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第6話 驚きの事実

「なあ、今すごいことに気がついたんだけどさ」


 別の部屋から戻ってきた関さんが、うわーって感じで頭をかきながら口を開く。


「もしかして君、この子の名前も知らないでついてきたの?」


 実はそうです。

 自転車で轢かれた後、ものすごい勢いで連れてこられて、関さんと挨拶した。

 その時にいろいろと話を聞こうと思っていたのに、少年――シュンは、おれを関さんに押し付けて、すたこらサッサと逃げてしまったのだ。

 何が何やらって感じだったけど、置き去りにされた二人で話をして、おれはここから辞そうとしたのだ。

 けど、『外は寒かったでしょう、顔色悪いよ? この辺、こんな時間じゃタクシーも捕まらないし、泊って行ってください』ってそう言われてしまって、ホントに申し訳ないのだけれど、結局関さんに押し切られる形で泊めてもらった。


「はあ、すごい勢いだったもので」

「あああ……それは申し訳ない……けど、君も、もう少し危機意識もった方がいいよ」

「ですよねー」


 でも、シュンは最初からいい子だったし、関さんもいい人だなって思ったから笑って答えた。

 おれだって、人を選びます。


「それにしても、こんな何もないところに、珍しい時期に来たんだね」


 心底不思議そうに、関さんが言う。


「何か用でもあったの?」


 そう改めて聞かれると、『男にフラれてやさぐれ気分になったから気分転換に』とは、そのまま言えないので、困る。


「あー……気分転換、みたいな感じですかね……」


 とりあえずは、当たり障りのない答えを返すしかないじゃないか。


「ふぅん。今日はお休み? 時間、大丈夫なのかな?」

「自宅作業も許されてるんで……割とその辺は臨機応変な仕事なんですよ」

「家で仕事って、テルちゃんと一緒だね。ねえ、何の仕事してるの?」


 ああ、それで。

 社会人はクリスマスだからって休みではないのに、ゆっくり家事をしているから、大丈夫かなって思っていたんだ。

 在宅なら納得。


「関さん、在宅なんですか」

「うん。実家の手伝いもしたかったし、その方が都合よかったから。君は?」

「おれは完全に在宅って訳じゃなくて、現地調査もあるんで出勤と半々、なんですよね」

「現地調査?」

「何? 何してるの? 何の仕事?」


 シュンが興味津々って感じてぐいぐい来る。

 なんか、すごいわくわくされちゃってるんだけど、困ったな。


「史料編纂……ってわかるかな……昔の書類読んだり、見つかった古文書取りに行ったり、保存のために調査したり、そういう仕事」

「へえ……!」

「それって、在宅でできるものなんだ」

「人それぞれですね。職場じゃないと難しい作業もあるんですけど……おれの担当してる仕事は絶対職場じゃなくてもいいんです」


 以前、読解に集中しすぎて、急ぎじゃないのに健康を犠牲にしてまで仕事をしない! って、先輩に怒られたのだ。

 その時はホントに夢中になってしまって、事務所にいても事務所の仕事はしなかったし、家にも帰らずにいて、最後はタクシーで病院に連行された。

 以来、急ぎじゃないときは終業時間で職場を追い出されるし、熱中しすぎてしまいそうな案件は自宅で作業することにしている。


「すげー」

「そんな仕事があるんだ」


 同じような顔で、へえへえと感心されて、面映ゆくなる。

 ちょっとかわいい。

 珍しい仕事なのは確かだけど、そんな言うほどのものでもない。


「あ、じゃあ、じいじのとこ行こう!」

「へ?」

「じいさんのとこって……何だ、急に」

「じいじのとこ、いろんなボロい紙あるじゃん。見せてあげる」


 ボロい紙?

 首を傾げていたら、関さんがうーんとうなった。


「ね、行こう。来て」

「や、でも、服がまだ……」


 まだ乾いていないから、昨夜借りたスウェットのままなんだ。

 関さんは大柄だから、おれにはがぼがぼなんだよ。

 彼シャツどころの騒ぎじゃなく、裾も引きずってるんだから。


「シュン、ちょっとだけ待て。ちゃんと服を着てからの方が、いいだろうから」

「じゃあ、じいじに家にいてって電話する」

「ん」


 手を出したシュンに、関さんがスマホを渡す。

 当たり前のようなその一連の流れから、改めていいなあこの二人って思った。

 シュンは家の中を歩き回りながら、スマホで誰かと話をする。

 忙しなく動いてるように見えるのに、なぜかうるさくない。

 そう思ったのはおれだけみたいで、関さんはどうしようもないなって感じで肩をすくめていたけど。

 連絡をし終わったシュンが、何故か早く早くと急かしだしたので、結局おれは関さんとシュンの服の中から、サイズの合いそうなものを借りることになった。

 借りた服を身につけて外に連れ出されると、キリリとした冷たい空気に、身体が震える。

 平日だけど静かな冬の朝。


「ねえ、そういえば、おにいさんなんて名前?」


 ものすごい勢いでおれを連れ出したわりに、しばらく静かに歩いていたシュンが、思い出したように言った。

 今、それを聞くんだ。


「生方。生方郁」

「いくくん……いっくん?」

「いいよ、好きに呼んで」

「じゃあねえ、おれもシュンでいいよ」

「ハル、じゃないんだ?」

「そう呼ばれるのは、嫌い」

「ふぅ……ん」


 まっすぐ前を見て歩く姿は、キリリとしてて、かわいらしい。

 なんていうのかな、ぎゅっとなにかを想い定めている若々しさっていうか、一生懸命な感じ。

 きっと、笑ったらぷんすかするんだろうなって、マフラーを巻きなおすふりで、フニフニする口元をごまかした。


「いっくん、厚着だね」

「言ったろ、寒いのは苦手なんだ」

「ふーん」


 何もなかった駅に背を向けて、歩く。

 農耕地を挟んで、また集落。

 この辺りは飛び飛びに人家があるんだなあって、歩きながら周りを見回す。

 高い建物がなくて、広い空。

 空の高いところで、トンビがくるりと輪を描いた。

 うん、のどかだね。


「ありがと」

「ん?」


 急にぶっきらぼうに、シュンが言う。


「いっくんのおかげで、ひーちゃん呼べた」

「ひーちゃん?」

「テルちゃんの恋人」


 ふあ?!

 え、何、母親らしき存在は感じないと思っていたら、父子家庭で父恋人ありで子どもにバレてるとか、そういうやつ?

 そういえば、朝の言い合いは『関さんがひーちゃんに会うかどうか』だったか。


「呼ぶって?」


 変な反応してないといいな。

 気をつけながら、おれはシュンに問う。

 ナーバスな話題だけど、話したそうに見えたから。


「じいじに電話するついでに、ひーちゃん呼んだ。多分、今頃家に向かってる」

「じゃあ、できるだけ時間かかったほうがいいんだ?」

「うん。オレがいるから、テルちゃん、ひーちゃんになかなか会えない。久しぶりに近くまで来たのに、テルちゃん、会いに行かないんだ……オレがいるから、我慢してるんだと思う」

「関さん、シュンのこと、大事にしてるんだね」

「そうなのかな……」

「そう見えるよ。いいお父さんじゃん」


 昨夜から何度も思った。

 言いたいことを言って、喧嘩しても仲直りして、お互いに大事にしあっているように見えた。

 だからそう言ったら、シュンがものすごい顔をして足を止めた。


「お父さん?」


 真ん丸の目をしたまま、そう繰り返したシュンが、はじけるように笑う。

 そりゃもう、腹がよじれるんじゃないかって勢いで。


「え?」

「違うよ、いっくん」

「何が?」


 シュンが腹を抱えてけらけらと笑って、言った。


「テルちゃんは、おれの父ちゃんじゃないよ。兄ちゃん」


 は?

 兄?

 今、兄と言いましたか?


「はあ?! 兄?」

「うん。兄ちゃん」

「ええと、お父さんかお母さんが違う、とか……そういうやつ?」

「父ちゃんも母ちゃんも、同じだよ」

「え、めっちゃ歳離れてない? 関さん、おれより年上だよね?」

「えっとねー、テルちゃんはこの間、三〇歳になった。オレは十一歳」


 十九歳差?!

 なにそれ、ほぼ親子じゃん。

 っていうか、母、いくつで関さん産んだの?!


「いっくんは、何歳?」

「二十四……」


 まじか……なんだそのびっくりな情報は。


「母ちゃんが中学の時に、父ちゃんとつきあってて、父ちゃんに内緒でテルちゃん産んで、それから高校に通ったんだって。そんで、だいぶん経ってから、父ちゃんと結婚して、忘れてた頃にオレができたって言ってた。テルちゃんはばあばに育ててもらって、ばあばは死んじゃったから、オレはテルちゃんとひーちゃんに育ててもらった」

「お、おう」


 なんともツッコミようのないというか、ツッコミどころ満載というか……


「オレがいなかったら、テルちゃんは、ひーちゃんと一緒に行ってる。もっと、好きなようにしてる」

「シュン?」

「いっくん、いいな。オレも早く大人になりたい。自分で全部できるようになりたい」


 ああ。

 この子が時々見せる表情は、それでか。

 早く大人になりたくて、関さんの足かせになっている自分が歯がゆくて、まっすぐ前を見るんだ。


「そっか。なれるといいな。でも、急ぎすぎたら関さん、寂しいと思うよ」

「なんで?」

「だって、おれが普通に親子と間違えるくらい、イイ感じだもん。関さんは、我慢ばっかしてるわけじゃなくて、ホントにシュンのこと大事にしてると思うな」

「そうかな」

「そうだよ」

「そうなんだ」


 噛み締めるように言って、シュンは前を見る。

 それからちょっと歩いて、集落の一番奥の寺の前に立つと、指さして言った。


「あ、いっくんここ。じいじの家」



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