「あぁ、どうしよう!……なんで、あんなことを聞いたんだ!?」
アタシは海の帰り、部屋に戻ってベッドの上で転げ回っていた。 自分の可笑しな行動が理解できない。
なんで、ましろの女の好みを訊いたんだ!?
アイツがどんなタイプの女が好きでもアタシに関係ないのに。
どうして気になったんだろう。
アイツがアタシより胸のデカい女の水着姿を見ているからかな。
あれはムカついた。胸がないアタシへの嫌みかって思った!
そりゃ、アタシは背は高いのに胸が小さい色気も可愛げもない女だ。
「あぁ! 何を考えているんだ、アタシは!」
しかも、アイツに「どっちって言って欲しい」と訊かれた時、怖くてそれ以上聞けなかった。
もし、ましろが「おっぱいの大きな子がいい」って言われたら……別にいいじゃねぇか! アイツの好みにアタシがイチャモンつけるのは間違っているだろ!
最近のアタシは何かがおかしい! よく分からないモヤモヤがぐるぐるして、頭の中がぐちゃぐちゃだ! それにアイツが胸デカ女を見ていたとき、心がモヤモヤした。
これは親心……みたいなものだ。アイツには、ちゃんとした恋愛をして欲しい。見た目じゃなくて中身で選んで欲しい。母親的な目線ってやつ……。
「じゃないよな……」
色々言い訳を並べてみるも、どれもしっくりこない。
確かめたい。言葉にできないこの気持ちの正体を。アタシはクローゼットに隠してある紙袋を取り出して着替え始める。
着替え終えたアタシは、ガラホを手に取った。メッセージアプリを立ち上げて、ましろに「話があるからリビングに来て」と送る。
アタシのメッセージに気付いたましろが自分のドアを開ける音が聞こえる。そのまま、アタシの部屋のドアをノックする。
「センパイ、どうしたの?」
「入るな! アタシがそっちに行く。ましろ、目をつぶれ!」
「へぇ?」
「いいから! 目をつぶってソファに座ってろ!」
「わかった」
ドア越しに、ましろがポカンとした顔が容易に想像できた。
アタシも自分で何を言っているのか、訳が分からない。
でも、確かめたいんだ。
ドアからリビングを覗き込むと、ましろがちゃんと目をつぶってソファに座っている。よし、大丈夫だな。アタシは足音を立てないように気をつけながら、リビングに向かう。
ましろの目の前に立つと、一気に緊張感が襲い始める。
どうしよう。 やっぱ、やめようかな。いや、ここまで来たんだ。
覚悟を決めたアタシは、ゆっくり息を吸い込んで「いいぞ」と、ましろに目を開けるように指示する。
ましろがゆっくり目を開けると、リアクションに困った顔を浮かべている。そうだよな。いきなり、アタシがビキニ姿で現れたらそのリアクションになるよな。
このビキニは、ましろと海に行こうと約束してから、こっそり買った。 本当は可愛い水着をしたかったけど、どれも似合わなかった。
だから、シンプルな黒のビキニを選んだ。買ってから、胸の小さいアタシのビキニ姿は可哀想な女にしか見えなかった。
それに、ましろが絶対に「センパイ、ギャグなの?」ってツッコミを入れると予想が出来た。そう思って、あの日は着れなかった。
でも、あの日、ましろが胸デカ女の水着を見ていたことがムカついて……気付いたら、こんなことをやっちまってた。
「センパイ……」
やば、めっちゃハズい。絶対、ましろに頭がおかしくなって思われている。
「わ、悪い……忘れろ!」
「凄い似合っている」
え? ましろ、本気で言っているのか?
ウソでいい。その一言がアタシを救ってくれた気がする。
「……ありがとう」
ましろ、悪いな。アタシを傷つけないようにウソをついてくれて。
お前って意外と気が利くな。出来た後輩を持ってアタシは幸せ者だよ。
「でも、センパイが海で水着を着なくてよかった」
「はぁ!? お前……」
「だって、水着姿のセンパイをボクが独り占めできるんだから」
「バ、バカ!」
アタシは恥ずかしくなって自分の部屋に逃げ込んだ。
めっちゃ、ハズ!
死にたい。なんで、ましろに水着姿なんて見せたんだよ。
なんで、アイツに女を意識させるような……。
「あれ? アタシ……ましろのことを……」
胸が苦しい。心臓の鼓動がめちゃくちゃ速くなっている。
これは水着になった恥ずかしさ? それとも……。
「いや、ありえない!」
そっちは絶対にない……って言い切れない。
結局、アタシのモヤモヤは解決出来なかった。
その代わりに余計な黒歴史を増やしちまった。
***
リビングに残されたボクは、ソファから立ち上がれなかった。
センパイが水着になってくれた。
嬉しい。
普段、メンズファッションで隠されている、センパイの女の子の部分が、今日はちゃんと見れた。
最初はボクをからかってるのかと思った。
でも、あの初々しいリアクション……あれは、ウソじゃない。本当に照れていたんだ。
「ボクは幸せ者だ」
センパイの可愛い水着姿を独占できたなんて。
あの姿を見れたのは、世界中でボクだけ。神様なんて信じてなかったけど、今日ばかりは信じるしかない。
「神様、ありがとう」
ボクに女の子のセンパイを見せてくれて。あんな姿を見たら、益々諦めなられないよ。
あの計画。チャンネル登録者100万人達成。その先にある……あの”お願い”。
「センパイ……あの”お願い”が実現する日も遠くないかもね」
ボクはセンパイに届かないことを祈りながら、そっと呟いた。