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第37話 花火が隠した本音

    ましろと待ち合わせをしている神社の鳥居の前で、アタシはひとり立っていた。


 夏の夕暮れ、赤く染まる空の下。近所の小さな神社だし、そんなに人もいないだろうと思っていたのに、予想に反して賑わっていた。

 色とりどりの浴衣を子どもたちが走り回り、出店の明かりに照らされた顔をほころんでいる。

 おじいちゃんとおばちゃんの手を引いた小さな子どもたち。彼女の可愛い浴衣姿を自慢げに見せびらかす彼氏たち。


「いいなぁ……」


 アタシもあんな風に誰かと歩いてみたい。

 特別な場所じゃなくていい。

 ただ、自分の好きな格好で、好きな人と、誰の目も気にせず歩きたい。

 たったそれだけでいい。それ以上、何も望まないのに。


 アタシには、それすら許されない。その証拠に……。


「ママ、お兄さんがピンクの浴衣着ている!」


 幼稚園児くらいの男の子の無邪気な声がグサリと刺さる。

 ごめんね、ぼく。アタシは”お姉さん”なんだ。


 お母さんが慌てて「こら!」と叱りながら、子どもの手を引いて、神社の奥へ消えていく。

 その様子に気付いた周りの視線が、チクリと心に刺さった。


 あーもう、ウザい! アタシは見せ物じゃない!

 睨み付けてやると、数人がビビってそそくさと逃げていった。


 そんなにアタシの浴衣、変なのか?

 マンションを出るときは、意外とイケてると思っていたのに。

 浴衣に合わせて髪も軽く巻いて、少しだけリップを塗った。

 ちょっとでも女の子の自分を見せたかったのに。


 そもそも、ましろのバカのせいだ!

 アタシに似合っていないと分かって、ピンクの浴衣を渡すなんて。

 いつまでアタシを公開処刑するつもりだ。

 配信のネタのためとは言っても、お前の罰ゲームにいつまで付き合わなきゃいけないんだ。


「あぁ、帰りたい……」


「センパイ!」


「やっと来たか。ましろ、お前のせいでアタシは……」


 アタシの目の前には、知らないましろがいた。

 紺色の男物の浴衣に、茶色の髪を軽くオールバックにまとめたその姿。 いつもの可愛いましろじゃない。

 どこからどう見ても、美少年だった。


「……ましろ?」


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 おいおい、何を動揺しているんだ!

 あのお子ちゃまのましろだぞ!

 ちょっと、格好つけたくらいで。いや……悪くないけど。


「センパイ? ボク、変かな?」


「い、いいんじゃねぇ……」


「ありがとう! センパイの浴衣姿も似合っているね」


 え? 

 今、アタシの浴衣が似合ってるって言ったか?

 絶対、「センパイ、やっぱり可愛い系の浴衣は似合わないよね!」って、いつものノリでイジってくるって思ったのに。


 なんだよ、これ。アタシが思っていたのと違う。

 あれだ、ドッキリだろ。1回褒めて、油断させておいて……。


「本気だよ。お世辞でも、ドッキリでもないよ」


 ましろが、アタシの耳元で低くささやいた。

 普段の可愛い声じゃない。ちょっと低めの、イケメン声で。

 ずりぃ……お前、ずりぃぞ。


「あれ? センパイ、照れてる?」


「照れてない! ほら、さっさと行くぞ!」


「あ! センパイ」


「え!?」


「はぐれちゃうよ、ね」


 そう言って、ましろがアタシの手をぎゅっと握った。

 ましろの手は柔らかくて、少し温かい。


 なに、これ? アタシ、ましろにリードされている!?

 まるで、可愛いお姫様が、一瞬でカッコいい白馬の王子様に変身したみたいじゃないか! 

 何が何だかわからないまま、アタシはましろの手を引かれて、神社の境内へと向かった。


 アタシ……どうなっちまうんだよ!?


 その後は、夢の中みたいだった。


 焼きそば、たこ焼き、綿あめ、かき氷。

 出店をひとつひとつ回って、子どもに戻ったような時間だった。

 アタシ以上にはしゃいでいたのは、ましろの方だった。

 さっきまでの美少年は綿あめ片手に「センパイ、綿あめ食べよう!」と無邪気に笑っている。


 なんだよ。いつものましろじゃないか。

 でも、これがいい。いつもの居心地の良い空気に戻って肩の力が一気に抜けた。


「おい見たかよ、あの男。ピンクの浴衣着ているぞ!」


「マジで! ウケるな!」


 すれ違った高校生たちの笑い声が、ズキンと胸に刺さる。


 またかよ。わかっている。あの子達も悪気があって言ったんじゃない。 思ったことを素直に口に出しただけ。

 でも、わかっていてもキツいな。「お前みたいな女には似合わないんだよ!」と全否定されている気がする。


 せっかく、ましろが似合っているって言ってくれたのに。あんな高校生達にイジられたくらいで自信をなくすなんて、情けないな。


 現実から目を逸らすように下を向いていたアタシの手を、ましろは強引に引いて歩き出す。


「ま、ましろ!?」


「こっち!」


 ましろは人混みをかき分けて、どんどん先に進む。

 おいおい、どこに行くんだよ。

 気付くと、賑やかな出店の通りを外れて、神社の境内奥に着いていた。

 人気のないその場所は、出店の通りの賑やかさを邪魔しないように電灯もなく、月明かりだけが照らしている。


「センパイ、あんなガキたちの言うことなんて気にしちゃダメ!」


「ましろ?」



「その浴衣、すごく似合っているよ。ずっとセンパイを見てきたボクが言うんだから、間違いないよ!」


 何、その説得力のない謎理論。

 でも、お前らしいよ。


「ありがとう、ましろ」


「それにボク以上にセンパイを……」


 ましろの言葉を打ち上げ花火の音が遮る。

 ドンと夜空に咲いた大きな色とりどりの花火にアタシは目を奪われる。

「キレイ……凄いぞ、ましろ!」


「センパイの方がきれいだよ」


「え?」


「なんでもないよ」


 今……なんか言った? 

 でも、花火の音にかき消されて聞き取れなかった。


 まぁ、いいか。アタシたちは石段に座って夏の夜空を見上げた。

 ましろの肩がすぐ隣にある。ちょっとだけ仕返しだ! 

 アタシは、そっと頭をましろの肩に預けてみた。

 ビクッとしたけど、それだけだった。


 つまんねぇな。まぁ、いいか。

 アタシたちは夜空の花火が消えるまで、二人きりで夏の夜を過ごした。

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