サマエルが立ち去った後の空気は、まだ重く張り詰めていた。
アレックスは拳を握りしめ、頭の中で先ほど聞いた情報がぐるぐると渦巻いていた。だが、それを整理する間もなく、何かが彼の思考を遮った。
足元の地面が黄金の輝きを放ち始めたのだ。
ルナ、フレイヤ、そしてアザゼルは即座に反応し、何かの脅威に備えて身構えた。
しかし、それは攻撃ではなかった。代わりに、巨大な魔法陣が彼らの前に現れ、神聖なエネルギーを脈動させていた。
「こ、これは一体…?」アレックスはわずかに後ずさった。
霊体の姿で現れていたケツァルコアトルが、険しい表情で魔法陣を見つめた。
「…どうやら、本当の戦いが始まるようだな…」
その時、重く荘厳な声が彼らの心に直接響いた。
「全世界のアバターたちよ、時は来た。トーナメントが正式に発表された。今すぐ『アバターの集い』へと参集せよ。そこで、この戦のルールと運命が定められる。速やかに来たれ。」
誰も反応する暇もなく、魔法陣が活性化し、まばゆい光がアレックスとフレイヤを包み込んだ。
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時の彼方にて
光が消えたとき、アレックスは言葉にできないような場所に立っていた。
頭上には無数の星々がゆっくりと回り、虚空には巨大な建造物が浮かんでいた。
それは、神々の知られざる像が立ち並ぶ、巨大な柱がそびえ立つ空間だった。
彼の前には、数十人もの人物が円形のプラットフォームに集まっていた。
老若男女、様々な人種や衣装を纏い、それぞれが独自のエネルギーを放っている。
全員がアバターだった。
隣に現れたフレイヤは、険しい表情を浮かべた。
「…ここが、本当の戦場ってわけね…」
アレックスは周囲を見渡し、いくつかの見覚えのある顔を確認した。
中には堂々とした雰囲気を漂わせる者もいれば、慎重に状況を見極める者もいた。
その中央に、光に包まれた存在が宙に浮かび、全員を見下ろしていた。
その姿は純粋な光に覆われ、輪郭すら見えない。
だが、その声は圧倒的な権威に満ちていた。
「…ようこそ、アバターたちよ。我らは、神々の大戦に選ばれし者である。ここにて、この戦いのルールが定められる。しっかりと聞いておけ。お前たちの運命がかかっている。」
アレックスは背筋が震えるのを感じた。
これが本当の始まりであり、もはや後戻りはできなかった。
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プラットフォームの空気は緊張で張り詰めていた。
集まったアバターたちは互いに牽制し合い、神の代理人が一堂に集ったことで、避けがたい敵対心が漂っていた。
アレックスは周囲を素早く見回し、アザゼルが以前に見せたリストに載っていたアバターたちの顔を見つけた。
煌びやかな鎧をまとった者、古風な法衣を纏った者、そして現代的な服装の者。
彼らは皆、異なる神々の力を宿しており、同じ緊張と不信の表情を浮かべていた。
その時、黒髪の長髪を持つ、青地に金の模様が施されたローブを着た背の高い男が、鋭い声で沈黙を破った。
「…つまり、これが神々が用意したものか。ルールの説明だけで、俺たちに選択の余地はないと?」
その言葉に、短い銀髪と頬に傷を持つ若い男が皮肉げに笑った。
「まさか契約書でも渡されるとでも思ったのか? こんなの、いつも通りだ。生き残るまで戦い続けるだけさ。」
さらに、黒い三つ編みの髪に黄金の瞳を持つ女性が腕を組み、冷ややかに言い放った。
彼女の黒いドレスには、光る文字がまるで生きているかのように脈動していた。
「それなら、今ここで始めればいいのでは? 弱者は今のうちに消してしまえば、後が楽でしょ?」
その挑発的な言葉に、数人のアバターが反応し始めた。
燃え上がるような赤髪に、背に炎の槍を背負った少女が前に出た。
「試してみるか、魔女?」
一触即発の空気が漂う。
アレックスはその場に渦巻く力の流れを感じ、全員が今にも能力を解き放とうとしているのを悟った。
しかし——
何人かのアバターが能力を発動させようとしたが、何も起こらなかった。
静寂が訪れた。
アバターたちは自分の手を見つめ、何度も力を込めようとしたが、反応はなかった。
その時——
「ククク…無駄だ。」
低く、飄々とした笑い声がプラットフォームに響いた。
アレックスが振り返ると、現れたのはビョルンだった。
今回は革のジャケットに分厚い布のシャツ、戦闘用のパンツ姿。
乱雑に結んだポニーテールから、青い目が挑発的に輝いていた。
「お前ら、時間の無駄だぜ。ここじゃどんな神の力も使えない。」
ビョルンは不敵な笑みを浮かべ、アバターたちの間を堂々と歩いて中央へ進んだ。
「…野蛮人みたいに殺し合う前に、説明してやるよ。」
ビョルンは片手を上げ、軽く手を振った。
「ここは神聖なる領域だ。どんな神の力も発動しねぇ。俺たち 'トップ' ですらな。」
「…トップ?」
その言葉に、アバターたちがざわめき始めた。
「トップ…? ってことは…」
「ビョルンだ…雷神トールのアバター。トップ3の一人さ。」
「ってことは、他のトップも…」
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アレックスはビョルンをじっと見つめた。以前に彼と対峙したことがあり、その実力は知っていた。しかし、「トップ」と呼ばれる存在についての話を聞き、その実力が自分の想像を超えていることに気づいた。
ビョルンはアレックスの視線に気づき、楽しげにウインクした。
「おや、どうしたんだ坊や?まさか、まだ俺たちみたいな化け物に囲まれるのに慣れてないってわけじゃないだろうな?」
アレックスはため息をつき、腕を組んだ。
「そうじゃない…ただ、このトーナメントで自分がどれだけヤバい状況にいるのか理解しようとしてるだけだ。」
ビョルンは豪快に笑った。
「ははは!ああ、相当ヤバいな。でも心配するな、ぶっ潰されるまでにはまだ少し時間があるからよ。」
その時、光に包まれた存在――先ほどこの集まりを招集した者――が再び口を開いた。
「これで全員
が揃い、自らの立場を理解したようだ。それでは、トーナメントのルールを発表する。よく聞いておくがいい。これはお前たち一人ひとりの運命を左右するのだから。」
アレックスは深く息を吸い込んだ。これこそが本当の試練だった。
そして、彼はその試練に立ち向かう準備ができていた。