようにしたい……。



『ボクさ、金森さんって頭悪いと思うんだよね』


『人が嫌がってることに気がつくような、察する力がないんだと思う。もしかしたら、本当は金森さん、嫌われてるんじゃないかな』



(ああ……!もう完全にブーメランだよ……!ボクが一番、白坂くんの嫌なことしちゃってるじゃないか!)


こういうセルフ反省会を、今までの人生で何回やって来たことだろう。自分の不器用さにイライラして、どうしようもなくなる。


ああ、白坂くんにだけは嫌われたくないのに。マイナス点をつけられたくないのに。


(もう!もうもうもう!なんで!なんで!)


ボクは今にも泣きそうになりながら、頭をガリガリとかきむしった。




「………………」


何か挽回する方法はないかと、あれこれ考えを巡らせてみたけど、結局何も思いつかなかった。


パンもまともに喉を通らず、半分だけ齧って、残りはゴミ箱に捨ててしまった。


お昼休みも終わりが近づいていたため、ボクは重い腰を上げてトイレの個室から出て、教室へと向かって行った。


「……はあ」


四回目のため息が、静かな廊下に響いていた。


(……“リセット”、するしかないのかな)


ボクの脳裏に浮かんでいたのは、まさしく最終手段だった。


白坂くんとの縁を、ばっさり切る。今までの全部を何もなかったことにしてしまう。


そうしたら、白坂くんから嫌われても、傷つかない。


いよいよとなったら、もう……そうするしかないのかな?最低最悪な方法だと頭では分かっているけど、ボクは白坂くんから嫌われるのを恐れるあまりに、そんなことを思ってしまう。


「………………」


とぼとぼと、亀のように遅いボクの足元を、ぼんやりと霞んだ眼差しで見つめていた。


「あっ!やっほーさっぽん!」


その時、あろうことか一番会いたくない人と出会ってしまった。


彼女は……金森さんは、ボクの右肩をポンポンと叩いてきた。


右側の方へ顔を向けると、金森さんは「おっすおっす!」と、満面の笑みをボクへ向けてきた。


その笑顔に腹が立ちながら、ボクは「どうも……」と短く返した。


「……?」


金森さんは何やら怪訝な顔をして、じーっとボクの顔を覗き込んだ。


「な、なんですか?金森さん」


「なーんか、さっぽんちょっと、元気なくなーい?」


「………………」


「どーかしたの?ヤなことでもあった?」


「……べ、別に、なんでもないです」


「えー?ほんと?」


「はい」


ボクの言葉を聞いても、金森さんはあまり納得がいかない様子だった。「むーん」と唸りながら、下唇をきゅっと尖らせて、腕を組んでいた。


「……まあ、いっか!そんな時もあるよねー!」


でも、その顔も一瞬だった。すぐに彼女はいつもの明るい笑顔に変わり、能天気な言葉を口にしていた。


「なんかあったら、あーし話聞くから、いつでも言ってね!」


「……どうして」


「え?」


「どうして、“私”なんかに、優しくするんですか?」


「???え?え?どーゆー意味?」


金森さんはきょとんとした顔で、首を傾げていた。ボクは相変わらず、視線を足元に向けたまま、ぼそぼそと彼女へこう告げた。


「だって、金森さんと“私”は、全然、違う世界に住む人ですから」


「………………」


「金森さんは陽キャで、“私”は陰キャ。金森さんにはたくさん友だちがいて、わざわざ……“私”のことを、気にかける必要なんて、全然、ないのに」


「……違う世界に、住む?」


「そうです」


「えー?どういうこと?さっぽん、なんか難しーこと言ってるー」


「………………」


「だってさー、さっぽん。あーしもさっぽんもさ、おんなじ女の子で、おんなじ日本人で、おんなじ学校に通ってるよー?住んでる世界、一緒じゃないのー?」


「………………」


「ていうか、シンプルにさー、あーしはさっぽんが優ぴだから、あーしもさっぽんに優ぴしよーって思ってるだけだよー?」


「……優、ぴ?」


「うん!」


ボクは顔を上げて、金森さんの方へ眼を向けた。彼女はなんだか自信満々に、口角をニッと上げた状態で、こう言った。


「だってさっぽん、いつもあーしの話、聞いてくれるじゃん!」


「………………」


「あーしが好き勝手話してもさー、さっぽんずっと『うんうん』ってしてくれるでしょー?あれ、あーし嬉しいんだよねー!」


「………………」


「他の友だちにはさー、『あんたの話長くてうるさい』って言われちゃって、しゅんってしてたからさー。だから、さっぽんは優ぴだなーって思って!」


「………………」


「だからね、あーしもさっぽんの話、聞いてあげたいの!いつもあーし聞いてもらっちゃってるから、そのお返ししたいなーって!」


……ボクはまた、足元に目を向けた。


あんまにも眩しく笑う金森さんの顔を、観ることができなかったから。


ズキズキと痛む胸を、右手で上から押さえつけていた。


「……大丈夫、です」


「うん?」


「本当に、大丈夫ですから。気にしないで、ください……」


「……うん、分かった!さっぽんがそーゆーなら、全然おっけー!」


「………………」


「あっ!やばー!もうこんな時間!さっぽんごめーん!そろそろあーし、自分のクラス帰るね!」


そうして金森さんは、「またねー!」と叫びながら、パタパタと廊下を走って行った。


しーんと静かになった廊下を、ボクはまた、とぼとぼと歩き始めた。


「………………」


……別に、金森さんなんかに、心配されなくていいし。


ボクは、なんとも思ってないし。


むしろ、余計なお節介にしかならない。なに?良い人アピールでもしたいの?


独りぼっちで寂しそうにしてるボクに声をかけたら、周りに優しい人だって評価されるから、そうしてるだけなんでしょ?ふん、そんなの、ボクにはお見通しなんだから。そういう扱いをされたことだって、何回もあるんだから。


嫌いだ、金森さんなんて。


押し付けがましくて、お節介で。


……優しくて。


「………………」


ボクは、歯をぐっと食い縛って、目をぎゅっと瞑った。身体の奥底から沸き上がる感情を、必死に止めようとした。


でも、それは結局、間に合わなかった。


「う、ううう、うぐっ……」


涙が、床にぽたりと落ちた。


ボクはそれを踏んづけて、身体を震わせながら歩く。


違う、違う、違う。


本当は、金森さんのこと、嫌いなんかじゃない。


ボクなんかにも気軽に話しかけてくれて、お金を貸してくれたり、ああしてボクのことを心配してくれたりする……優しい人だって分かってる。


でも、どうしてもそれを認めたくなかった。


白坂くんと仲のいい女の子なんて、嫌な奴でいて欲しいと、ボクが勝手にそう湾曲したんだ。


自分の憎悪を、正当化したかっただけなんだ。


「うう、う、ぐううっ!」


自分の身を焦がす勢いで、嫉妬の炎が胸の中に広がっている。


金森さんは、明るくて気が利く人で、他人と喋る時も物怖じしない。ボクには持っていないものを、この人はたくさん持っている。


誰がどう考えても、ボクなんかより金森さんと一緒にいる方がいい。醜い嫉妬をする陰キャのボクなんかより、明るくて、元気で、ボクのことさえも……『優ぴ』と言ってくれる金森さんの方が……。


きっと、きっと、白坂くんだってそう思う。


「ぐうううう!!ううううううっ!」


ああ、もう!


なんて情けない!!


ボク、本当に、いいところ全然ない!!


自分も話すの上手くない癖に、金森さんを責める時は棚に上げて!!自分には甘く採点してて!!あまりにも器が小さすぎる!!


こんな人間から好かれても、白坂くんは絶対嬉しくない!!


バカ!!バカバカバカ!!


死ね!


ボクなんて、死んじゃえ!!


死んじゃえ!!


死んじゃえ!!




死んじゃえーーーーーーーー!!











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