そういえば、学校には宿泊行事というものがあったな、と思い出したのはシュンがそれに参加したから。
一泊二日の修学旅行だってさ。
シュンがいないならちょうどいいと、テルさんと話をしてお互いに外泊することにした。
子どもがいないときは羽を伸ばすもんなんだそうだ。
住職がそう言って呵々と笑っていたから、そういう物らしいと受け入れることにした。
おれはチュンを呼び出して、いつものように居酒屋で酒を舐めながら近況報告をしている。
「修学旅行なんてあったっけ? って、思うんだけどさあ……あったっけ?」
「あったんじゃねえの? っていうか、オレ中学から入寮してるから、小学校はお前と一緒じゃねえし」
「ああ、そっか……おれも、小学校は地元校行ってたわ……っていうか記憶にないんだよな、マジであったっけ? 中学も?」
「あっただろ。あれ? ぶー、なんか校外学習不参加したよな……あれは、修学旅行か?」
「あー……なんかそう言えばあったかも。寮で寝てたやつ」
熱出して寝てて寮の中がやたら静かで、人が少ないなあって思ったやつ、そういえばあったな。
あれは修学旅行だったのかなあ?
「オレら、寮だから宿泊授業って、あんまり新鮮味なかったしなあ」
ううん、と首を傾げながらチュンが笑う。
そうか。
おれが薄情なんじゃなくて、新鮮味がないから記憶が薄いのか。
「チュンが覚えてないなら、おれが覚えてるわけないな」
「自慢にならねえことを、自慢げに言ってんじゃねえよ」
「別に自慢してないし」
げらげら笑ってるけど、ホントに自慢してないから。
事実だから。
って言ったら、余計悪いわと、ますます笑われた。
解せん。
「で、今日は門限なしなん?」
「門限! 懐かしいな……っていうか、普通にそういうのないけど?」
「お前が最近品行方正だから、ちゃんと決まりがあんのかと思ってさあ」
「失礼だな、チュンのくせに。おれは元々、真面目だよ」
「まあなー。決まりは守るよな。協調性がないだけで」
協調性ないとか言いやがるし。
おれはちゃんと周囲にあわせてる。
ただ、ちょっとばかし身体がついてこないだけだ。
「まあ、安心したよ」
さんざん失礼なことを言ってげらげら笑っていたけど、存外真剣なトーンでチュンが目元を緩めた。
「なにが」
「夏の終わりのわりに、元気そうだからさ」
「いつだっておれは元気だよ?」
「お前の健康の基準は、かなり低いと心得ておけ」
「ぅい」
ピ、とおれに指を突き付けてくるから、首をすくめて頷いた。
確かに、そうだし。
そしておれがうっかり体調崩したときに世話してくれていたのは、寮で同室だったチュンなのだ。
いい感じに腹は満たされてきて、テーブルの上にはほぼ空になった皿。
ジョッキに残ったビールを飲み干して、次はどうしようかとメニューを手にした。
「まだここで食う?」
空いた皿を端に寄せながら、チュンが聞いてきた。
「や? 他になんか行きたいとこあるなら、そこでもいいけど? 今夜ならつきあうよ」
「じゃあさ、大将のとこ行こうぜ。オレも最近顔出せてないんだわ」
「あー……そうな。おれも、全然顔見せしてないや」
大将のとこっていうのは、チュンが学生時代にバイトしてた店。
ちょっとした料理も食べられて酒も出る、でも一般向けでも若者向けでもない、客を選ぶ飲食店。
チュンはコミュニケーション力の高さで、そこの店主に気に入られ、冗談交じりで『大将』と呼びかけることを許されている、稀有な奴。
通う人種を選ぶ店で、っていうのがまた、チュンだなあって思う。
その店を最初に教えてくれたのは、ナオだった。
ナオが常連で通っていて、知り合ったころっていうか口説かれているときにおれを連れて行ってくれて、そのあとおれがチュンを連れて行って、気がついたらチュンがバイトになっていたっていう。
色んな意味で、お世話になっている店。
ナオが来ていたらいやだなって思ってしまって、足が遠のいていたから、ホントに顔を出していない。
「新婚は来ないだろ」
一瞬ためらったのに気がついたのか、チュンがあっさりと言う。
「ん?」
「まだ結婚して半年だし、まっすぐ家に帰ってんじゃないの? よっぽど運が悪くない限り、一緒にはならねえよ」
「顔あわせるのは、運が悪いんだ?」
ふふふと笑いがこぼれた。
ナオに会うのは、運が悪いんだってさ。
「じゃ、行こうか」
チュンが伝票に手を伸ばした。