……それからもボクたちは、ひたすらにこの道頓堀を満喫した。
グレコの看板の前で、みんなと共にポーズを取ったり、今度は串カツを食べたり、あらゆる路地を巡って写真を撮ったり。
時間を忘れて楽しむ、というのは、まさにこのことだろうとボクは思う。雪のように、一瞬で二時間が溶けてしまった。
「やばやば!集合時間遅れるー!」
「うえっぷ。も、もう“私”、走れない……」
「さっぽんがんばれー!後少しだよー!」
駅まで全速力で走って、吐きかけたことすらも、きっと後から振り返ったら、いい思い出になるのだろう。
その後は、他の生徒や先生たちと合流し、全員で金閣寺などの「いかにも修学旅行で観る場所」というところを廻った。
それらが終わると、ボクたちは宿に向かい、大きな和室で食事を済ませた。
お米にお味噌汁、卵焼き、焼きサバにお新香といったTHE 和食の晩御飯だった。
(お、大人数で食べるの、なんか緊張するな……)
先生から見られているのもあって、その場はとても静かだった。カチャカチャと食器の音だけが聞こえていた。
「わーーー!お風呂おっきーー!!」
その反動からか、お風呂場ではみんなはしゃいでいた。
大きな浴槽がどんっと構えてあって、数十人は余裕で入るだろうという大きさだった。身体の洗い場もザッと10箇所以上あって、まさに大浴場という名前に負けない広さだった。
入れる時間は20分で、それが2~3班ごとに入れ替わるルールだった。
「早速湯船に突入だー!ザブーン!」
「こら千夏!かけ湯もしないで入るのはマナー違反だよ!」
千夏さんの奇行を諌める西川さん。もうこれまでに、何度展開されたか分からないお約束のようなやり取りだった。
「ふふふ、千夏さんは本当に元気ですね」
二階堂さんはお嬢様のように、口に手を当てて優雅に微笑んでいた。
「ん?あら?どうしたんですか?二人とも」
ふと、二階堂さんはボクと小岩瀬さんに目を向けて、不思議そうな眼差しを送っていた。
その理由は分かっている。ボクも小岩瀬さんも、身体にバスタオルを巻いたまま、一向に脱衣場から動こうとしないからだ。
「い、いやあ、そのぉ……」
「う、うるさいな!こっち見んなって!美緒!」
ボクも小岩瀬さんも、もじもじしながらその場を動けなかった。
それは、あまりにもみんなのスタイルがいいから。
千夏さんは、胸も大きくてお尻も魅力的で、本当に女の子みんなが憧れるスタイルだった。本当はグラビアアイドルですと言われても、ボクは驚きもしないだろう。
西川さんも、運動部ならではのきゅっと引き締まった健康的な体型で、無駄が贅肉が一切ない。そして二階堂さんも、すらっと絵画のように綺麗な立ち振舞いで、言葉にし難い妖艶さがあった。
(それに比べてボクの身体は……。とほほ……)
胸もなければ、妖艶さもない。ガリガリに痩せ細った不健康な身体……。こんなの、みんなの前に晒すのが恥ずかしすぎる。
「ううう、みんな、スタイル良すぎだっての……!」
小岩瀬さんも顔を赤くしながら、ぶつぶつとそうぼやいていた。
以前、身長が小さいことを気にしている発言をしていたから、彼女もボクと同じように、体型にコンプレックスがあるのだろう。
「えー?どうしたのー?さっぽんもるうも早く入りなよー!」
「もしかして、二人ともあれの日かな?」
西川さんが心配そうに、ボクと小岩瀬さんを見つめついた。「あれの日」というのは、生理のことだった。
「あ、いや、全然そういう訳じゃないんだけど……。あの、恥ずかしく、て」
「恥ずかしい?」
「その、み、みんな、スタイルが凄くよくって、ボクなんかのだらしない身体は、見られるの恥ずかしくって……」
「えー!?そんなこと気にしてたのー!?もー!さっぽんってば可愛いなー!」
千夏さんは声を弾ませて、ボクの背後からバックハグをした。
彼女の豊満な胸が、背中にどっしりと当たっていた。
「え?待って待って、もしかしてるうも理由一緒?」
「うっ!」
小岩瀬さんは眉間にしわを寄せて、唇をつんと尖らせながら、小さく頷いた。
「もーーー!二人とも可愛いなーーー!よし!二人まとめてぎゅーーー!」
「わわっ!?」
「ちょ、止めてよ千夏!子ども扱いすんな!」
「早くお風呂上がってさ、みんなで部屋行こーよ!んで、恋バナしよ恋バナ!」
「!」
ボクが千夏さんの方を見ると、彼女はニッと笑ってウインクをした。
「………………」
「さーて!髪の毛洗おーっと!」
千夏さんはボクたち二人を離して、スキップしながら洗い場へと向かっていった。
「黒影さん、小岩瀬さん」
西川さんはボクたちへ手を振って、「どうしても難しかったら、遅くなってもいいからね」とフォローを入れてくれて、二階堂さんとともに洗い場へ向かった。
「「………………」」
ボクたちはとうとう、意を決して……身体を包んでいたバスタオルを剥いだ。
すると、どうしてもお互いに気になるもので、小岩瀬さんとボクは、同じタイミングで顔を見合わせた。
「……こ、小岩瀬さん。あの、全然恥ずかしくないと思いますよ。肌がとっても綺麗で、むしろ羨ましいくらいです」
「く、黒影こそ、なんで恥ずかしがってたのさ。しゅっとしてて大人っぽいし、こっちこそ羨ましいんだけど」
「………………」
「………………」
「……ふ、ふふ。お互い、無い物ねだり、ですね」
「………………」
「お風呂、行きましょうか」
「……うん」
こうしてボクたち二人も、お風呂場へと足を踏み出した。
慣れてくると、だんだん気にしなくなるもので、最後の方はみんなで湯船に浸かりながら、談笑することもできた。
(お風呂から上がったら、いよいよ恋バナか……)
お互いに好きな人を発表するという、千夏さんとの約束。それがいよいよ果たされる時がきた。
(言うのも楽しみだし、聞くのも楽しみだな……)
いつの間にかボクは口許が緩んでいて、「ふふふ」と小さな笑い声が漏れていた。
11月26日、午後20時15分のことだった。