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第8話 正月の手伝い

『年末年始、家に来ない?』

『お正月来て!』


 と、別々にメッセージが来たのは、戻った日の夜中。

 二人とも、早すぎでしょって、笑ってしまった。

 家に戻って薬を飲んですぐに寝てしまったので、気がついたのは朝になってからで、おれが二人に送った最初のメッセージは、ごめんねのスタンプとなった。

 おれとしては『気がつかなくて返事が遅くなってごめんね』のつもりだったのだけど、お断りの意味だと思われたみたいで、そっから連続して駄々こねのスタンプが送られてきてる。

 もちろん、シュンから。

 慌てて『職場と相談してまた連絡する』って、付け加えたのは言うまでもない。


「へえ、これ見事だな」


 参考で撮らせてもらった史料の写真を見て、先輩がため息をつく。


「でしょ。なんで、こっちから正式に保管依頼出したいんですよ」

「出すべきだろう。『寺請帳てらうけちょう』は混じってないかな。探してるんだよな」

「あるかな……ちゃんとは見せてもらってないんですよね」

「そりゃあ、そうだろ。うわあ、オレが交渉したいくらいだわ……どこの寺?」


 聞かれて答えた地名は、先輩にとって魅惑の地だったらしい。

 そして、上に出したお願いは、恐ろしくあっさりと通った。

 だよねー。

 この写真だけでも、動きたくなるよな。


「くっそー、正月行こうかな……嫁、キレっかな」


 カレンダーを眺めながら先輩が呟く。


「何で正月?」

「顔売れるから」

「はい?」


 曰く、地元密着の史料は保管しているところだけじゃなくて、そこを支えているとこ――例えば寺なら檀家さんたちに、自分たちのことややってることを、知っておいてもらった方がいいんだそうだ。

 だから、正月とか祭りとか盆とか、行事ごとに顔を出すのは大事だっていう。

 それでメッセージを思い出した。

 シュンはともかく、テルさんの『来ない?』は、そういう意味もあったのかもしれない。



 お言葉に甘えていいですか。

 そう返事をしたら、シュンから返ってきたのは喜びのスタンプで、テルさんからは恐縮っていう謎のスタンプだった。



 正月って言っていたけど、相談していく中で大みそかの方がいいでしょうってなった。

 なので、大みそかの日の昼下がり、約束のとおりの時間にこっちに来た。

『ゆっくりはできないと思うんだ。こっちは人手確保できてありがたいけど』っていう言葉どおり、立派な門構えの寺には、ずーっと誰かしら出入りしていて、テルさんはずっと立ち働いている。


「いっくん、その椀洗い終わってるから、そのままでいいよ」

「はーい」

「テルちゃーん、島根さんが甘酒終わったって~」

「ハイハイ、もう終いって言っといて」

「おっけー」


 おれが寺についた時は、もう松飾はされていて、ひと段落したところだった。

 そこからずっとバタバタしている。

 言われればそうですねって思うんだけど、改めて、知った。

 寺って、正月は忙しいもんなんだ。

 檀家さんたちが集まって、寒さをしのぎながら時間を待って除夜の鐘をうって年を越し、ちょっと年越しの宴会があって、いったん解散した後、朝にまた集まって新年のお参り、新年のあいさつ会。

 でも、おかげで住職と話をすることもできたし、檀家さんたちとも挨拶程度にはだけど、話ができた。

 先輩が言ってた『顔を売る』の意味が、ちょっとだけわかった。

 なんか、懐かしい感じでバタバタしてる。

 勝手がわからないから言われるままに、できることだけ手伝う。

 していることはお運びさんとか伝言係とか、シュンと変わらないあたりが、情けないけど。

 集まっていた人も帰っていって、あとは最後の片づけだけってとこまできて、ちょっと一息ついてるテルさんが、おれの顔を見て言った。


「意外だったな」

「はい?」

「いっくん、すごいさらっと馴染んでてびっくりした。なんか、勝手に人づきあい苦手な人かと思ってたんだよ」

「そうなんだ?」


 寺の台所にはテーブルっていうよりは作業台って感じの台があって、腰かけって感じの椅子が添えられてる。

 そこにテルさんは座っていて、手元にはほうじ茶の入った湯飲み。

 ホントに一息つきましたって雰囲気。

 おれは流しにたくさん積み上がった色んな飲み物の空き缶を、一個ずつすすいでる。


「うん、なんか、前に会った時の印象で」

「……あの時は、色々とあって落ち込んでたから……」

「へえ?」

「だから、気分転換で電車にのっちゃったって、言ったじゃないですか」

「そういえばそう言ってたね」


 ふむふむと納得して、テルさんは湯飲みを傾ける。

 納得するだけで踏み込んでこないのは、テルさんだからかな。


「今は落ち込んでないんだ?」

「うん。それにおれ、こういう祭……っていうか行事ごと、慣れてるんで」

「ああ、そういうのが盛んな地域で育ったとか?」

「や、中学からずっと寮なんで。寮祭みたいで、懐かしくて楽しかったですよ」


 普通の自宅生だと、学校行事の祭りってそんなにないらしい。

 それに運営っていっても学内だけだし。

 寮の祭りは、寮内だけの親睦会もあるけど、寮祭って地元の人との交流行事があって、その時は業者さんや地元の人とも色々と交渉しなきゃいけなかった。

 確かにおれは、それほど外交的な性格じゃないけど、そういう生活を六年もしているとなんとなく何とかなるものなのだ。

 何とかしなきゃいけなかったっていうのもあるんだけど。


「え、じゃあ、正月は実家に行った方がよかったんじゃないの?」


 今更のように、テルさんは目を丸くする。


「実家、ないんで」

「え?!」


 おれにとってはもう当たり前のことだったから、普通にそう言っただけだったんだけど。

 ますます驚かれて、こっちが申し訳なくなる。


「もう、結構な間、正月って一人でぼーっとしてるか、バイトしまくってるかで終わってたんで、呼んでもらえてよかったです。すごく楽しいし」


 中学の時は閉寮しているほんの数日の間だけ、親のどっちかのところに行っていた。

 高校・大学の間は、バイトしながらネカフェに泊まった。

 それで何とかなっちゃうんだから、便利な世の中だと思う。


「いっくん」


 驚き通り越して真顔になっちゃったらしい。

 テルさんはものすごく真面目な顔をして、言った。


「これから、盆と正月は家においで」

「はい?」

「ゆっくりはさせてあげられないけど、皆いるから」

「はあ……ありがとうございます?」






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