配信を終えたボクは自分の部屋のベッドにダイブ。
抱き枕をぎゅっと抱えたまま、ゴロゴロ転がる。
センパイとのラブラブデート配信の余韻に浸りながら、顔の火照りを感じていた。
「いや~ハズかった! マジで死ぬかと思った……!」
うつ伏せで足をバタバタして、抱き枕にボクの思いの丈をぶつける。
配信中はテンションで乗り切っていたけど、冷静に思い返すと……かなり痛いバカップルみたいな発言だったよね。
本当はセンパイとの思い出をリスナーさんに深く話すつもりはなかったのに。
でも、我慢できなかった。センパイの可愛い仕草や表情。どこから見ても恋人同士にしか見えないシーンが、次々と頭に浮かんだ。
誰かに話したい。誰かに聞いて欲しい。
その欲求をボクは抑えられなかった。
それに悪いのはリスナーさんたちだ。
「ましろん、クロちゃんはてぇてぇ」とか「デートの続きを希望!」とか……。ボクらのラブラブエピソードを欲しがるから、つい応えたくなっちゃうじゃん!
「ボクはリスナーさんのリクエストに応えただけで、悪くないもん」
今回の配信、すごく反応が良かった。
高評価も多いし、登録者数もぐんと増えた。
前まではプライベートを切り売りする配信者を見下していたところもあったけど……ここまで結果に繋がるなら、アリだね。
下手な企画をするより、ボクらの日常のほうが絶対に強い。
「このままいけば、登録者100万人も夢じゃないかも……!」
そのためには、センパイと一緒に過ごす時間を増やさないと。
これって職権乱用って言うのかな?
でも、センパイとデートできるし、配信のネタにもなるし、リスナーさんたちも喜ぶし……全員にメリットしかないじゃん!
これこそ、ウィンウィンってやつだよ!
いや、本音を言えば。
配信の口実でセンパイと手を繋いだり、距離を縮めたり。
ボクのわがままを正当化しているだけ。
「ボク……ちょっとキモいかも」
でも、センパイとは、まだまだピュアな関係を楽しみたい。
それでも……大人の関係にもなりたいと思うボクもいる。そういうのは、もっと先。ちゃんと、両思いになってからだ。
「また、デートしたいな……」
誰にも届かない声で、小さくお願いを呟いた。
ちょっと痛いなと思って、布団の中に潜り込む。
「でも……最後の、あれはなんだっただろ?」
花火を見ながら、センパイはボクの肩に頭を預けた。
あの時、ほんのり顔が赤くなっていた気がする。
もしかして、ボクのことを”男”として意識したのかな?
そうじゃなきゃ、男の肩に頭を乗せたりしないよね。
あれは安心して身を預けたという証拠だ!
「いや、ないか……」
センパイってにぶいし、空気読めないところもあるから。
ただ疲れていて、何も考えないでやっただけかもしれない。
「もう、ボクのピュアな気持ちを弄んで……本当にずるいよ、センパイは……」
でも、正直うれしかった。
ボクに身を預けてくれる程には、男として信用してくれているんだ。 それがボクの勘違いだったとしても、ボクはそう感じたよ。
大事なのはどう解釈するか。ちなみにボクは、ボクの都合の良いように解釈しちゃうからね。
「センパイ、ボクはずっとこうしたかったんだよ」
10年も夢見てきたんだ。”先輩後輩”じゃなくて”男女”としての時間を過ごすことを。そのためなら、なんでもやった。大好きなセンパイに平気でウソまでついた。
声優になりたいっていうのも、ウソだから。
アニメも声優も、正直興味なかった。
将来やりたいこと、なりたいものなんて何も決まっていなかった。
でも、センパイが「声優になりたい!」って話したとき、思わず「ボクもです」って答えちゃった。
だって、そう言ったらセンパイと仲良くなれると思ったから。
もし、2人が声優デビュー出来たら、いつでも一緒にいられる。そんな気持ちで声優を目指した。
「これがバレたら……」
絶対に軽蔑される。
センパイが本気で目指していた声優に全く興味のないボクがなってしまった。これは死ぬまで秘密しなくちゃいけない。
「ボクって、めっちゃ重たいね……」
キモいってことは、ちゃんとわかってる。
ボクをここまで振り回すセンパイが悪い。
いや、いつまでも振り回され続けているボクが1番悪い。
早く、センパイを振り回す方にならなくちゃ。
気分を変えるためにボクはスマホを手に取って、さっきの配信アーカイブをチェックする。
:2人が結婚するまで追いかけます!
:結婚祝いです! ¥10000
:お二人はお似合いカップルですよ!
「へぇ、センパイのリスナーちゃんから応援コメントだ」
推しを奪うようなことをしたのに、怒られてない。
逆に応援されている。キミたち、本当にセンパイのリスナーちゃんなの?
「推しを奪われて悔しい!」みたいなアンチコメントしないんだ。
まさか、センパイのリスナーちゃんはボクの味方でいてくれるなんて。
「ありがとう」
彼女たちの応援のおかげで、”あの計画”が一気に進むかもしれない。 でも、ボクの意志だけじゃ成立しない。
鍵を握っているのはセンパイ、あなただよ。
「ねぇ、センパイ……ボクのことをどう思っているの?」
あの夜の花火を見上げていたセンパイの目。
ボクじゃない、誰かを思い出していたよね?
言わなくてもセンパイが思い出す人は1人しかいない。
ハイトさん。
あの人がセンパイの心に住み続ける限り、ボクに勝算はない。
リスナーさんたちは”両思いに見える”って応援コメントをくれたけど、ハイトさんがいる限り、それは現実にならない。
そうならないためにも、センパイにボクを”男”として認識してもらわなきゃ。
ねぇ、センパイ。
ボク、いろいろ仕掛けたけど、あなたの中の”ボク”はアップデートされましたか?
ただの後輩じゃなくて、”ちょっと気になる男”くらいにはなった?
そう考えていたら、部屋のドア越しにベランダのガラス戸が開く音が聞こえた。
リビングに出てみると、ベランダにセンパイがいた。
夏の夜風にセンパイの黒髪が揺れていた。
キレイだ。
ボクはいつもより大人っぽく見てる。その後ろ姿に見惚れる。
ねぇ、センパイ。あなたは今、誰のことを考えているの?
ハイトさん? それともボク?