空間の雰囲気は、あまり変わらなかった。
高い天井。床、壁、林立する太い柱は、いずれも打ちっぱなしのコンクリート。
やはり薄い灰色の世界が広がっている。
ただ、中央だけ、毛足の長そうな赤いカーペットが伸びている。
その先には、玉座。
地下なのに、上から明るい光が差していた。
そこに、いた。
黒基調の貴族服のような恰好をし、顔には仮面を付けている者が、座っていた。
総裁……。
こいつだ……。
こいつこそが総裁。地下都市の代表者。
俺が足を止めると、他のメンバーも止まり、盾を掲げながら俺の横に広がった。
すると、総裁はゆっくりと立ち上がり、声を発した。
「侵入者か」
その声は、自分が想像していたよりもずっと若いものだった。
だがその発声は平坦で、なんの感情もこもっていないように感じた。
総裁以外に人間の姿はない。
クロも反応しないので、誰かが潜んでいるということもないだろう。
俺は小声で指示を出した。
一同、盾を掲げたまま扇状に広がり、ほどよい距離まで慎重に近づく。
半包囲を完成させると、俺は「総裁」と呼びかけた。
「俺たちがここまで来たのは、あなたに降伏してもらうためです」
「それは、できない」
総裁は顔を動かさず真正面を見据えたまま、そう答えた。
「どうしてですか。どう考えてもこれ以上の抵抗は無意味だと思います。降伏してください」
「できない」
「なんでですか!」
「できないからだ」
荒げてしまった俺の声にも、総裁は全く乱れることのない返事で答えた。
「なんでだ……。なんでできないんですか」
「この地下都市に滅亡はありえない。そのような選択肢は存在しない」
「……あくまでも降伏を拒否なさるんですか」
「降伏はできない」
やはり、話し合いの余地はないのか――。
「では不本意ながら、あなたを殺すという手段で戦いを終わらせることになります」
戦うしかない。
総裁を倒すことでこの馬鹿げた戦いを終わりにする。それしかない。
総裁の左右の手には、銃が握られていた。
右手の銃はタケルのものと同じだろう。
左手の銃は……まだ見たことがないものだ。後ろから紐のようなものが付いている。
まだどちらも、銃口は床に向けられたままだ。
こちらはもう戦闘に入れる状態になっている。
盾を掲げたまま飛びかかり、銃撃を防いで一太刀入れることはできるだろう。
一斉に動けばさらに確実だ。勝利は揺るがない。
合図をした。
銃声が響く。タケルが発砲した音だ。さらにもう一声。
相手は動かない的だ。弾丸は命中したはず……なのに、総裁の姿勢は変わらない。
表情は仮面に遮られ、うかがうことは不可能だ。
さらなる攻撃のため、兵士やカイル、タケルが突進していく。
俺とクロも飛びこんでいった。
総裁の右手が動いた。
――なぜだ? 撃たれたはずなのに。
その右手は、一番接近していたであろう兵士に向けられた。
銃声。
盾を貫通したかどうかはわからないが、兵士が呻いて倒れた。
続いて左手が動く。
今度は、銃声とは違う爆発のような轟音。
銃口から、激しい炎が放射状に出た。
「うっ」
「うあっ」
なんだこの武器は……。
一瞬にして兵士三名が火に包まれながら後ろに飛ばされ、床に転がった。
盾で直撃を免れたようにも見えたが、どこまで防げているか。
その火は、俺のところまでは届いていなかった。
俺の一撃は入る。狙いはおそらく狂わない。
総裁の胸部めがけて一突き。
入った。
ガキっという金属音。
深く入った手ごたえはまったくなかった。
しまった。中に鎧を着込んでいたか――。
そう思ったときには、もう総裁の右手がこちらに向けられていた。
すかさず横からクロによる総裁への体当たり。銃口がブレる。
銃声はしたが、こちらには当たらなかった。
もう一度剣で攻撃を――。
しかし総裁のほうが速かった。
左手が動く。
その大きな口径の武器。不気味な円形の闇がこちらに向けられた。
「がはっ」
轟音と同時に、強い衝撃と熱風。後ろに飛ばされる。
痛みとともに、体が床でバウンドするのを感じた。
そしてクロも振り払われたのか、床を転がる金属音が聞こえてくる。
俺は起き上がろうとしたが、体が動かなかった。
体中が熱い。体中が痛い。
手足が言うことを聞かない。
盾はきちんと機能したのか?
さらに銃声と、総裁のもう一つの武器の轟音が続いた。
そして悲鳴。これは兵士とタケル……そしてカイルのものか?
――まずい。
俺はここで寝転がっている場合ではない。起きろ。動け。
何秒経過したかはわからないが、手足の感覚が脳に再接続された。
四つん這いになり、起き上がる。
――しまった。剣が。
俺の剣は、総裁の足元近くに転がっていた。
「リク! これを使え! わたしが時間を稼ぐ」
ただ一人立っていた神が、大剣を放り投げた。
それは大きな音とともに、俺のすぐ足元まで来た。
すぐに拾い上げる。
重い。重かった。片手ではとても振れない重さだ。
迷わなかった。
盾を捨て、大剣を両手で持った。
神が盾をかざしながら突進するのが見えた。
それに対し、総裁が左右の銃を同時に向けていた。
その隙に動いた。
大剣を振りかぶりながら、走る。
この大剣の重さ。
それは、ここにいるみんな、外にいるみんな、そして地下都市全員の運命を握る重さ――。
気づかないうちに、突っ込みながら叫び声をあげていた。
そして総裁の頭をめがけて、大剣を振り下ろした。
激しい金属音。
火花が散った。
総裁の動きが止まった。
仮面が床に落ち、乾いた音を立てた。
むき出しになった総裁の顔。
それは一見、普通の人間のようでもあった。
しかし、大剣で割られた頭の内側。
そこには、ショートして火花と煙をあげている、回路のようなものが見えていた。
人間じゃ……なかったのか…………。
総裁だった機械人形は、ゆっくりと床に倒れた。